久しぶりに、総長と生徒会室で二人きりになった俺は、深々と溜息をついた。
最近では、いけ好かない生徒会長は、めっきり生徒会室に来なくなった。
何処がいけ好かないって、総長を下僕扱いしているところだ。
代わりに、編入生の一ノ宮遥が、生徒会室に入り浸っている――正確には、いた、だ。
今日は姿が見えない。
俺はあの編入生が気に入っていた。
”僕”の顔を取り繕っている俺だとはいえ、海と俺を差別しない。
一人の人間、山辺陸として、俺を見てくれるからだった。
腕っ節が強いと言うところも気に入った。
レジェンドが解散さえしていなければ、間違いなく勧誘しただろうし、すぐに幹部クラスになっただろうと思う。
「今日は、遥、どうしたんだろう」
俺が言うと、志乃夫さんが、窓の外を目を細めて眺めながら呟いた。
「お前も気になってんやな」
「志乃夫さんも?」
「ああ。一目見たときからピンときとった」
まさか副会長同様、志乃夫さんも遥に惚れているんだろうか?
惚れていると言えば、海も妙に遥に懐いている。
俺にはそれが分からない。
一緒にいて、良い奴だとは思うのだが、だが、だが――……
外見は、学園の連中が噂している通りのマリモだ。
俺は、人外には恋心なんて抱けない。
そもそも至極ノーマルな性癖をしているから、敬愛したり、尊敬したりすることはあっても、男とヤるなんて、考えただけで吐き気がする。

「金狼は、一ノ宮遥や」

続いた志乃夫さんの声に、俺は思わず目を見開いた。
――金狼が、遥?
「は!? だって、外見が全然違うし」
「変装やろな、あんな髪に眼鏡、今時特注しなけりゃ手に入らんやろ」
俺は、ボコボコにされたときの、金狼の姿を思い出した。
金色の髪に、空色の瞳をしていた。
その目が、獰猛で、まるで狼のようだから――……だから、金狼という通り名になったのだ。
俺の居場所を奪った憎き金狼が、遥?
俺はそれも知らずに、遥と和気藹々としていたと言うことか?
やるせない思いがこみ上げてきて、思わず唇をきつく噛む。
「間違いねぇ、俺たちのチーム”レジェンド”を潰した族潰し、金狼は一ノ宮遥や」
「総長、それ本当?」
再度確認の意味を込めて聞く。
金狼は、決して許すことが出来ない相手だ。
「間違いねぇ。陸――いや、陸鬼。特攻隊長として、今後は一ノ宮をマークするんや」
「任せろ、総長!」
俺は、一ノ宮遥を、必ず潰してやると心に誓った。

その時、海達が、購買から戻ってきた。
副会長も一緒だった。

「……お腹、空いた」

いつもの通りの寡黙な様子を取り繕い、志乃夫さんが言う。

「海、何買ってきてくれたの?」
俺は、”僕”の顔を取り繕い、海に問いかけた。
「チョコサンドとチョコサンドだよ」
甘いもの好きな俺は嬉しくなって、ソファの上で足をぶらぶらさせた。
海と俺の顔以外での唯一の共通点は、甘党だという事だけだ。
成績は海の方が良くて、体力は俺の方がある。

「ねぇねぇ聞いた、陸」
「なになに、海」
「ハルちゃん、風紀委員に入ったんだって」
「え」
俺は、素でポカンとしてしまった。
そりゃ族潰しをしていたくらいなのだから、正義感は人一倍あるのかも知れない。
だが、何故よりにもよって風紀委員なのだろう。
これではマークがしづらくなってしまうではないか。
幸い同じクラスだから、近づく手段がなくなるわけではないが、困ったことになったと思う。
静かに志乃夫さんへと視線を送ると、無表情な中にも、少しだけ逡巡するような様子が見て取れた。
兎も角今後の方策を練ろうと、俺は一人チョコサンドを食べることにした。