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この学園には、全ての場所に監視カメラが仕掛けられている。
それを知っているのは、データベースに侵入し、偶然発見した僕だけだと思う。
生徒にも保護者にも内緒になっているようで、教職員すらもごく一部しか知らないようだった。
現在、午前四時。
僕は、風紀委員長神宮寺雅の部屋の様子を見ながら、吃驚していた。
てっきり犬猿の仲だと思っていた、我らが会長森永恭一郎と神宮寺雅が、性交渉を終えたところだったからである。
音声までは拾えないため何を話しているのかは分からなかったが、この二人がカップルだなんて広まれば、学園中は大騒ぎになることは間違いないだろう。
最近苦労している様子の恭ちゃん会長の動向を探っている内に偶然見つけたのだ。
これまでにそれらしい動きは、監視カメラ上では確認できなかった。
編入生が入ってきてからの騒動の中で、愛が芽生えたのだろうか?
だとすると、二人が、こういう関係になったと知っているのは、今のところ僕だけ……?
そう考えると優越感で、思わず唇が弧を描いた。
編入生と言えば、一ノ宮遥も少々変なのである。
この鳳凰学園の生徒データベースには、それこそ生後から全ての個人情報が記録されているのだが、一ノ宮遥の情報は、『理事長の甥』としか記載が無く、以前通っていた学校も含めて、何の情報もないのだ。
編入したてだから、なんて言うはずはない。
急な外部入学の生徒だって、三日もしないうちに経歴を調べ上げられている。
理事長の甥だからと言って、それは代わらないと思うのだが……
とにかく一ノ宮遥には、何かある。
だからもう少し観察してみよう。
それよりも今は、会長と風紀委員長の関係だ。
僕は寝室と勉強部屋の仕切りを取り払い、7台のPCと、3台のDWHをおいてある室内で、考えた。
恭ちゃん会長がなにかと、風紀委員長を意識していたのは知っている。
だが、風紀委員長には全くそんな素振りはなかった。
何せ彼は、部屋をカメラで覗いた限り、極度の腐男子だ。
だから僕も、彼の期待に応えようと、編入生の周りをグルグル回ってみたりしたのである。
そうしたら、少しくらい尻尾を出すかとも思ったのだが、全然だった。
外側は鉄壁の無表情なのである。
「恭ちゃんと風紀委員長かぁ……」
攻め×攻めというやつだろうか。
僕は腐男子ではないから、分からない。
兎も角この事実に一体何人が気づくか気になったので、僕は翌日に備えることにしたのだった。
翌日。
僕は授業に向かうことはせずに、朝一で、寮監のカナちゃん先輩の所へと向かった。
「おはようございまーす」
「あらあら陸ちゃん? 海ちゃん?」
「海ですっ」
「どうしたのぉ? 早いわねぇ」
お化粧中だったらしいカナちゃん先輩を眺めながら、僕は勝手にソファに座った。
つけまつげを装着しながら、大柄なカナちゃん先輩が、鏡越しに僕を見る。
「今の生徒会に欲しい情報があるとは思えないのよねぇ」
カナちゃん先輩は、生徒会直属の情報屋だ。
屈強なオカマ(失礼)は、僕が”泡沫”だとは知らないから、僕から買った情報を更に生徒会に売りつけてきたりする。最も情報を買うのは僕ではないから、どうでもいいんだけど。
「今の生徒会?」
「あらあら無自覚なのぉ? 恭ちゃんと莉央ちゃんしか、お仕事して無いじゃない」
「僕は生徒会に入ったときから、何の作業もしてないよ?」
「補佐の二人は大目に見てあげるわよっ、勿論。来年のために、仕事を見て覚えることが大切なんだもの」
にこにこと笑ったカナちゃん先輩は、メイクを終えると立ち上がり、ミルクティを淹れてくれた。
「そう言えば、恭ちゃん会長のこと最近見てないよ」
「地下書庫でお仕事してるのよ」
監視カメラで、その事実は知っていたが、僕は驚いたように目を見開いて見せた。
「そうだったの!?」
「会長親衛隊隊長の雛ちゃんが手伝ってる見たいね」
「ふぅん」
「ここから先は、マネー的なものがかかるわよ?」
「別にぃ、興味ないよ、僕」
「あらあら海ちゃんは、相変わらず悪い子ね。めッ」
人差し指で、額を軽くはじかれた。
なにしやがるこのオカマ、とは言わずに肩を竦めて僕は笑った。
「ハルちゃんはどうしてるのかなぁ? 風紀委員長に苛められてたりしないかなぁ?」
「大丈夫みたいよぉ」
「本当? 恭ちゃんと風紀委員長仲悪かったから、酷い目に遭ってないか心配だよっ」
「本当に仲が悪いのかしらねぇ」
来た来た来た来た、僕の知りたい情報。
「えぇ、違うのぉ?」
「少なくとも恭ちゃんは、雅ちゃんのこと、嫌ってないと思うわよ」
なるほど、端から見ても、会長が風紀委員長に片思いしている、というのは、分かったのか。僕が気づかなかっただけで、そう言う色恋沙汰に詳しい、カナちゃん先輩は知っていたのだろう。
「じゃあじゃあ風紀委員長は? 恭ちゃんのこと嫌いなんじゃないの?」
「それがわからないのよねぇ。私も知りたいのよ」
うーん、つまりまだカナちゃん先輩には、昨日の二人の情事のネタは入っていないという事だろう。
「そっかぁ。生徒会と風紀委員会が仲良くなれたらいいのにねっ」
僕は明るく笑ってから、カナちゃん先輩の部屋を後にした。