俺は、一日中一ノ宮遥を監視した後、寮監を務めている相良彼方さがらかなたの元へと向かった。二年ほど留年しているそうだ。
俺が中学の生徒会長をしていた時代から、何かと世話になっている情報屋のオカマ、それが相良先輩である。
他の生徒からはカナちゃんと呼ばれないと怒るのだが、俺は”レジェンド”の木龍だと調べ上げられたときに、”相良先輩”と呼ばせろと訴えたので、免除されている。
187cmある俺よりも更に背が高く、身長は190cmを超えていて、がっしりとした体つきをしているのだが、今日も女装は絶好調の様子だ。
「あらぁ、志乃夫ちゃんじゃない。どうしたの? 珍しいわねぇ」
「編入生……」
「遥ちゃんのことが知りたいのね?」
コクリと頷くと、困ったように、相良先輩が頬に手を当てた。
「それがねぇ、まだ私にも掴めていないのよ。私にまだなんだから、コウちゃんもまだだろうし、困ったわねぇ」
コウちゃんというのは、もう一人の情報屋である報道委員会の写真担当の白瀬幸哉しらせこうやだろう。
二人の情報屋は、どちらも二年生だ。
「あるいは、”泡沫”なら、何か掴んでるかも知れないわねっ」
「ウタカタ?」
「私やコウちゃんでも正体が掴めない、学園最強の情報屋よ。何処で何を見てるのやら、漂っているのやら、分からないから、私たちが、泡沫って名前を名付けたの。本人も気に入ったのか、私たちと接触を取るときは、泡沫って名乗ってるわ」
相良先輩にコーヒーを差し出された俺は、それを受け取りながら眉をひそめた。
情報屋でも正体が掴めていないとなると、自分たちで探りを入れるしかない。
「あの編入生に興味があるのね? まぁ、素敵」
「興味……違う。あいつ……金狼」
「え!?」
「……かもしれない」
俺の言葉に、相良先輩が息を飲んだ。
「金狼って噂の族潰しよね?」
頷いてみせると、思案するように、相良先輩が虚空を見据えた。
「その線から探ってみるわ」
「お願い……」

その様な話しをしてから、俺は部屋へと戻った。

そして風呂に入りながら考える。
仮に一ノ宮遥が、金狼だったとして――だ。
一体どのようにして、戦えば良いのだろうか。
金狼は、街には姿を見せなくなったというのだから、相手をするとしたら学内でしか無理だ。しかし学内で、どのように戦えば良いのだろう。
その上、まだ確証はないのである。
「まずは相良の情報待ちやねんな」
ポツリと呟いてから、髪を手で撫で付けた。


翌日から、俺は一ノ宮遥の監視を始めた。
幸い同じクラスだったため、その動向を探ることは難しくなかったし、遥は生徒会室に入り浸りだった。
「このクッキー美味しいな」
もぐもぐとお菓子を食べながら、遥は笑っている。
順調に副会長の滝波馨が餌付けをしている様子である。
「「僕も食べたい」」
双子の陸と海がそう言って、同じクッキーを手に取った。
陸鬼と、その兄の海は、姿形声こそ瓜二つとはいえ、俺にとっては全く違った人間だ。
陸のことはこれでもよく知っているつもりだが、海の事は全然分からない。
海にばれないように陸が、チームに入っていると言っていたから、本当に海は何も知らないのかも知れない。
だがこうしてみていると、レジェンドの特攻隊長の陸鬼の面影なんて何処にもない。
ただの愛らしい同級生だ。
それでも学園内に陸鬼がいてくれて、本当に良かったと思う。
一人で金狼を相手にしても、勝機は見えない。
次はなんとしても勝たなければならないのだ。
いかにして勝つか――まだ確証もなかったが、俺の頭の中をしめるのは、金狼のことで一杯になったのだった。