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そのまま、本来ならば一般生徒が立ち入り禁止のはずの二階席で、編入生が昼食を取るのは日課になった。どころか、生徒会室にも毎日のようにやってくる。最初こそ知り合いがいなくて押しかけてきているのかとも思っていたが、今では馨達が代わる代わる呼びに出かけているらしい。
その上、生徒会室は茶会の場と化して、仕事なんてそっちのけで、他の役員達は、一ノ宮遥を構い始めた。
たまっていく一方の書類に、俺は頭が痛くなった。
それ以上に頭が痛いのは、神宮寺が、見回りとかこつけて、遥の後を着いて歩いているという噂だ。
馨もどうかしているが、まさかあの神宮寺までこのマリモに堕ちるとは思わなくて、俺は苛立ちが最高潮に達していた。
「恭一郎もお茶を飲めよ。馨の紅茶、美味しいぞ?」
「コーヒー派なんだよ俺様は」
砂糖とクリームを入れないと飲めないのだけれども。
そもそも俺は茶会の輪になんて混ざっている暇はなかった。
何かを悟ったように、立ち上がった会計の莉央が、俺の肩を二度ポンポンと叩いて書類を三束手に取った。
「じゃ、俺はチワワちゃん達と約束があるからまたねぇ」
上手いこと生徒会室から脱出を図った莉央には、それでも仕事を少しでもしてもらっている分感謝の気持ちで一杯だった。
というか、仕事をするから特権があるというのに、なんなんだよこいつらは。
俺はそろそろキレても良いと思うのだ。
此処は俺様の王国だ。
それを乱されることには、我慢ならない。
しかし感情的にキレるというのも、俺様らしくない。
俺は常に余裕たっぷりでいたいのだ。
だから、書類を抱えて、俺は生徒会室から出ることに決めた。
とりあえず仕事をじっくりと片付けてから、対策を練ろう。
そんな思いで、地下書庫の資料室へと向かった。
そして携帯電話で、親衛隊長の時任雛を呼び出した。
この学園は地下でも電波が入るのである。
すると五分以内に、雛がやってきた。
息が切れている、走ってきたのだろう。
「お呼びですか、会長」
「ああ。悪ぃんだが、折り入って頼みがある」
俺がそう言うと、顔を真っ赤に染めて、身長の低い雛がコクコクと何度も頷いた。
これで先輩なのだから、吃驚だ。
栗色の髪が、サラサラで、桜色の唇は柔らかそうで、それこそ本物の女子のようだ。
流石は抱きたい人ランキング不動の一位だ。
「会長のお頼みだなんて、そんなの畏れ多いです。出来ることが有れば、何でもやらせて下さい、森永様。森永様のお力になれるんなら、僕は、僕は、」
「あーあーいいから、そういうの」
「なんの用ですか? 恭一郎様」
素の口調に戻った雛は、きょとんとした表情で首を傾げた。
こいつは俺の両親が、将来的に俺の腹心の部下(秘書)にすべく幼い頃から、俺の側に強制的にいさせている『森永派』の人間だ。
俺の父親は、現在六期目を務める総理大臣なのである。
親衛隊長と言っても俺に恋愛感情など無いことはよく分かっている。
だが、一応学園内では人目があるため、俺のことが好きである風に装っているのだ。
それに俺の親衛隊長をしていれば、雛が被害に遭う確率も格段に減る。
「生徒会の仕事を手伝ってくれ」
「別に良いですけど」
狭い資料室の四人がけの席で、俺の正面に座った雛は、静かに書類を一束取る。
「転入生は、随分酷いみたいですね」
「あのマリモの魅力を俺に教えてくれる奴がいたら、金一封出すくらいには酷いな」
「噂は何処まで本当なんですか?」
「噂?」
「生徒会役員全員が、一ノ宮遥に惚れてるって言う噂。恭一郎様は、風紀委員長一筋なんですよね?」
「黙れ――莉央は分からない。本気なのかどうなのか。他の奴らは、俺から見ればベタ惚れだな」
「恭一郎様は見る目無いですし」
「あ?」
「全校生徒の半分くらいは、会長も編入生に惚れてると思ってますよ。と言うことは、会長以外も、本当は惚れてないのに惚れているように見えてるのかも知れませんし、見せてるのかも知れません」
「惚れていようがいまいが、仕事さえしてくれれば、俺としてはどちらでも構わん」
俺が溜息をつくと、書類仕事を始めながら雛が首を傾げた。
「制裁騒ぎで、親衛隊は随分殺気立ってますけど――風紀委員も大変でしょうね」
その言葉に、思わず俺は顔をゆがめた。
「神宮寺の奴も、編入生を追っかけ回してるって話しじゃねぇか」
「恋するオトメンも大変ですね」
「誰が乙男だ」
「自覚無しですか? そうなんですかぁ?」
「うるせぇ。それより……制裁か。マリモとはいえ、それは問題だな」
「僕の所の会長親衛隊にはとりあえず、あんまり酷いことをしないように通達を出しておきますけど、他はどうだろう――親衛隊総括の所くらいかな、被害出さないようにしてくれる所は。副会長親衛隊なんて、今にも暴走しそうですよ」
数ある親衛隊を束ねている親衛隊総括は、確か会計である莉央の親衛隊隊長だったなぁと思い出す。
抱かれたいランキング一位だ、この俺様を抜いたのだ。俺は惜しくも二位だった。抱きたいランキングの方にも票が入ったかららしい。この総攻めの俺様を抱きたいだなんて、よくも屈辱を味会わせてくれた奴らがいたもんだ。
「まぁそれは風紀委員の仕事だしな。今は生徒会の仕事に集中させてくれ」
こうして俺は、仕事に専念することにしたのだった。