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俺と井原先生は、職員会議へと向かった。
職員会議は定期的に行われているのだが、臨時のものもある。
ただし今回は、定期的な方――中間テストについての打ち合わせがメインである。
俺達がつくと、既にほとんどの先生方が揃っていた。
今後の日程としては、テスト問題作成→テストとなる。学校行事を含めると、テスト問題作成→新入生歓迎会→連休→中間テストとなる。要するに教員から見れば、新歓の前に、更に重要なテスト問題作成という一大行事があるのだ。
「――ということで、テスト問題の作成は、各教科ごとに、更に詰めていただければ問題ないと思います」
理事長秘書の真鍋北斗さんの言葉に、隣に座っている理事長の宝之宮時雨さんがにこやかに頷いている。俺は思う、もう別段北斗さんが最高権力者で何の問題もないのではないのかと。ちなみにこの私立霊宝学園には、校長先生と教頭先生がいない。正確にはいるのだが、校長先生は霊宝学園が所属する、匂ノ宮学閥の総帥(?)である夕霧梓先生という見た事のない人が、名前だけ担当しているらしい。教頭先生は、同じグループに最近加盟したのだという、私立三宮桜嵐学園の理事長先生だという一ノ宮遥先生という人が名目上は担当している。しかしそのどちらも、俺は見た事がない(見た事がない間に、教頭先生は替わってすらいる)。
「さてさて、本題かなぁ」
そんな事を考えていると、理事長の時雨先生が、良い笑顔を浮かべた。
「テスト問題作成が終わった後の新歓から、実際のテスト開始までには、連休があるよね。連休中、勿論生徒はテスト勉強っていうわけだけど」
その言葉に、職員皆の視線が集まった。
「例年通り、このタイミングで、連休中に教職員旅行を行います!」
理事長の言葉に、俺は何度か瞬いた。
そう言えば、去年もこの時期だったような気がする。
ただし去年はいっぱいいっぱいだったから、詳しい事はあまりよく覚えていない。
何せ初めてのテスト作りもあったから、俺は欠席したような気がする。
比較的、この教職員旅行は、参加が自由なのだ。
行かない人も多かったように記憶している。
「そ・こ・で。今回の行き先について、話し合いましょう!」
いきいきとした声で、理事長が言う。
「何処か行きたいところがある人、挙手!」
そんな理事長の言葉に、眉川先生が腕を組んだ。
「老体には、若い人に着いていくのは、骨が折れます。今年も、お若い皆さんで。テストの事は承知いたしましたので」
眉川先生は、そう述べると、比較的年代が上の先生方を連れて、職員室を出て行った。
残ったのは、いつかの委員会顧問決定の時と同じだった。
要するに、残ったのは、俺と腐男子の井原先生、ホストの真澄先生、チワワの柚木先生、保健医の里見先生、普通じゃなかった爽やか系の水城先生の6名と、理事長と秘書さんの計8名である。
恐らく昨年は、俺以外の7名で行ったのだろう。
俺、今年も辞退しようかな……テスト問題作りには、まだまだ不安が残るし。
そう考えていると、理事長に先手を打たれた。
「去年は奇数で、部屋割りに苦労したので、今年は偶数で良かった!」
嗚呼もう俺カウントされてるではないか、と思いつつ、確かに親睦だって深めなきゃ駄目だよなぁと考える。
「何処に行きたいですか?」
仕切り直すように秘書の北斗さんが言った。
「イタリア!」
柚木先生が言うと、里見先生が溜息をついた。
「国内一択だろ。俺は温泉が良い」
「俺は、沖縄。だってな、恋人の明坂が帰省――」
水城先生の言葉を、ばんと机を叩いて真澄先生が遮る。
「沖縄は却下。生徒とのイチャラブなんぞ、校外でまで見たくない!」
たまには真澄先生もまともな事を言うんだなぁと思っていると、井原先生が手を挙げた。
「福島に行くか、静岡に行くかが良いなぁ、俺」
現実的な二択に、俺は首を傾げた。井原先生のチョイスとしては、なんだかまともだ。
「僕はぁ、それなら静岡かなぁ。うなぎパイ食べたいし」
柚木先生の言葉に、理事長が、不意に俺を見た。
「狭山先生は何処が良いですか?」
「被災地に近い場所で現実を学び生徒に話すという意味では東北です。が、今後の対策を練っている地区を見るという上では、静岡でしょうか――ちなみに個人的には、尾瀬に行ってみたいので福島です」
教師っぽくそう告げると、理事長と北斗さんが視線を交わした。
「では、福島にしましょう」
え、俺の意見で良いのだろうかと、周囲を見回す。
「うん。平凡――狭山先生がそう言うんなら」
なんと柚木先生が同意してくれた。
「俺も福島希望だったのでそれで良いです」
井原先生が言う。
「温泉有りそうだしな」
里見先生もまた、頷いた。
「明坂、ラベンダー好きなんだよな。尾瀬には、ラベンダー畑があるペンションがあるって聞いたし」
水城先生は自分の世界に入っている。
「じゃあそっちの方にしよう」
理事長先生が言うと、秘書の北斗さんが頷いた。
「それでは、栃木の観光施設を回ってから、尾瀬――そして福島へと行き、帰ってきましょう」
このようにして、職員旅行の行き先は決まったのだった。
また真澄先生の提案で、景品になる事もOKになったのだった。

それから、俺は井原先生と共に、帰宅した。

たった一日だったのだが、井原先生がいない部屋というのは、結構新鮮だった気がする。
学生時代はいつも一人暮らしだったのだし、基本的に寮にも個別の部屋があるのだが――なんだろう、井原先生がいるといないとでは、元野良のペットの猫が、脱走していないのと、いるくらいの違いがある気がした(?)。
テスト問題作成の件と、その為の教材研究について話し合いながら、俺は、夕食を作る。
ソファに座っている井原先生はと言えば、熱心に過去問を見ていた。
授業参観などもそうなのだが、授業やテストに応じて、教材研究をし、日々内容を考えたり自分を高めたりしなければならないから、中々に教職とは大変だと思う。
「あの出版社のワークブックは良いですよ」
「そうなんですか?」
「うん。それに教材研究するなら、あそこの――」
流石は、教員としての先輩!
井原先生は、その辺りには詳しい。
寮に帰ってくると大抵奇声を発しているが、真面目に聞けば、真面目に教えてくれるので、本当に助かっている。
本日は鯖の味噌煮を作ってから、俺は食卓へとついた。
「いただきます――……はぁ。やっぱり狭山先生の手料理は、落ち着くなぁ。帰ってきたって言う気がする」
「そういえば、何処行ってたんですか?」
「……ちょっと、ですね。俺だって色々と考えてたんです。無意味でしたけど!」
「はぁ?」
よく分からないままで、俺は味噌汁を飲んだ。
その時丁度、側に置いておいたスマートフォンが音を立てた。
「ん」
俺は基本的に食事中は、そう言ったものを弄らないのだが、緊急を知らせる着信音だったため、手に取った。
「ぶ」
そして、お味噌汁を吐き出しそうになった。
送信者は――理事長。
『2Sの社会科系講義の集中講義、担当お願いします』
と書いてあった。
集中講義は、連休数日前の新歓の、更に数日前に行われるのである。
俺の胃は痛くなり、一気に食欲が失せたのだった。
何でよりによって、2Sなんだよ!
俺は、涙が出そうになったのだった。