翌日から、本来ならば一般生徒が立ち入り禁止のはずの二階席で、編入生が昼食を取るのは日課になった。
一階席と二階席の違いをまだ知らない遥は、二階は空いていて良い程度にしか思っていない様子だ。その上、僕たちが授業に出ないことも、特権があるからだとは知らず、この学園はテストで点さえ取りさえすれば、授業に出なくても良いのだと勘違いしている。
本当に好都合だった。
それを幸いに、僕は遥を生徒会室へと毎日連れて行った。
お気に入りのダージリン(ファーストフレッシュ)を淹れながら、来客用のソファで双子や志乃夫と楽しそうにお茶をしている遥を一瞥する。
続いて、一人黙々と不機嫌そうに、生徒会の書類を片付けている会長を見た。
いい気味だ。
「恭一郎もお茶を飲めよ。馨の紅茶、美味しいぞ?」
「コーヒー派なんだよ俺様は」
砂糖とクリームを入れないと飲めないくせにと思いながら、僕は内心で嘲笑した。
最初こそお茶を飲む余裕があった会長だが、最近ではそんな余裕はどこかへ消え去ってしまったらしい。俺様も形無しだ。僕の偉大さにやっと気づきだした頃だろう。
「じゃ、俺はチワワちゃん達と約束があるからまたねぇ」
丁度時計が四時を指したとき、会計の莉央がそう言って出て行った。
莉央は適度にお茶に混ざっているが、最後までこの席にいることはない。
志乃夫と双子が何故編入生と仲良くしているのかは分からない。
だが現在の生徒会で、わざと苦しめている会長を除くと、会計の莉央の行動は一つの不安要素である。
親衛隊とも相変わらず親交を深めている様子で、会計親衛隊からはあまり非難の声が上がっていない様子なのだ。会計の親衛隊長は、親衛隊統括が兼任しているから、もしかしたら何らかの圧力もあるのかも知れないし――莉央の下半身が相も変わらずユルユルだから不満が出ていないだけなのかも知れない。
現に、生徒会補佐親衛隊@とA、生徒会書記親衛隊からは、既に不満の声が上がり始めている。
僕の親衛隊達に比べれば、まだまだ小さな火種だとはいえ、こちらは予想通りだ。
そんなことを考えていると、書類を抱えて会長が外へと出て行った。
どこかで仕事をするつもりなのだろうが、学内一の有名人が、静かに仕事を出来る場所など、僕が知る限り、生徒会室と自室しかない。
と言うことは必然的に、自分の部屋で仕事をするのだろうから、これで噂が一つ立てやすくなった。
「恭一郎は何処に行ったんだ?」
遥が首を傾げたのを見計らい、僕は困ったような笑みを浮かべて告げる。
「会長は、自分の部屋で親衛隊の子達と、ほぼ毎日――その、なんて言ったらいいのかな……」
「なんだよ?」
遥が、僕の淹れた紅茶のカップを手に、きょとんとしている。
「性交渉をしているんだ……」
僕が嘆かわしいという表情で言うと、遥が目を見開いた。
「せ、性――!? それって、エ○チしてるって事だよな!? ここ、男子校だよな!?」
「異性がいないからこそ、性的対象が同性に向かうんですよ」
僕はそう告げてから、双子と書記の様子をうかがった。
事実は異なるから、反論されたら困るからだ。
「「僕らもよく告白されるよぉ」」
双子は、会長の動向部分には触れずに、そう答えた。
「……俺も」
書記の志乃夫もまた頷く。
実際、会長が親衛隊長を部屋に招くことがあるというのは、生徒会の人間なら誰でも知っていることだったので、反論してこなかったのかも知れない。
生徒会長親衛隊隊長の時任雛先輩は、何せ抱きたいランキング不動の一位だ。
「じゃあ今も、ヤりに行ったのか……?」
呆然としたように、遥が呟く。
「そうだと思う……会長がいないと、仕事にならないのに、困ったことだよ」
僕が悲しそうにそう告げると、遥が立ち上がった。
「呼び戻してくる。仕事をしないなんて、そんなのダメだからな!」
「難しいんじゃないかな、他の親衛隊の人達が周囲を固めていると思いますから」
「親衛隊?」
初めて聞いた単語であるという風に、何度も遥が瞬いた。
「この学園には、生徒の人気ランキングがあるんだ。その上位者に対しては、告白や強姦――暴行未遂も多いから、抜け駆け禁止をかかげて、好きな相手を守るための親衛隊が組織されているんだよ」
「抜け駆け禁止なのに、恭一郎は部屋に親衛隊を入れてるのか?」
鋭いところを遥につかれて、僕は曖昧に笑った。
「代わる代わる相手にしてれば、不満も出ないでしょう」
それは実際には、会計の莉央の所の親衛隊だろうが、そう言うことにしておいた。
「親衛隊には良い子達も多いんだけどね……裏を返せば、僕たち自身には、親しい友達も、恋人も出来ないんだ。何せ、抜け駆け禁止って言う暗黙の了解があるからね。親衛隊が諸悪の権化なんだ……悲しいことだけど」
「そんなのおかしいだろ!」
遥が声を上げる。
「「だから僕らと普通に友達になってくれたハルちゃんの事は大好きだよ!」」
「有難うな、陸、海! こっちこそだ!」
「……俺も」
「志乃夫も大変だったんだな。これからは、俺って言う友達がいるから、何でも頼ってくれよ!」
僕は彼らのそんなやりとりを眺めながら、ソファの一角に座った。
いまいち編入生のキャラクターを掴みきれていないのである。
頭が良いのか単純なのか。
まぁ今日ここで僕が放った言葉は全て、後になったら、そんなことは言っていないで通させてもらうのだけれど。
「じゃあ僕は、副会長にしかできない仕事をしてくるよ。寂しいけど、また後でね、遥」
僕はそう言って、遥の額に軽く口づけをした。
すると初々しく真っ赤になって、遥が距離を取る。
それに手を振ってから、僕は生徒会室を後にした。