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職員旅行が終わった――なんて思い出にふける間も無く、すぐに中間テストが始まった。
この学校では前時代的だが、成績もランキングとして張り出される。そのため採点するという行為はある種の表の集計だ。――なんていうのは、井原先生が先ほど言っていた邪念で、俺としては自分の教えたクラスの生徒達が、ちゃんとわかってくれていただろうかというのが一番気にかかる。
今でも自分の教え方に悩むことは多い。
「それにしても永宮は流石だな」
俺は風紀委員長の顔を思い出した。
なにせ満点だ。
あんなに忙しそうに風紀委員の仕事をしていて、いつ勉強しているんだろう。
頑張り屋さんなんだろうな。
一人頷きながら、今日は風紀委員室へと顔を出す日だったと思い出した。

「入るぞ」

二度ノックをして声をかけてから、俺は扉を押した。
「狭山先生、忙しいので何もお構いできませんので自分でお茶入れてください」
「あ、ああ」
他の生徒たちが大勢いるせいか、永宮は形ばかり敬語だった。
別にお茶がのみたいわけではなかったが、自分の分と永宮の分を入れて、歩み寄って見た。
「今日は随分と賑やかなんだな」
「賑やかだと? テスト明けで気が抜けたんだか知らないが、大半が不純同性交友の現行犯だ。残りは強姦」
「は、ハードだな……」
「……ああ。お茶、悪いな」
俺が差し出したお茶を永宮が手に取った。
疲れている様子だが、テスト疲れではないんだろうなとすぐにわかった。
それに、テストが終わって学校中が浮かれているのもわかる。
どこへ遊びに出かけるかなど、楽しそうに話す声が、歩いているだけでも耳に入ってくるものだ。
それから俺は、永宮たちの仕事がひと段落するまでの間、書類にハンコを押したり、調書を眺めたりしていた。すぐに帰ってもよかったのだが、忙しなくしている永宮たちを見ていたら、少し見守っていたくなったのだ。
仕事が片付いたのは七時ごろだった。
生徒の委員会活動としてはかなり遅い時間の終了だ。
それでもやはり永宮はすごくて、適宜委員たちを帰宅させて行ったから、結局最後まで仕事をしていたのは、委員長の永宮と副委員長の月見里の二人だけだった。
月見里は飲み物を買いに行った。
「悪かったなまたせて」
最後に調書を仕上げた様子で、永宮が顔を上げた。
「いや、お疲れ様」
「――用件は?」
「特にないぞ?」
「用もないのに俺たちに付き合ってこんな時間まで風紀委員室にいたのか?」
「これでも一応顧問だからな」
ちゃんと仕事ぶりを見ておいた方がいいと思うんだ。頑張ってるんだってことを、見ていてやりたい。それはそうと。
「ところで永宮は、いつもこんなに遅くまで委員会の仕事をしているのか?」
「今日はまだましだ。テスト明けにしてはな」
「一体いつ勉強してるんだ?」
「する暇がもっと欲しい。最近じゃどうしても、夜が遅くなる。朝は見回りがあるから勉強している余裕がなくてな」
俺が新しいお茶を差し出すと、永宮がため息をついた。
こんな姿を見るのも珍しい。
「聞きたい箇所があっても、先生方がのこっている時間は大抵こちらの仕事もあるしな。眉川先生なんかは休日でも教えてくれるから助かってるんだ」
仏の眉川先生のことを俺は思い出した。
「そうだったんだな。俺も、俺でよければ休日あけるぞ」
「――なんだって?」
「一応免許はあるから社会関係は任せろ。後は、他の先生にも必要ならお願いして見るから」
「いいのか?」
「ああ」
俺は頷きながら、ふと思った。
これなら最初から教員が取り締まりをして風紀委員が授業に出た方がいいんじゃないのか? まぁこの学園の制度は特殊だから何も言うまい。
「じゃあ次の日曜日に伺ってもいいいですか?」
「ああ、いいよ」
井原先生にも言っておかなければなと思った。
やっぱり成績がいくら良くても聞きたいことはあるのだろうなと思う。

その週の終わり、金曜日に発表されたランキングで、永宮は見事学年一位だった。

「本当に勉強の必要あるのかなって感じですね」
なんだか誇らしい気分で俺は井原先生に言った。
「あの順位でもっと勉強したいなんて、すごいっていうか」
明日永宮が勉強に来ることを話したついでに口にする。
俺はソファに座って、料理をしている井原先生へと話しかけているのだ。
下僕権のおかげで、料理の担当は井原先生だ。
「個人講習から始まる恋――風紀委員長×世話焼き教師受け!」
「料理中に鼻血出さないでくださいよ。だけど永宮も、これで気が楽になってくれるといいんですけどね」
「気苦労が絶えない風紀委員長というのも萌えますよ」
「だってほら、井原先生なら、理科系全般と数学わかるでしょう? 国語関連は眉川先生がいるから」
「……え?」
「英語以外は週末にも聞ける環境ができて、ちょっとは落ち着けるんじゃないかなって」
「――狭山先生。俺も教えるんですか?」
「あ、れ? ご迷惑でした?」
「いや全然そんなことはないんですが、フラグ的に……」
俺はホッとした。フラグはちょっとよくわからないが、井原先生を勝手に頭数に入れていたからだ。井原先生は生徒思いだから絶対に教えてくれる気がしたのである。その考えは間違ってなかった!
「あ、そろそろできますよ」
その時井原先生が鍋へと振り返った。今日の料理は、ホイル蒸しらしい。
これから、外食の予定など今の所皆無なので、特別何かない限りは、期末テストとの間にある校外学習の期間以外は、ずっと井原先生に食事を作ってもらえる。
井原先生に胃袋掴まれちゃったらどうしようかな、なんて思った。
後々結構笑えなくなったりする冗談だった。