「――……と言うことで、本日から風紀委員見習いとなった、一ノ宮だ」

俺が言うと、香坂が呆れたような顔をした。

「見回りは俺が一緒に行う」
「ああ、そう」

香坂はそう言うと、一ノ宮を一瞥した。

「頑張ってね」
「有難うな、小次郎!」

香坂は頷くと、書類の束に手を伸ばした。
俺は一ノ宮を連れて、校舎の見回りへと出かける。
するとあちらでひそひそ、こちらでひそひそと、ざわめき声が聞こえてきた。

「まさか、神宮寺様まであのマリモに陥落するなんて――!!」

大体がそんなような内容だった。
そろそろ、変装ばれイベントが来ても良いと思うのだが、タイミングが分からない。

「一ノ宮、ここが、強姦危険度最高の茂みだ」

森まで王道君を引っ張っていく。

「分かった、覚えておくぞ!」
「次は二階の空き教室を案内する」

このようにして、俺は時折わざと笑顔を浮かべながら、一ノ宮のことを学内中連れ回した。
普段は無表情の俺である。

事が起きたのは昼休みのことだった。

「どういう事ですか!?」

風紀委員室に戻り、お弁当を広げていると、副会長が鬼の形相でやってきたのである。

「どうって、風紀委員に入りたいんだそうだ」
「なぜですか? どんな卑怯な手を使ったんです!?」
「一ノ宮が自分から入りたいって言ってきたんだぞ?」
「本当ですか、遥?」
「ああ。馨達の仕事の邪魔をしちゃいけないと思って……」
「邪魔だなんてとんでもない!!」
「だけど俺も学園の役に立ちたいんだ」
「だったら生徒会補佐になって下さい!!」

なるほど、腹黒副会長×王道君か。
うむ、申し分ない。

「俺、何度も風紀の人に助けられたから、今度は俺が助けたいんだ」

王道君は、やはり中々頭が回る様子である。
一ノ宮の言葉には、滝波副会長も返す言葉が見つからない様子である。
このようにして、一ノ宮が風紀委員に入った事は、生徒会にも周知されたのだった。

それから数日が過ぎた。

中々真面目に、一ノ宮は見回りをしてくれている。
その上、腕っ節が強いため、頼りになる。
今では俺が一緒に見回りをする必要など無いくらいまで成長した。
そこで俺は考えた――新たなフラグを立てることを!

「嘉川、ちょっと良いか?」

俺は見回りから戻ってきた、1年S組の嘉川燕かがわつばめを呼び止めた。
アシンメトリーの黒髪で、耳にはピアスがいくつも開いている。

「なんすか、委員長」
「今日の放課後から、一ノ宮と一緒に見回りをしてくれないか? 俺も忙しいからな」
「ああ……」

俺たちの他には誰もいない執務室で、嘉川はちらりと香坂の机を見た。
後輩×先輩萌えktkr!

「あんたもてっきり生徒会の連中と一緒で、あのマリモに惚れたのかと思ってたんすけど、違うんですね」
「あくまでも、仕事を教えただけだ」

無表情で告げると、嘉川が小さく舌打ちした。

「くれぐれも香坂先輩に仕事を押しつけたりはしないで下さいよ」
「押しつけた覚えはないが?」
「時間の問題かと思ってたんすけどねぇ」
「俺が一ノ宮と仲良くすると都合が悪いのか?」

ニヤリと笑って俺は言った。
同級生風紀委員×編入生というのもありかもしれない。

「最悪っすね」
「何故だ?」
「……俺の幼なじみが、一ノ宮の”お友達”だからって理由で、酷い目にあってるんすよ」

ん?
こ・れ・は!
幼なじみカポー到来!?

「詳しく聞かせて貰おうか」
「――忙しいんじゃないんすか、あんた」
「放っておけるわけがないだろう。風紀委員長として、この学園の風紀を乱す事象は放っておけない」
「あんたが一ノ宮を連れ回したせいで、被害は拡大したんすけどね」

それは気のせいか言いがかりだと思う。
何せ俺は努力しているイケメンであって、実際にはただの平凡である。

――ん、平凡?

