僕は滝波財閥の御曹司、滝波馨。
物心ついた頃には、この私立鳳凰学園の幼稚舎に通わされていた。
初等部低学年までは、外部通学も可能なため、その当時はプライベートジェットで学校へと通っていたものである。
代わりに習い事と勉強等々の家庭教師が張り付いていて、帝王学も叩き込まれた。
とはいえ、経済界を牛耳る財閥の一つなので、いかにして裏表を使い分け、策略を張り巡らせるか、うわべの笑顔を崩さないかを叩き込まれたとも言える。
初等部の児童会では、会長を務め、両親には褒められた。
しかし中等部からは、いよいよ本格的に人脈作りが始まったから、政界に顔が利く森永恭一郎の女房役として、副会長を務めることになった。
森永は、変なところで繊細というか小心者だが、その慎重さも議員になるのは必要なことなのだろうと僕は理解していた。
それは兎も角、普段の森永はと言えば、傍若無人の俺様だ。
いつもいつも苦労をかけられてきた。

「理事長から、編入生を迎えに行くように頼まれた。面倒だから、代わりに行ってこい」

書類仕事の合間に趣味の紅茶を淹れていると、会長の森永がそんなことを言った。
「どうして僕が……」
「俺様が行かないからだ」
「……その尻ぬぐいばかりしている気がするのは気のせいでしょうか?」
「さぁな。光栄だと思え、俺の代わりが務められるんだから」
また面倒なことを押しつけられたなと思いながら、僕は嘆息した。
これもあと数ヶ月ほどの辛抱である。
僕は高等部の二年生で、今は春の終わりだ。進路も決まっている。


翌日僕は、待ち合わせの八時のきっちり三十分前に、校門前へと到着した。
どうして森永の尻ぬぐいなんてしなければならないんだろうと考えながら、噴水を眺める。
そもそもこの学園には無駄なものが多すぎる。
噴水など、何のためにあるのか分からない。
無駄を極力省けと叩き込まれてきた僕には、どうしてもそう言うところに目がいってしまうのである。
そうこうしていると、門を乗り越えようとしている不審者が視界に入った。
そして、華麗に着地した。
「ここが叔父さんの学校かぁ」
聞こえてきた大きな独り言に、僕は思わず目を見開いてしまった。
アレが、編入生なのだろうか?
なんでわざわざ門を飛び越える必要があったんだろう、入り口があるというのに。
混乱していると、門番兼警備員のちょい悪オヤジ風である大堂さんが、呆然としたように待機室から出てきた。
「……凄い運動能力だな」
「おう! ありがとうな! ……です」
「いや、褒めてるんじゃないんだが……」
「俺は一ノ宮遥。今日からここに編入するんだ! ……です」
「嗚呼、理事長の……まぁ、通って良いぞ」
大堂さんはそう言うと、編入生を促した。
――やはり彼が編入生で間違いがないらしい。
僕は歩み寄って、編入生を見る。
綺麗な金髪に、空のような青い瞳をしていた。
身長は160cm代だろう。
整いすぎた顔立ちに、きっとすぐに親衛隊が出来るのだろうと考える。
「君が、一ノ宮君?」
僕は普段通りの笑顔を取り繕って、尋ねた。
「おう! お前は誰だ? ……です?」
「鳳凰学園高等部生徒会副会長の、滝波馨です」
「馨か! よろしくな、です。 お前……その、嘘くさい笑顔、やめろよ……です。気持ち悪い」
僕を呼び捨てにする人間など生徒会役員くらいだ。
同じ組織に属しているから許しているとも言える。
思わず息を飲む。
それにしても聞き捨てならなかったのが、『嘘くさい笑顔』だ。
その上、『気持ち悪い』?
初対面でそんなことを言われるだなんて不快きわまりなかった。
「気持ち悪い、ですか」
僕の一体何が分かるって言うんだよと思いながら、嘆息する。
「おう。作り笑いなんかするなよ、馨はそのままで綺麗なんだからなっ、です」
綺麗なんて言われ慣れている。しかし気持ち悪いと言われたことはない。
「……そんなことを言われたのは初めてです」
正直苛立ったので、面倒事に編入生を巻き込んでやろうと思った。
だから腰を折って、背の低い編入生にキスをする。
あちらこちらから、僕に向かって視線が向いているのは分かっていたから、わざと見せつけるためだ。コレで僕の親衛隊達は、苛立つはずだ。
「なっ、なにするんだ!!」
一ノ宮が慌てたように、真っ赤な顔になった。拳を振りかぶっている。
当たったら痛そうなので僕は除けた。
すると背後にあった噴水の一部が、音を立てて大破した。

それは兎も角、僕の仕事は、理事長室まで編入生を連れて行くことである。
「急でしたね、すみません。さぁ、理事長室に案内しますよ――遥」
「おう、有難うな!」
これ見よがしに名前を呼んで、僕は編入生に手を差し出した。
力強く僕の手を握り、背の低い遥が歩き出す。
方々から僕の親衛隊の怒気を帯びた悲鳴が聞こえてくることに、内心計画通りだと考える。
「なぁ馨。俺、お昼を持ってきてないんだけど、どこかに食べられる場所はあるか? です」
「学食がお勧めですよ」
「おぅ、有難うな!」
折角だし昼食に誘って、親衛隊を更に煽ろうか。
だがこの程度では、親衛隊を動かすには弱いだろう。
そんなことを考えながら、僕は、理事長室まで遥を送った。