そんなこんなで、地下書庫で仕事をするようになり、早一ヶ月が過ぎた。
今では、生徒会が仕事をしていないという噂は、全校中に広がっている。
正直、いくら俺でも、あの量を雛に手伝って貰っているとはいえ、全てこなすのは困難だ。
最低でも、もう一人くらいは、生徒会の仕事に詳しい人間に手伝って貰いたい。
だが、他の役員に頼む気は起きない。
たった数人の生徒会役員すら纏められないなんて、森永の名折れだ。


「「はぁ……」」

思わず溜息をついた時、誰かとそれが被った。
此処は図書館の地下書庫である。
滅多に人気がないため此処で仕事をしているというのに、一体何処の迷惑者だろうかと俺は顔を上げた。
そして目を見開いた。
てっきり人目を避けて情事に来た馬鹿共かと思っていたら、そこにいたのは風紀委員長の神宮寺雅だったからである。

「……何をしているんだ、バ会長」
「アホ風紀に言われたくねぇ」

奴が俺よりも5cm身長が低い点は、俺の勝利だと思う。

「風紀委員には俺が記憶している限り、アホは一人もいない。生徒会の間違いじゃないのか?」
イヤミを返されたとはいえ、疲れ切っているこの今、澄んだ神宮寺の声を聞いていると、心が癒される気がした。
だから会話が打ち切りがたくて、俺は反論する。

「お前らが仕事をしねぇから、遥を守るためだ何だって言って、あいつらが毎日生徒会室に編入生を引っ張ってくるんだろうが」

実際それは事実だ。
雛の話しによると、制裁の規模がドンドン大きくなっていっているらしい。

「それは生徒会のお前らが一ノ宮を構うからだろう。元凶は生徒会自体じゃないか。こちらでも、被害が出ないように見回りの強化はしている」

無表情の神宮寺だったが、さも不服だとその瞳が語っているようだった。

「俺の親衛隊に主犯はいねぇ」

雛の通達で、かなり大規模な俺の親衛隊達は、少なくとも表向きには制裁などしていないはずである。そもそも俺はしっかり仕事をしているのだと、雛が会長親衛隊の幹部に伝えてくれているはずなのだから、制裁の必要性もないはずだ。あるとすれば、他の親衛隊の友人に手を貸す程度だろう。

「どうだろうな。俺が確認しているだけでも、会長親衛隊の人間が加害者だった例がいくつかある」
「主犯は、って言っただろ」
そりゃあ規模が大きい分、噂に踊らされる生徒だっているだろうが、そこまでは俺だって面倒を見きれない。
「もういい。で、一ノ宮を構うのにご多忙な生徒会長様が、何でこんな所にいるんだ? さっさと生徒会室に戻ればいいだろう」

すると溜息混じりに、神宮寺にそう言われた。

「あんなマリモ、冗談じゃねぇ」
「――え?」

瞬間、神宮寺が小さく息を飲んで、目を見開いた。
通常なんの感情も宿さないコイツの瞳に、俺が映っていた。
それが無性に嬉しかった。
だが、理由が分からない。

「あ?」
だから聞き返した。

「お前……まさかとは思うが、一ノ宮のことが好きじゃないのか? 好きなんだろう!? 自分に素直になれ!!」
「は!?」

あまりにもの神宮寺の剣幕に、俺は嫌な予感がわき上がってくるのを止められなかった。

「――……お前、まさか……」
「なんだ?」
「少し前まで遥のストーカーしてたらしいし、俺のことを恋敵だとでも思ってたのか!?」
「え、いや……」
すると、初めて俺の前で動揺を見せた神宮寺が、視線を彷徨わせた。
「……そ、そうだったら、なんだっていうんだ?」

嫌な予感が確信にかわる。

「イかれてんな。あのマリモの何処が良いんだ」

俺は編入生一ノ宮遥にひしひしと殺意が浮かんでくるのを感じた。

「人は見た目じゃないだろう、森永」
「性格の方が極悪だろうが、あいつはジャ○アンだ」
「なにジャ○アンdisってんだよ。ああ、同族嫌悪か」
「黙れ――……って、本気か!? 本気で遥のことが好きなのか!? 葵じゃなくて!?」