そこで俺の腐男子アンテナが反応した。

「もしかして、編入初日に学食にいた少年が被害者か?」
「っ、よく分かったっすね」
「目立っていたからな。確か1のSの生徒だろう?」
「そうです。一ノ宮の隣の席の、中野美和なかのみわ。俺の幼なじみなんすよ」
「そうだったのか。で、いつから付き合ってるんだ?」

あ、やばい。
思わず聞いてしまった。
コレじゃあ俺が腐男子だとばれてしまうかも知れない。
一気に吹き出してきた冷や汗に、俺は体が震えそうになった。

「幼稚舎からのつきあいです」

しかし言葉のままに受け取ってくれた嘉川に安堵した。

「あいつ、内気だから、自分からは断れなくて――……というより、一ノ宮が強引すぎて……」
「嘉川、お前は直接一ノ宮と話したことがあるのか?」
「ないっすよ。あんなに生徒会やら大勢に囲まれてるんだから。美和はたまたま隣の席ってだけでその輪に巻き込まれてるんすよ」
「話してみると案外まともだぞ。今日から一緒に見回りをして、自分の目でしっかりと確かめてみると良い」
「……あんたがそう言うんなら、少し様子を見てみますよ委員長」

それから間をおかずに一ノ宮がやってきた。

「雅――じゃなくて、委員長! 今日は何処に見回りに行くんだ?」
「今日からは、嘉川と見回りに行ってくれ」
「え」
「なんだ?」
「雅は……俺と一緒にいるのが嫌になったのか?」

実に悲しそうな声で言われたので、俺は思わず一ノ宮の髪を撫でてしまった。
王道総受君万歳!
思わず口持ちがゆるんだ。

「違う。一ノ宮は、仕事の飲み込みが早いから、もう俺が一緒じゃなくても充分やっていけるだろうと思ってな」
「だけど俺は、雅と一緒が良い!」
「一ノ宮を――遥を信用して任せているんだ。我が儘を言わないでくれ。俺だって寂しいんだ」

王道風紀委員長風の台詞を無理矢理ひねり出して、俺は王道君争奪戦の軌道修正を地味に行った。
嘉川の冷たい視線が跳んできた気がしたが、気にしない。
可能であれば、共に見回りをする内に、嘉川にも王道君への恋心を持ってもらいたい。

「……雅……分かった! 俺、頑張る!」

眼鏡越しでよく見えなかったが、恐らくキラキラした瞳で、王道君が応えた。
そろそろ変装ばれイベントが来ても良い頃だと思う。
それにしても、中々正義感が強いのが一ノ宮だなぁと思った。

「それで俺は誰と見回りに行くんだ?」
「俺だよ」

嘉川があからさまに不機嫌そうな表情で口を開いた。

「あ、燕! お前も風紀委員だったのか!」
「下の名前で呼ぶな」
「なんでだよ? お前美和の友達だろ? 美和は燕って呼んでたぞ?」
「美和は幼なじみだから良いんだよ」
「幼なじみって友達って事だろ? 俺とお前も友達だろ、燕」
「……一ノ宮、そんなことより、仕事に行こうぜ」
スルースキルを発揮した嘉川が、一時恨むように俺を見てから、出て行った。
「じゃあな、雅、じゃなくて委員長!」
慌てたように、一ノ宮がその後を追いかけていく。

入れ違うように、香坂が風紀委員室へと入ってきた。

「あれ、今日は一ノ宮と見回りに行かないの?」
「大体の仕事は教えたからな。一年同士の通常の見回り編成に組み込むことにしたんだ」
「そう」

納得したように頷いた香坂は、俺の隣の執務机へと座った。
――そうだ。
聞こう聞こうと思って忘れていたが、香坂と会長の関係が気になる。
さて、なんて切りだそう。
そんなことを考えていると、抱えていた書類を机の上に置いてから、香坂が俺を見た。

「前に……神宮寺は、面白いものがみられるって言っていたけど」

なんと向こうから振ってくれた!
奇跡である。

「苦労している森永が面白かったの?」
「へ?」
「仲が悪いって言っても、相手の苦労を面白がるような性格じゃないと思ってたんだけど」

香坂に淡々と言われて、俺は思わず息を飲んだ。
言われてみれば、確かにそうだ。
俺は穢れているばっかりに、(例え嫌いだとはいえ)森永の苦労を面白がっているような発言をしてしまっていたんでした。
とはいえ、単純に会長×香坂に萌え萌えしていただけだなんて言えない。

「それとも『知っていて』、僕に森永の手伝いにいけって事だったの?」
「そうだ」

俺は即答した。
他に答えなんて思い浮かばなかった。
ちなみに何にも知りません。

「じゃあ此処で生徒会の仕事を手伝っても、構わないよね?」
「勿論だ」

それにしても、風紀委員と生徒会では、だいぶ仕事内容が異なる。
だというのに、香坂は生徒会の仕事がこなせるのだろうか?

香坂、出来る子!

流石学年首席だけはある。
そしてこれは、二人の関係を聞き出すチャンスだ。

「バ会長が、香坂のことを”葵”と呼んでいたからな。適任だと思ったんだ」

俺はとってつけたような理由と共に探りを入れた。

「二人はどういう関係なんだ?」
「さっき、知ってるって言っていたじゃないか」
「あ、ああ、そうだったな……」

聞き出し、失敗!