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もうすぐ連休になる。
俺はとりあえず、譲渡するブツは、事前に用意していたので、月見里にルーズリーフを渡す事にした。そんなこんなで、先日からは、井原先生に、三食(お弁当込み)を作ってもらっている。
最初の問題は、一日デート券という奴である。
俺は、王道編入生の園生菜摘と一日、デートするらしい。
男同士のデートって、だけど何をすればいいのだろう?
なんだかあまりよく分からないが、景品は景品なので、俺は頑張ろうと思っている。
そもそもデートって何だろう……。
俺は気分が重くなってくる気がした。


次の土曜日、それでも俺はいつものスーツ姿とは異なる私服姿で、待ち合わせ場所である校門前へと向かった。俺は就職してからそんなに私服を買いに行く機会がないし、そんなにこだわりがあるわけでもないので、姉がデザイナーの友人から貰ったという服を譲られるがままに着ている。なんでもメンズ用の服が余るので、姉にくれるらしい。
「おはようございます」
校門に着くと、風紀委員長の永宮に挨拶された。
風紀委員会は、景品の実行と監視をするらしい。そんな事までしなきゃならないというのは大変そうだなと思う。そもそもデートという名称だけで結構俺は、嫌だなぁと思うのに衆人環視というのが尚更嫌だ。とはいえ、逆にコレはあくまでも『学校行事』なんだと割り切れる気もするので何とも言えない。
「先生ゴメン、俺、俺、遅れた!」
そこへ園生が走ってきた。
「いや時間ぴったりだぞ」
俺が遠くに見える時計塔を見ながら言うと、膝に手を置いた園生が、肩で息をした。
「有難う、良介先生」
「それで何処に行くんだ?」
デート先は、権利を入手した生徒に一任されていると聞いていたので、問う。
――デート名目だし、そうだよな、という心境で、遠く離れた場所へと移動した永宮を見ると静かに頷かれた。
風紀委員顧問として、それ程風紀委員長に迷惑をかけない、着いてきやすい場所だと有難いなと思う。
「先生行きたい所ある?」
「特にない。強いて言えば、園生が好きな場所を知りたいかな」
やはり担任として、自分の生徒の好む場所を知るのは悪くないと思う。しかし一応例え俺が相手であってもコレは褒美なので、園生に任せようと思う。
「じゃあ蝋人形見に行かないか?」
「蝋人形?」
「この前、”街”に偉人の蝋人形を集めた、蝋人形館ができたんだって。すごい本ものっぽいって聞いた」
街というのは学園から近い唯一の街だろうなと俺は思った。
そして俺は現代社会とはいえ腐っても社会科の教師なので偉人――というか、歴史も嫌いじゃない。思ったよりも楽しめそうだと思ったら、気がついたら笑っていた。本当は景品は俺なんだから、俺が楽しませるはず何じゃ、とも思う。
「行ってみたい」
しかし好奇心を抑えきれずにそう言うと、園生が満面の笑みを浮かべた。
――本当、俺は全く食指が動かない(?)が、園生は綺麗だ。周囲でバタバタと、敵であるはずの風紀委員やら、見物に来ていた生徒が、園生の笑顔に倒れていく。残念ながらその心境は、いまいち俺には分からないんだけど。

それから豪奢な黒塗りの車に乗り、俺達は、蝋人形館へと向かった。

中の空気はひんやりとしていた。
「本物みたいだな」
想像していたものよりもリアリティを伴う人形の数々に、思わず俺は簡単の息を漏らした。
「リアルだよな」
「ああ。園生は、歴史に興味があるのか?」
「全然無い」
「正直だな」
「俺、先生が教えてくれる授業が一番好きだから」
「現代社会が好きなのか?」
「違うよ、先生が好きなんだよ」

「ストップ」

そこに永宮風紀委員長の声がかかった。
「デート中の告白は規則で禁止されている」
「なんだよ、伊月!」
「黙れ園生」
俺は割って入ってくれた風紀委員長と、抗議する園生を交互に見据えた。
1教師とすれば、俺が教える授業を好きだと言われるのは悪い気がしない。
しかし顧問として、そう言う規則があるのならば尊重しなければならないと思う。
ただ、こんな風に純粋に慕ってくれているのだろう言葉を、無理矢理恋愛要素を付加して変換するのもどうかとは思う。きっと永宮の考えすぎだ。
「まぁまぁ。で、次は何処に行く?」
しかたがないので俺は話を変えることにした。
「……どうしてそんなに無防備なんだ」
すると永宮に溜息をつかれた。
「とりあえず邪魔すんなよ伊月。先生は今……俺だけの良介なんだから」
「園生、先生をつけろっていっただろ」
俺が怒ると、園生が苦笑し、永宮が険しい顔をした。
よく分からないが、そんな風にしてデートの時間は過ぎていったのだった。