ドラ○もんトークをしている場合ではない。
百歩譲って葵なら兎も角、あの忌々しい一ノ宮遥を好きだなんて許せなかった。
思わず俺は神宮寺の肩を掴み、書架にガンと押しつけた。
どうなんだよ、と視線で問う。
するとフッと神宮寺が微笑した。
コイツから初めて笑顔を向けられた俺は、瞬間頭が真っ白になる。

「森永、お前、香坂とはどういう関係なんだ?」

頬が熱くなってきた。
ヤバイヤバイヤバイ。
どうしてコイツはこんなにも綺麗なんだろう。
流石は総合ランキング二位だ。
全校生徒は流石に見る目がある――外見だけは。

「あいつとは、中学時代に生徒会と風紀って事で、色々あっただけだ」

慌てて言葉を返してから、俺は神宮寺を見据えた。

「神宮寺……お前、辺り構わず笑顔を見せるんじゃねぇぞ」
「は?」
神宮寺は訳が分からないといった顔で俺を見る。
「コレは会長命令だ」
「風紀委員は、会長の命令を必ずしも聞く必要がないと、規則で定められている」
「……はぁ。俺は無自覚な人間が大嫌いだ」
あの笑顔をそこら中で振りまいたら、今頃強姦未遂やら暴行事件やらに遭うのは、風紀委員長自身になること間違い無しだ。
「無自覚? それは生徒会室に一ノ宮を連れ込んでいるお前達生徒会役員だろう」
「あのな、勘違いしてるみてぇだからきっちり言っておくが、俺には好きな奴がいる」
俺が感情のままに、一ノ宮遥に苛立ちながらそう告げると、再び神宮寺がおかしな反応をした。
「そ、そうか……」

いつもよりも弱々しい声で、神宮寺は俯いた。
悲しげに、闇夜のような瞳が揺れた気がした。
これは――期待しても良いのだろうか?

「……俺に好きな奴がいると、もしかして悲しいのか?」

気づくとそんな声が漏れていた。

「そんなわけがあるか」

すると間髪入れずに、いつもの無表情に戻った神宮寺にそう返された。
だが、俺は先ほどの神宮寺の視線で、確信していた。
こいつもきっと俺様のことが気になっているのだろうと!
俺だけじゃなかったのだ――そう思うと、喜びが体に満ちあふれた!

「隠さなくて良いぞ。お前がやっと俺様の魅力に気づいたと分かったんだからな」
「……は?」
「全く、仕方がない奴だな」

きっと神宮寺は照れているのだろうと思いながら、俺は静かに屈んだ。
そして思ったよりも柔らかい神宮寺の唇に口づけした。

瞬間、回し蹴りを喰らった。

派手な音を立てて俺は吹っ飛んだ。
辺りにほこりが舞う。
視線で確認すると、神宮寺が唇をぬぐっていた。

「ああ、びっくりした」
「……おいおいおい、俺の方が吃驚だ」

書架にたたきつけられた俺は、眉をひそめて立ち上がる。
ほこりに思わず咳き込みながら、おかしいなと思って首を傾げた。

「俺にキスされて、そんな反応するのはお前くらいだぞ」
「自意識過剰なんじゃないのか? 一ノ宮も似たような反応をしていただろう」
「遥は兎も角、お前は、俺のことが好きなんじゃないのか!?」

だってさっき、俺に好きな奴がいると知ったお前は、悲しそうだったじゃないか、と叫び出しそうになる。
それは俺のことが好きだからじゃないのか?
普通はそう考えるだろう!?

「どこからどうしてそうなった!? そんなフラグ何処にもなかっただろうが!!」
「フラグ?」
聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げた。
だが今はそんなことは問題ではない。
「まぁいい。それよりも返事は何だ? yesかyesだぞ」
勢いとはいえ、俺の気持ちはバレてしまったはずだ。
この俺がフられるなんて言うことは、あってはならない。

