生徒会室へと戻ると、視線が一気に僕に向いた。
なんだかんだと言って、皆編入生に興味はあるのだろう。

「面白い編入生でしたよ、気に入りました」

僕がいつも通りの笑みを取り繕おうとして――……しかし良い案がひらめいたので、いつもより気分良く笑うと、双子の生徒会補佐が僕を見た。
「「馨ちゃんのお気に入り?」」
好奇心旺盛な彼らのことも巻き込めば、生徒会の他の親衛隊連中も騒ぎ出すだろう。
「……珍しい」
書記の志乃夫がそう言うと、会計の莉央が首を傾げた。
「何々、美人だったのぉ?」
僕は肩を竦めて笑って見せた。
「お昼は学食でとるそうなので、みんなで見に行きませんか」
あの外見ならば、面食いだと評判の莉央の気もしばらくの間は惹けるかも知れない。
「面白れぇ」
バ会長である森永も頷いたので、僕はほくそ笑んだ。
「恭一郎も気に入ると思いますよ」
名前呼びなんて面倒くさいなと僕は思いながらも、今後の計画を立てることで頭がいっぱいだった。出来ることならば、いつも迷惑事ばかりかけてくる会長にも苦しみを味あわせてやりたいと思った。

僕って、本当に腹黒だと思う。

食堂に行って、まず思ったのは、当てが外れたと言うことである。

かなりの美少年だったはずの一ノ宮遥は、何故なのかモジャモジャのカツラをつけて、分厚いレンズの曇りがかった眼鏡をかけていたのだ。
これでは、会計の莉央の気は惹けないだろう。
そう思って莉央を見れば、綺麗な砂色の髪を揺らしながら、彼の親衛隊に属していると思しき生徒達に手を振っている。
編入生には全く興味がない様子だった。
意外だったのは、いつも寡黙で無表情の書記、志乃夫が編入生を凝視していたことである。
確かにマジマジと見たくなる外見ではあるが、彼の瞳には何か含みがあるように思えた。
双子の生徒会補佐は、僕と遥を交互に見てから、好奇心一杯の様子で顔を見合わせている。
それから会長を見た僕は、恭一郎がジッと風紀委員長の神宮寺を見ていることに気がついた。

――これは使える。

会長の耳元で、僕は囁いた。
「今、此処で編入生にキスして見せたら、少しは風紀委員長も貴方に興味を持ってくれるかも知れませんよ」
この俺様バ会長が風紀委員長の神宮寺のことを好きだという事は、見ている内にすぐに分かった。普段は犬猿の仲だが、恭一郎が神宮寺を見る目は熱っぽい。
しかし此処で重要なのは、二人の仲を取り持つことではない。
学内でもかなりの規模を誇る会長親衛隊の恨みを、編入生にむかわせるための最善の策を考えただけである。
「お前のお気に入りなんじゃなかったのか?」
すると驚いたように、囁き返された。
だが僕は素知らぬ顔で、みんなを促して、遥の方へと歩み寄った。

「あ、さっきぶりだな、馨!」
「やぁ遥」
「お前が珍しく馨が気に入ったって奴か」
恭一郎は腕を組んで、ニヤリと笑った。
本当に単純な奴である。
遥が、首を傾げて会長を見た。
「お前誰だよ?」
「生徒会長の、森永恭一郎だ」
「恭一郎か、よろしくな! です!」
「この俺をファーストネームで呼ぶのか。怖い者知らずなんだな、気に入った」
そういうと、強引に会長は、遥にキスをした。
計画通り過ぎて、笑い出したくなった。
生徒会長親衛隊メンバーの阿鼻叫喚が響いてくる。
「なにすんだよ、変態!!」
その時会長の鳩尾に、遥の拳がクリーンヒットした。
噴水を素手で壊すほどなのだから、随分と痛いだろうに、恭一郎は必死でこらえている。
いい気味だと思った。
僕の胃をいつも痛めつけている報いだ。
それでも何とか立っていられるのは、会計の莉央が、背中を支えているからだと分かる。
流石にタチからもネコからもモテるだけあって、信者も大勢いるだけあって、さりげない気遣いは、莉央の右手に出る者は居ないだろう。
「「ええ、恭ちゃんまで気に入ったの?」」
双子が揃って声を上げる。
それから山辺兄弟、海と陸は、顔を見合わせてにこりと笑った。
「僕は山辺海」
「僕は山辺陸」
名乗った生徒会補佐の二人は、遥の周囲をグルグルと回り始めた。
「「どっちがどっちでしょう」」
「右が陸で、左が海」
「「すごい……なんでわかったの!?」」
そこへ、遥が頼んだと思しきオムライスが運ばれてきた。
「オムライス……おいしい」
書記の志乃夫がそう言った姿を眺め、やはりいつもよりも視線が鋭くなっているような気がしたが、僕にとってはどうでも良かった。
これからのめくるめく、編入生いじめと、会長への恨み辛みをはらすことを考えると、それだけで胸が熱くなるのを止められない。
チェスの駒を進めるように、慎重に事に当たろうと僕は決意したのだった。