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井原先生に告白(?)されてから三日がたった。
俺は、この三日間で、やはりアレは真摯な告白だったのだと思うことに決めた。
勿論部屋を変えて貰ったりはしなかった。
だが、井原先生と話す機会はあまり無い。
以前のように井原先生が、俺よりも先に朝、出勤してしまうからだ。
帰宅してから、夕食を共にする機会も、実のところ皆無に等しい。
夏休み中の研究成果を論文にまとめる必要があるらしく、遅くまで井原先生は学舎の研究室から帰ってこないからだ。

「はぁ……」

一人きりの夕食をとり、井原先生の分を食卓に準備してアルミホイルをかけながら、俺は気づけば溜息をついていた。
――井原先生がいないと気になる俺がいた。
これまでの出来事を回想する。
様々な事象があった。
だけどいつだって側には井原先生がいてくれた。だからこそ俺は頑張ることが出来たのかも知れない。そんな風に、最近は思う。
この感情が恋愛感情かと言われたら疑問符が伴うが……井原先生の不在を純粋に寂しいと感じる俺が確かにいた。

「早く帰ってこないかな……」

少しで良い、話しがしたかった。声が聞きたかった。
何とはなしにテレビをつけて、子供向けの戦隊ヒーロー物を眺め、ダークヒーローをぼけっと観察する。タンタンタンとありがちな音楽が響いてくる。
そして改めて考えてみた。
井原先生が本当に俺のことを好きだとして、どこを好きになったのだろうか。
逆の方が、未だ分かるのだ(俺は異性愛者だが)。
井原先生は、黙っていればちょっと尋常ではないくらいのイケメンだ。同性目に見ても格好良い。顔の作りが違う。そう、そんな外見的優位性を持っている上に、だ。高学歴で、何で教師をしているのかこそが不思議で、休みの度に学会に呼ばれてはプロジェクトチームに逝くほどのフリーの研究者である。本来であれば、それなりの大学に在籍して研究に打ち込んでいてもおかしくはない。ノーベル賞も夢ではないかも知れない(と言う噂を聞いたことがあるし、案外あり得る)。嘗て一度本人に、研究に打ち込まないのかと聞いた時は、「生BLが見られなくなるのは困るので」と言われたのだったな……。

その時、ドアが開く音がした。

咄嗟に立ち上がった時、井原先生が帰ってきた。

「おかえりなさい」
「!」
「夕食、食べましたか?」
「……狭山先生、起きてたんですか……」
「少し、話しがしたくて」
「……」

俺の言葉に井原先生が視線をさまよわせた。
その様子に俺は、溜息を噛み殺した。こんな風に気まずそうにしなくても良いと思うのだ。これまであんなに仲良くやってきたと、少なくとも俺は思っているのに。

「……嬉しいですけど、この前の俺の言葉、本気なんですよ」
「――え?」
「もうどこまで自省できるか分からないから」
「井原先生……それって……」
「あ、そ、そ、その……! 気持ちが悪いだろうって言うのは分かってます。分かってますから! だけど俺、本当に狭山先生のことが、その……だから……本当ごめんなさい!」

叫ぶようにそう言うと、井原先生が自室へと立ち去ろうとした。
慌てて俺はその腕を掴む。

「待って下さい」
「ッ、狭山先生、俺は――」
「逃げないで下さい。その――俺も逃げないので」
「……っ……え?」
「きちんと話し合いましょう。俺は、井原先生のことが好――」

好きだ。
……。
……?
……好きだ?
好き!?

反射的に口に思想になった言葉に、俺は戸惑った。
完全なる無意識だ。
けれど、確か新原先生のことは好きだ。それは多分間違いないし、これまで信頼しているという意味で好きだった。だがこの状況で、好きだ等と言ったら意味合いが違ってくる。
なのに何故俺の口は、勝手にその単語を紡ごうとしたのだろう?

分からない。
分からなかった。
だけど。

ただいま、この今、井原先生が自室に帰ってしまい、また一人になることがどうしようもなく寂しいことだというのはよく分かる。それは辛かった。もう少しだけで良いから側にいたかった。側にいたいんだ。

「――井原先生、本当に俺のことが好きなら、俺が作ったポトフ食べて下さい」
「狭山先生……」

気づけば俺は井原先生の腕に、額を押しつけて、そんなお願いをしていたのだった。