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週末ごとに、寮を抜け出して、俺は金狼を探し歩いた。
顔なじみのヒロさんが開いた、内輪の小箱――クラブの扉を開けると、嘗てレジェンドに所属していた幾人かが、俺に気づいて声を上げた。
「真面目に学校行ってんのか?」
喉で笑いながら、マスターのヒロさんが、俺に声をかけてくれた。
「陸鬼さん、ちぃっす!!」
陸鬼というのは、俺の通り名だ。
他のメンツは皆、俺に頭を下げている。
「金狼のネタは、入ったのかよ?」
俺がシレっとした視線で問う。
普段であれば、みなすぐに謝ってくるか、潰されたチームの名前をあげつらう。
だがこの日は違った。
「それが――……いなくなっちまったんすよ」
俺の舎弟であるイツキが、派手なオレンジ色の髪を揺らしながら、そう言った。
「いなくなった? なんだよ、それ」
「ある日、突然だったんすよ。毎日毎日、どこかのチームを潰してた金狼が、ぱったりと見かけなくなって、丁度一週間です」
「先週俺がここに来た後から、消えたって事か?」
「そうっすね」
イツキの言葉に目を細めていると、扉が開く音が響いた。
振り返るとそこには総長の、志乃夫さん――木龍が立っていた。
「何話してんねん」
両親が関西出身だという志乃夫さんは、何処の方言ともつかない似非関西弁で普段は話す。
学園内では非常に寡黙だから、生徒のほとんどはそのことを知らないだろう。
「総長、金狼が消えたって言うんだ」
「人間が消えよるわけがないやろ。どこかのチームにやられたんやないのか」
「それだったらすぐに噂が広まるんじゃないっすか」
イツキがそう言うと、ギロリと総長が睨んだ。
「やろな。せやかて、このまま消えられたんじゃ、レジェンドを再開するにも上手くねぇ。まるでこれまで金狼に怯えて、活動を停止していたみたいになるんやからな」
「後ろ指指されるなんて許せねぇ」
俺がそう言うと、にやりと志乃夫さんが笑った。
「なんとしてでも探し出すんや」
レゲエが響き始めた小箱の隅で、俺たちは話を続ける。
「言われなくても、見つけ出して血祭りにしてやる」
「まぁまて陸鬼。奴は、たった一人で俺たちを壊滅させたんだ。真っ向勝負は上手くねぇやろ」
「だからって卑怯な手を使うなんて言うのは、レジェンドのやり方じゃない!!」
俺が反論すると、静かに志乃夫さんが頭を撫でてくれた。
「わーってる。それを踏まえて、や。やり方は色々考えとこうや。ともかく、金狼を探し出さないことには始まらへん」
志乃夫さんは、本当に大人だなぁと思った。
たった数ヶ月しか年が違わないというのに、いつだって余裕がある。
「せやなぁ、まずは何故消えたんか、調べんことには始まらんやろな」
「案外旅行にでも行ってたのかも知れないし、俺ちょっと、その辺を見てくる」
俺が言うと、総長が頷いた。
それを幸いに、俺はクラブの外へと出た。
この学園都市には、医療施設や、研究施設も多いため、大人向けの繁華街も多い。
俺は、ホストやキャバクラが連なる通りをぶらぶら歩きながら、金狼が出現しそうな場所を考えた。
大方のチームは潰されてしまったと聞いている。
そもそも何で奴は、族潰しなんてやっていたのだろうか。
それも分からない。
だけど、理由なんてどうでも良かった。
俺から居場所を奪った金狼を、決して許すことなど出来ないからだ。
「あれ、山辺? お前こんな所で何やってるんだよ」
唐突に声をかけられて、俺は思わず息を飲んだ。
慌てて”僕”の顔を取り繕う。
「高瀬先生こそ、なにやってるの?」
高瀬四季は、どこからどう見ても、ホストにしか見えない数学教師だ。
「お前みたいに、抜け出してる生徒がいないか、見回りしてんだよ」
「見逃して?」
「……陸か? 海か?」
「どっちでしょうぅ?」
「どっちでもいい。まぁいい、早く帰れよ」
俺にそう言うと、ひらひらと手を振って数学教師は、繁華街へと消えていった。
危ないところだった。
何せ、高瀬先生は、俺と海の担任だ。
俺は別にバレて、不良クラスである1のL組に落とされても良い。
だけど海にだけは、迷惑をかけたくなかった。
こんな俺でも、両親とは違い、平等に扱ってくれる優しい双子の兄。
大好きで、大嫌いで、複雑な感情を持たずにはいられない相手。
それが”僕”にとって、”俺”にとって、どちらにとってもの、海だった。