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それから約一月は、僕の計画通りに事が進んだ。
もうじき新入生歓迎会があるが、その仕事も全然進んでいない我が生徒会。
そろそろ森永も疲れきっている頃のはずだ。
いつ僕に頭を下げて仕事をしてくれと言いに来るのかが、楽しみで仕方がない。
それともプライドの固まりの森永はそんなことは言わないだろうか?
それはそれで良い。
僕は、今の現状を、”ゲーム”だと考えている。
期限付きのゲームだ。
それまでに僕を苛立たせた編入生をボロボロにして、僕に苦労をかけてやまなかった森永恭一郎の王国を混乱の渦に突き落とし――生徒会をリコールさせることが出来れば、チェックメイトだ。
どうせリコールがいつ起きても、再選挙が行われる頃には、僕はこの学園にはいない予定なのだから、何の問題はない。
精々僕につく悪評は、恋いに溺れた馬鹿な生徒会副会長、と言う程度だろう。
しかし若い頃の色恋沙汰など、大人になれば関係なくなることは間違いない。
会長はなんだかんだで甘いところがあるから、リコール間際で僕が改心したフリでも見せれば、将来財政会の会合などで顔を合わせても気まずくなることなど無いはずだ。
そもそも滝波財閥の後ろ盾は、森永派にとって重要だろうから、表だって攻撃してくることもないだろうし。
そんなことを考えていた時のことだった。
「一ノ宮が、風紀委員の腕章をつけてる――!! しかもあの神宮寺様が笑ってる!!」
どこからか、その様な声が響いてきた。
耳を疑って視線を向けると、確かに遥が、神宮寺の横に並んで歩きながら、楽しそうに笑っていた。
時刻はもうすぐ昼休み。
昨日までであれば、これから遥と僕たちは昼食を取るはずだ。
ひっそりと観察を続けると、遥はそのまま購買に立ち寄って、風紀委員室へと入っていった。
これは予想外の事態である。
「どういう事ですか!?」
僕は風紀委員室へと乗り込むことにした。
「どうって、風紀委員に入りたいんだそうだ」
すると事も無げに神宮寺がそんな風に応えた。
扉が開けっ放しだったため、風紀委員会のファンがこちらを覗いている。
恐らく彼らも、神宮寺と遥のことが気になっているのだろう。
「なぜですか? どんな卑怯な手を使ったんです!?」
だから僕は、さも神宮寺もまた遥に気があるような素振りの言葉を吐いた。
「一ノ宮が自分から入りたいって言ってきたんだぞ?」
しかし僕の挑発になどのらず、いつもの通りの無表情で神宮寺は首を傾げている。
「本当ですか、遥?」
僕は悲しそうな表情を取り繕い、遥を見た。
「ああ。馨達の仕事の邪魔をしちゃいけないと思って……」
すると遥もまた、悲しそうな様子である。
確かに現在の生徒会が仕事をしていないのは事実である。
だがこの悲しそうな遥の様子は、素なのか、それとも演技なのか。
「邪魔だなんてとんでもない!!」
僕には分からなかったから、机を勢いよく叩いた。
「だけど俺も学園の役に立ちたいんだ」
遥が立ち上がる。
「だったら生徒会補佐になって下さい!!」
そう叫んだ僕に対し、神宮寺を一瞥してから、遥が首を振った。
「俺、何度も風紀の人に助けられたから、今度は俺が助けたいんだ」
そこまで言われてしまえば、返す言葉が見つからない。
まさか一ノ宮遥は、あのバ会長同様、神宮寺風紀委員長に惚れてしまったのだろうか?
そうでなければ至れり尽くせりで、ちやほやされまくっている生徒会室から、わざわざ逃れようとするとは思えない。
毎日最高級のお茶を淹れ、洋菓子を用意させ、昼食だって夕食だって楽しく過ごしている。
真偽はどうあれ、これはまずいことになった。
遥には、思う存分学園内の風紀を乱してもらわなければならなかったのだが、風紀委員に所属してしまえば、そんなことは神宮寺が許さないだろう。
では、風紀委員の悪い噂を立てることは可能だろうか?
遥が神宮寺と見回りをしていくとすれば、それは不可能だ。
あのお堅い風紀委員長が、仕事をさぼるとは考えにくいからである。
確かに同性目に見ても、神宮寺は格好いい。
しかし既に敵(認定している相手)が大勢いる僕にとっては、神宮寺にまで気を回すのは至極億劫だった。
だが、学園を混乱させるには、風紀委員会の機能停止は、確かに有利だ。
問題は、風紀委員に入った遥が、風紀委員会に混乱を巻き起こしてくれるか否かだ。
僕は少しだけ様子を見てみることに決めて、その日は生徒会室へと戻ることにした。