向かった先は、三号館――通称紫陽花館の二階のテラスである。
此処は、僕の親衛隊の集まる場所だ。
「た、滝波様!!」
「滝波様!?」
「ふ、副会長!!」
「いらして下さったんですね!!」
「愛してます!!」
チワワ半分、ゴールデンレトリバー半分と言った具合の僕の親衛隊メンバーは、慌てた様子で、僕の席を作ってくれた。
質も品も良いブランド物のハンカチを椅子の上に広げてから、僕の親衛隊隊長が座るように促してくれた。
「どうかなさったのですか、滝波様?」
小首を傾げて、ふっくらとしたサクランボ色の唇を動かしたのは、親衛隊隊長の山吹千尋やまぶきちひろだ。抱きたい人ランキング三位である。金色の巻き毛が愛らしい。
「実は少々困っていてね、暫くみんなともお茶会が出来なくなってしまうかも知れないから、会いに来たんだ」
「それは……もしかして、編入生の一ノ宮君と関係していることですか……?」
千尋の声に、周囲から様々な声が上がった。
「編入生とキスしたなんて嘘ですよね!?」
「一ノ宮を気に入って、いつも一緒にゴハン食べてるなんて、滝波様に限って……」
「一ノ宮遥を好きだなんて噂、あり得ないですよね?」
等々だった。
予想通りで、中々順調に噂が広まっていることに、僕は嬉しくなった。
「僕も本意ではないんだけど、結果としてはそうなってしまっています……」
僕はしゅんとした顔を取り繕ってそう告げた。
「一ノ――……遥、と呼ばないと怒られてしまうのですが、彼は少々強引で……仕事をする暇もないくらい、強引に一緒にいさせられているのです」
「そ、そんな……」
千尋の目に涙が浮かんだ。
僕は苦笑するように唇を動かして、その涙を指でぬぐう。
「会長も会計も書記も補佐も、みんな遥に惚れてしまっているようで、仕事をしないのです。困ってしまいました……」
「か、必ず僕たち副会長親衛隊が、滝波様をお守りして見せます!」
「一ノ宮なんか、あんなマリモ、今後一切滝波様に近づかないようにさせます」
「制裁するしかないよねっ」
「よし、制裁だ!」
親衛隊達が一気に殺気だった。
「有難う、みんな。僕は幸せ者だよ……だけどみんな、自分のことは大事にしてね? 無理はしないで」
僕は最後に儚い微笑を取り繕って見せたのだった。

これで、親衛隊を煽ることには成功したと思って良いだろう。

実際翌日から、一ノ宮遥は制裁を受け始めた。
わざといつもより二時間早く登校して、それとなく一年生の下駄箱を覗いたところ、そこには生ゴミがあふれかえっていた。
休み時間には、生徒会室へ向かうフリをして、校舎裏を通りかかってみれば、大勢の僕の親衛隊員に囲まれて糾弾されている遥を見ることに成功した。
「君のせいで滝波様がお困りなのっ!」
「滝波様に二度と近づかないで!!」
「強引に滝波様に近づこうとするなんて許せないんだから!」
叫んだ内の一人が、視線だけで振り返ると、そこには鉄バットを持った僕の親衛隊の中でも体格の良い生徒が立っていた。
噴水を撃破したのだから、鉄バットくらい遥なら折れるのではないかと考えながら眺めてみる。
すると、鉄バットが振り下ろされた瞬間、声がかかった。
「風紀委員会だ。制裁行為を即刻停止しろ」
そこに立っていたのは、風紀委員長の神宮寺雅だった。
凛々しい目元が、更に細くなり、鉄バットを受け止めている。
感動したように神宮寺のことを遥が見上げ、僕の親衛隊達は鬼を見たように霧散し逃げていった。
「大丈夫か?」
無表情で神宮寺が尋ねると、遥がコクコクと頷いた。
「この辺りは、人気がない。あまり通らない方が良いだろうな」
そう言うと神宮寺は、歩いていった。

以来、制裁騒ぎは何度もあったのだが、そのうちいくつかは、神宮寺自身の手で止められた。これは使える――そう思った僕は、神宮寺が職務名目で、遥のストーカーをしているという噂を流した。
風紀委員会のファン達が、殺気立ち始めたのは、すぐのことだった。
風紀委員は、親衛隊結成許可を決して出さない。そのため、暴れ出すと一番手をつけられないのが、風紀委員会のファンであるとも言える。
だが、暴れ出すまでに時間がかかるのだ。
何せ、風紀を乱せば、自分たちの崇拝する人間に迷惑がかかるからである。

それに風紀委員会には、莉央と匹敵するくらい、気をつけなければならない相手がいるのである。風紀委員長のことも、正義感が強い事くらいしか分からない。だが、それ以上に分からないのが、副委員長の香坂葵である。中等部時代の風紀委員長だ。何を考えているのかさっぱり分からないが、香坂が風紀委員に関わるようになってから、強姦暴行被害が綺麗に減っていったことは僕でも聞いたことがある。

これ以上制裁を煽って主犯が僕であると露見する前に、手を引く方が懸命かも知れないな。