0
この私立鳳凰学園は、エスカレーター式のため、外部入学の生徒はごく少数だ。
学習内容も、中等部時代には既に高等部のものに入るといった高偏差値具合。
その上家具も調度品も、寮も、学舎も、最高のものが揃っている。
此処が、俺の学校――生徒会長である俺の王国だ。
そこへ、高等部からの外部入学生がやってきたのは、昨年のことだ。
――どんな奴か見にいってやろうじゃねぇか。
単純な好奇心で、俺はそいつを見に行った。
そして目を奪われた。
神宮寺雅という名前のそいつは、氷のような無表情を浮かべて、席に着いていた。
俺の斜め前の席だったため、窓硝子に映るそいつの顔がよく見えた。
鴉の濡れ羽色の髪と、切れ長の漆黒の瞳。
まるで作り物のような美に、俺の鼓動は気づけば早鐘を打っていた。
瞬間、神宮寺がこちらへと振り返った。
慌てて俺は視線を逸らす。
この俺が?
どうして視線を逸らす必要があったのだろうかと、自分でも分からなかった。
きっとすぐに親衛隊が出来るだろうと思っていた神宮寺には、しかし親衛隊は出来なかった。神宮寺が、風紀委員会に入ったからである。
風紀委員会のファンは多いが、風紀委員会は親衛隊の結成を許可していないのである。
生徒会補佐をしている俺と風紀委員のあいつ。
俺たちは気がつくと、好敵手になっていた。
勉強では次席争いを繰り広げ、体力測定でも拮抗していた。
あんなに線が細いのに、体力があることに俺は正直驚いた。
自慢じゃないが、俺は運動部なみに運動神経が良い。
その上、風紀委員としての活躍振りも、続々と耳に入ってきた。
「葵に負けるのは百歩譲って許してやるが、神宮寺に負けたら、腹をくくってもらうからな」
俺が一年の時の生徒会長、御神楽弥生先輩にそう言われた頃には、俺は無意識のうちに神宮寺を視線で追うことをやめられなくなっていた。
「何か用か?」
そしてある日、俺の視線に奴は気づいた。
「あ?」
「こちらを見ていただろう」
「誰がてめぇ何かを見るか」
俺はがらにもなく、ガチガチに緊張していた。
初めて交わしたあいつの声は、凛としていて澄んでいた。
「そうか」
頷いた神宮寺は、口元だけで小さく笑うと俺の横を通り過ぎていった。
その表情に、俺は、ゾクリと体が熱くなった。
今になって思えば、一目惚れだったのだろう。