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それからテストなどを消化して、夏休みが訪れた。
俺は現在、飛行機に乗っている。
実は、生徒会副会長の有里丘の別荘へと招待されたのだ。
有里丘のお父さんと、学園の理事長が懇意にしているそうで、『是非お目付役に』なんて言われるがまま、生徒会役員の旅行に着いていくことになったのだ。
隣の席では、顧問の真澄先生が映画を見ている。
俺はと言えば、雲の水面を眺めていた。雲の上の青が綺麗だ。
有里丘の別荘は、コテージで、フランスのニースにある。
地中海料理を堪能し、リゾート地を満喫する。カジノなんかもあるらしい。
生徒会メンバーは、書記の大滝を除いて、皆海へ行った。真澄先生が引率(?)している。
俺は大滝と一緒にコテージに残った。
大滝は日本では簡単には見られない花に興味があるらしい。特に何を話す出もなかったが、二人で眺めた。この穏やかな時間が俺は好きだ。
夜は一人一部屋だったのだが、何故か有里丘と園生が、俺のベッドに入ってきた。よく分からない雑魚寝になった。飛行機疲れもあったのか、俺はすぐに寝てしまい――……目を覚ましたら、何故なのか、その二人の姿はなくなって代わりに、生徒会長に抱きしめられていた。暑い。腕をふりほどいて外に出る。
外の空気が心地良いなと思っていると、左右から手を掴まれた。
驚いて視線を向けると双子が、俺の手をそれぞれ持っていた。タイミングが全く同じで、手の握り方まで同じところがなんだか愛らしい。それから三人で海を見に行った。
そんな、楽しい旅行だった。
――さて、生徒は休みだが、教員は休みというわけではない。
旅行には有休も使ったので、その分も取り戻そうと、俺は職員室で机に向かった。
もうすぐ秋が来る。
秋には学園祭が控えているのだ。
今年は担任をしているから、クラスの出し物もあるし、風紀委員の顧問としては、当日の見回りも気になるところだ。
他にも夏休み中には、風紀委員長の永宮と特別講義もした。
まだ二年生なのに、本当に受験生レベルの学力だ。
もう俺に教えられることは、何も残っていないかも知れない……。
そんなこんなで、夏休みはあっという間に過ぎ去った。明日はもう、始業式だ。
この夏井原先生は、海外の研究のプロジェクトチームに参加していたから、会うのは丸一ヶ月ぶりである。色々振り返ったが、様々な人(同性)にキスされそうになったり、告白されたりと俺なりには色々あった夏休みだった。だから井原先生にすごく相談したかったのだ。
「おかえりなさい!」
俺が声をかけると、井原先生が曖昧に笑った。
何か言いたそうで、陰りがある。
「井原先生に聞いて貰いたいことが沢山あって……!」
俺が概要を説明すると――……いつもなら、鼻血の海になるのだが、この日の井原先生は違った。
「狭山先生、ゴメン」
「? なにがですか?」
「俺はもう、狭山先生の相談には乗れない――今も、萌えよりも、その……嫉妬してる俺がいるんです。この一ヶ月距離を置いてみたら変わるかとも思ったけど……おれは、やっぱりもう狭山先生のことが好きです。気持ち悪いですよね。何なら寮室を変えてもらっても構いません」
最初は、つらつらと続いた井原先生の言葉の意味が、よく分からなかった。
――井原先生が俺のことを好き……?
普通に考えたらこれはLIKEだ。同性なのだから。男同士だ。
だけど今では俺も、この学園がちょっと特殊だと言うことを分かっている。
そうである以上、この『好き』は、恋や愛だ。
だけど、どうしてだ?
こんなに急に、とも思うし――……第一、俺のどこが好きなのだろう?
こと井原先生に限っては、こんな冗談は言わない気がする。
ザワリと胸が騒いだ。
本気で、これまでに聞いたどの告白よりも、真剣に、それこそ本気で、俺のことを好きでいてくれるような、そんな気がしたのだ。馬鹿げているとは思うし、他の誰かの言葉が薄っぺらかったという意味ではないけれど。いや違うのかも知れない。いつも側にいてくれた井原先生に言われて、井原先生の事を井原先生に相談するわけにはいけないしという、利己的な理由もあるのかも知れない。ただ、なんなのだろう、上手く言えないのだが、言葉に詰まった。本当に。理由は分からないけれど。
――いつか、告白には真摯に答えるべきだと、井原先生に言われたことがある。
そうするためには、俺はどうすればいい?
自室へと戻っていく井原先生を、俺は何も言えずに見送ったのだった。