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生徒会室に戻ると、声が聞こえてきたので、思わず扉の前で足を止めた。
「間違いねぇ、俺たちのチーム”レジェンド”を潰した族潰し、金狼は一ノ宮遥や」
どこか関西の訛りが入っているその声に、僕は思わず眉をひそめた。
生徒会役員に関西弁の者はいない。
その上聞き覚えのある声に、僕は腕を組んで考え込んだ。
――あ、志乃夫の声だ。
「総長、それ本当?」
陸か海、どちらかの声が続いた。
志乃夫が総長?
一体何の話しだろうかと僕は首を傾げるしかできない。
「間違いねぇ。陸――いや、陸鬼。特攻隊長として、今後は一ノ宮をマークするんや」
「任せろ、総長!」
事態があまりよく飲み込めていない僕だったが、今日は学食に行かなかったため購買に行ってきたのだろう莉央と、横を歩いている(恐らく)海が、生徒会室のある階へとエレベーターで到着したのを確認して、少しだけ生徒会室から距離を取った。
「ねぇねぇ馨ちゃん、良いの?」
さも生徒会室へと向かおうとしている素振りで立っていた僕へと、(恐らく)海が歩み寄ってきた。
「なにがですか?」
務めて静かに怒っている風に尋ねると、今度は莉央が首を傾げた。
「お気に入りだった遥ちゃん、今日から風紀委員会に入ったみたいだって、俺の所の親衛隊の子が話してたよん。知らなかったって事はないでしょ? 学食に行ってないみたいだしぃ」
間延びした莉央の声が、しゃくに障る。
「これからは遥と昼食がとれないと思うと、とても寂しいですね」
生徒会メンバーは、実家も皆有力者だから、彼らには出来る限り、僕が遥に恋心を抱いていると勘違いしてもらいたい。
だからしゅんとした顔つきをすると、(恐らく)海が、背伸びをして僕の髪を撫でてくれた。
「馨ちゃんの髪、サラサラだね。海、感動っ」
やはり海だったらしい。
「中に入ろうよぉ」
莉央がそう言って、生徒会室の扉を開けた。
三人揃って中へとはいると、志乃夫は窓の前に立っていて、陸はソファに座っていた。
「……お腹、空いた」
いつもの通りの寡黙な様子で、志乃夫が言う。
「海、何買ってきてくれたの?」
「チョコサンドとチョコサンドだよ」
普段通りに子供らしく明るい陸の姿を見て、僕は首を捻った。
「どうかしたの、馨ちゃん」
莉央にそれを気づかれた。
「いえ、久しぶりに生徒会室で昼食を取るので、どのお茶を淹れようかと考えていたんです」
僕はそう言うと給水室へと向かった。
この生徒会室には給水室と寝室と資料室が併設されているのである。
給油室で一人になった僕は、紅茶の茶葉を選びながら考えた。
先ほどの話しから推測するに、レジェンドという族(?)……暴走族か、カラーギャングか、チーマーか、とにかくヤンキーと呼ばれる種族の総長を志乃夫はしていたと言うことだろう。普段寡黙なのは、方言隠しなのかも知れないし、口の悪さを隠しているのかも知れない。全寮制とはいえ、素行さえ良ければマークされることなく、案外下の繁華街に繰り出すことは困難ではない。志乃夫は確か初等部からずっとこの学園に通っていたはずだから、抜け出すわざの一つや二つを知っていても不思議はないだろう。
そして、そのレジェンドの特攻隊長が、陸らしい。
その上彼らのチームを潰したのが、一ノ宮遥だとすると……どこかで使えるかも知れない。
問題は、果たしてこのことを、海も知っているのか否かだ。
知っているとすれば、三人をやり方によっては味方に引き込める。
しかし知らないとすれば、面倒なことになる。
さてどうしたものか――……
「馨ちゃん、お湯わいてるみたいだよ?」
給水室へと顔を出した莉央の言葉で、僕は我に返った。
「ああ、ありがとうございます」
「珍しいね、馨ちゃんがぼんやりするなんて」
「遥のことを考えていたもので……すぐに、お茶を淹れますね」
そう言って莉央を追い払おうとしたのだが、会計は、その場にとどまった。
「前から思ってたんだけど、馨ちゃんて、遥ちゃんに本気なの?」
「勿論です」
「ふぅん」
僕が断言すると、二・三度莉央が頷いた。
「だったら、風紀委員のいいんちょーに取られちゃわないように気をつけないとだね」
「それは――……神宮寺委員長も、遥のことが好きだという事ですか?」
「俺知らないー。ただ、そう言う噂が急速に広まってるみたいだよぉ」
それだけ言うと、莉央は給水室を出て行った。
さて、次の齣は、どう進めようか。