「返事? 何の返事だ?」

だが、神宮寺は心底分からないというような顔をして首を傾げた。
それからきびすを返す。
「じゃあな。俺は次の場所の見回りに行く」
「逃げるんじゃねぇよ」
思わず腕を取って、俺は引き留めた。
「別にそう言うつもりはないが、他にも危険区域は多いんだ。無駄に広いからな、この学園は。そういえば、生徒会長様はどうしてこんな人気のない場所にいるんだ?」
その声に、俺は久方ぶりに忘れていた仕事のことを思い出して憂鬱になった。
「生徒会室が煩くて話にならんから、奥の資料室を借りて仕事をしてるんだ」
俯いていると、暫しの間をおいて、神宮寺が口を開く。
「森永、まさかとは思うが、お前は今一人で生徒会の仕事を全てこなしているのか?」
「ん、あ? まぁな。このくらい、楽勝だ」
てっきりまたバ会長呼ばわりされるのかと思ったが、神宮寺はじっと俺を見るだけだった。
「その割には目の下の隈が酷い」
その上、静かに、心なしか心配そうに、俺にそう言った。
「親衛隊で手伝ってくれてる奴らもいるんだよ」
イヤミを言われなかったことで、俺は気が抜けた。
雛には本当に感謝している。
「それにしてもまさかお前に心配される日が来るとはな……」
空元気でそう告げて、無理矢理笑ってみる。
だが、苦悩は絶えない。
「せめてお前か葵が生徒会役員だったら良かったのにな。風紀委員になんて何で入ったんだよ。そうじゃなければ、確実に優秀な生徒会になってたものを……あいつらだって悪いってわけではないんだけどな」
「は? 俺が入れるわけ無いだろう、人気投票の生徒会になんて」
「お前、ランキング結果ちゃんと見たのか?」
「なんだ自慢か? お前が一位だっただろう」
「一位以外は見てないのか?」
一瞬、会話が通じていないのかと思ってしまった。
だから聞いてみる。
「二位が副会長、三位が会計、四位が書記、五位が双子同票」
「……風紀と選管入りの、総合ランキングを見てないのか?」
俺と同率一位が葵で、二位が神宮寺、三位が副会長だ。
確かにお堅い風紀委員長様は、ランキングになんて興味はなさそうである。
そう、そうなのだ。
葵も神宮寺も、風紀委員会に入ってさえいなければ、生徒会役員だったのだ。
「総合も大して結果は変わらないだろうし。あ、そうだ。香坂との色々って何だ?」
「……お前って、お前……まぁ、いい。で、なんだ、葵の何が聞きたいんだ?」
「香坂のことと言うより、お前と香坂の関係が知りたいんだ」
「さっき話しただろ」
「つきあってたのか?」
それにしても、随分と葵の話しに食いついてくるなと思っていると、決定的な言葉が放たれた。
「嫉妬か?」
諦観混じりに聞いてみる。
神宮寺はやはり、葵のことが好きなのだろう。
マリモじゃないだけ、まだマシか。
あるいは既に葵と付き合っているのかも知れない。
俺が思わず眉間に皺を寄せると、神宮寺が小首を傾げた。
「やっぱり森永がさっきいっていた好きな相手というのは、香坂なのか」
「なんでそうなるんだよ」
俺は、神宮寺に言葉でこそ無かったが、告白したつもりだ。
「俺が香坂といるから嫉妬してるんだろう?」
「あたりまえだろう。少しはこっちに気を惹かせてやろうと、わざわざお前らがいるのを見つけたから、食堂でキスして見せてやったって言うのに、無関心だしなぁ」
副会長の馬鹿な提案になんて乗るんじゃなかった。
そもそも四六時中神宮寺と一緒の葵が羨ましくて仕方がないのだって、しょうがないだろう。
「つまり香坂に意識させたくて、一ノ宮にキスしたのか!」
「だから何で葵なんだよ」
だが、なぜなのか、神宮寺は、ずれた事ばかりを言う。
もしかして、そんなに俺様の告白が嫌だったのだろうか?
いや、それはないだろう。
ではなんだ?
ああ、なるほど、照れて、話しをごまかしているに違いない!
「香坂以外に今の流れで当てはまる相手がいないじゃないか」
「――さっきなんで俺がお前にキスしたと思ってるんだよ」
「学食で一ノ宮とキスしていたみたいに、香坂の気を惹きたいからだろう? 理解した! まかせろ、香坂にはしっかり伝えて、嫉妬心を煽ってやる」
神宮寺が、急に元気になった。
葵の嫉妬心を煽る気なのか、コイツは……。
「言わなくて良い。なんだか生徒会の仕事以上に、どっと疲れが出てきた……」
逆に俺は、葵のことばかり口にする神宮寺の姿に、なんだかやるせなくなって、きびすを返した。