「理事長から、編入生を迎えに行くように頼まれた。面倒だから、代わりに行ってこい」
書類仕事をしながら俺が言うと、副会長の馨が、溜息をついた。
「どうして僕が……」
「俺様が行かないからだ」
「……その尻ぬぐいばかりしている気がするのは気のせいでしょうか?」
「さぁな。光栄だと思え、俺の代わりが務められるんだから」
馨に、編入生の出迎えを頼んだときは、まさか後々大騒動が起こるなどとは全く思っていなかった。


「面白い編入生でしたよ、気に入りました」

出て行ったときとはまるで違う微笑みを称えて、馨が戻ってきた。
それを見て、俺は首を傾げる。
「「馨ちゃんのお気に入り?」」
生徒会補佐の陸と海もまた、興味を持ったように瞳を輝かせている。
「……珍しい」
寡黙な書記である志乃夫も、吃驚したように口を開いた。
「何々、美人だったのぉ?」
会計の莉央が首を傾げると、馨が肩を竦めた。
「お昼は学食でとるそうなので、みんなで見に行きませんか」
「面白れぇ」
俺も気になったので同意した。


そして学食へと着くと、なんと、珍しいことに一階席に風紀委員長の神宮寺と、副委員長の葵がいた。
俺は視線が向かいそうになるのを必死で抑えて、編入生に注目する。
編入生は、一口に言うならば――マリモだった。
確かに興味がわく外見だが、一度見ればもう二度と見なくて結構だという感じである。
思ったより楽しくなさそうだなと考えていると、耳元で馨に囁かれた。
「今、此処で編入生にキスして見せたら、少しは風紀委員長も貴方に興味を持ってくれるかも知れませんよ」
なるほど一理ある。
しかし腑に落ちなかった。
「お前のお気に入りなんじゃなかったのか?」
囁き返すと、馨は素知らぬ顔で、ただ笑っていた。
どういう意図だかは分からなかったが、馨は俺が神宮寺を好きだという事に気がついている。誰よりも、空気を察するのが巧いのが、我が生徒会の副会長なのである。

結果、俺は鳩尾に強烈な拳をお見舞いされることになった。

俺様は、俺様なので、全校生徒の前で吹っ飛んでみせるわけにはいかない。
意識して無表情を取り繕いながらこらえていると、背中を莉央が支えてくれた。
莉央はAKYな所があるが、こう言うときには頼りになる。
見えないところで、役に立ってくれることが多いのだ。
学園内での評判は、下半身ゆるゆるのタチもネコも出来るチャラ男会計だが。

それから風紀委員長達を一瞥する。
しかし二人は、こちらを気にした素振りなど全くなく、黙々と料理を選んでいるようだった。折角したくもないのにキスをして殴られたというのに、これでは殴られ損じゃねぇかと思った俺は、絡みに行くことにした。

「何で、こんな所に風紀の委員長様と副委員長様がいるんだ? あ?」

悲しいことに、現在の俺と神宮寺は犬猿の仲なのである。
しかも学園で抱きたいランキングにも抱かれたいランキングにも上位にいる、総合ランキングでは俺と同票一位の葵が常に側にいる。
きっと神宮寺は、葵のことが好きなのだろうなと俺は思っている。
時折、葵を見る目が優しく笑っているように見えるからだ。
「昼食をとりに来て何が悪い?」
先ほどまでの俺たちのやりとりなど、全く気にした様子もなく神宮寺が顔を上げた。
「専用席で食えよ」
それならしばらくの間顔を見ていられるし、とは言わなかった。
「お前らの顔が見たくなかったから、下にしたんだ」
きっぱりとそう言いきられ、やはり俺は嫌われているんだなと悟った。
俺も思い通りにならない奴は大嫌いだ、感情を揺さぶる奴も大嫌いだ、だが、だがそれでも神宮寺から視線を離せないのだ。

「お前ら、喧嘩は良くないぞ!!」

その時、いつの間にこちらへと歩み寄ってきたのか、編入生が声を上げた。

「仲良くしないとダメなんだぞ?」
「確かに風紀委員長自ら風紀を乱してりゃ世話無いな」
小馬鹿にするように俺は笑って見せてやる。
「お前は誰だ? 恭一郎の友達か?」
編入生の一ノ宮遥は、続いて何を思ったのか、神宮寺に声をかけた。
神宮寺に一目惚れでもされていたらかなわないと思い、俺は思わず眉をひそめる。
「……――友達ではない。俺は風紀委員長の、神宮寺雅だ」
「雅か! お前……格好いいな!」
確かに神宮寺は格好いい。
そこも含めて好きなのだ。
だが、名前呼びを聞いて、俺はきつく拳を握った。
俺でさえ名前で呼べていないって言うのに、どういうつもりなんだこのマリモは。
「そっちのお前は誰だ? お前は本当に綺麗だなっ」
続いて編入生が、副委員長の葵を見る。
「――風紀委員会副委員長の、佐々木小次郎です」
「ささ……!?」
神宮寺が怪訝そうな顔で、首を傾げている。
俺は葵の素晴らしい対応に感動した。
葵は面倒事が大嫌いなのだと知っている。
その為、中学時代は生徒会長の俺と風紀委員長の葵だったが、あまり波風は立たなかった。
「小次郎か! よろしくなっ!」
しかも編入生が信じた。
確かにコレは馨が言う通り、中々見る甲斐があるかも知れない。
「風紀委員とよろしくするって事は、問題を起こして内申点を下げるって事だから、あまりよろしくしない方が良いと思うよ」
「な、何でそんなこと言うんだよ?」
「事実だから」
いつもと代わらず飄々と、苛立つでも笑うでもなく、葵が言った。
「俺たち、友達だろ、小次郎!?」
「友達……?」
小首を傾げた葵が神宮寺を見た。
「僕と彼は友達なの?」
「何で俺に聞くんだ」
「君の危惧していたことが本当に起こりそうだなぁと思って。これは確かに理事長直々に通達もあるはずだね」
そう言うと葵は、運ばれてきたハンバーグを食べ始めた。
一ノ宮遥のことは、完全にスルーしている。
このまま編入生に神宮寺を取られでもしたらたまらないと思ったので、俺は無理矢理二階席へと遥を引っ張っていくことにした。