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僕自身は、平凡中の平凡だ。
ただ僕の父さんと、異母兄さんは、非凡だと思う。
僕の父方の実家は、御神楽財閥という、由緒正しき大金持ちである。
僕の兄である弥生は、御神楽財閥の御曹司だ。
小学校高学年の時に、それまでボロいアパートで母と二人で暮らしていた、庶民以下の生活をしていた僕は、御神楽家に引き取られた。
看護師をしていた母が亡くなったからである。
そして中等部から、御神楽のコネで、私立鳳凰学園に僕は通うことになった。
不要な家督争いが生じてはならないからとの理由で、僕は母の旧姓である香坂を名乗ったままだ。そもそも御神楽だなんて仰々しい名前は、僕には似合わないと思うので丁度良かった。
兄とは年子で、学年が一つだけ違う。
弥生は、僕を不憫に思ったのか、よく構ってくれた。
今でも本当に感謝している――と、思う。
右も左も勉強も分からなかった僕に、一学年上の宿題を強引にやらせた。
弥生は中等部時代も高等部でも、生徒会長をやっていたから、その仕事を僕に教えてくれた。
「面倒だからやっといてくれ」
それが、弥生の口癖だった。
今になって思えば、いかに生徒会の仕事が大変なのか教えてくれていたのだと思う。
だから僕は、生徒会役員にならなくていい、風紀委員会に入った。
選挙管理委員会は票の集計などで面倒くさそうだったため、校内を見回りするだけの風紀委員会を選んだのである。
生徒会役員は人気投票で決まるそうだ。
もしかすると御神楽家の力で、強制的に僕の人気は上位にされてしまうかも知れなかったから、僕は全力で風紀委員に志願したものである。
しかし本当に面倒くさいことに、中等部時代は、風紀委員長になってしまった。
高等部では、何とかして委員長の座を避けようと思っていた僕は、一年時に神宮寺雅と知り合った。
僕なんかとは違って、正義感の固まりで、見回りにも真剣だった。
純粋に格好いいと思った。
それでこそ、風紀委員だ。
だから、僕は言った。
「内部生だと知り合いにどうしても甘くなってしまうことがあるかもしれないし、ここは神宮寺の方が適任だと思う」
こうして、晴れて僕は、風紀委員長にならなくて良くなった。
僕が委員長になっていたら、入学式の時には、大変困ったと思う。
この学園には、入学式の際に、風紀委員長が自己紹介するのだが、例文が存在しないのである。
壇上にのぼった神宮寺は、ざわめく生徒達を一瞥して、スッと息を飲んだ。
「黙れ」
会場中が、静まりかえる。
「俺に迷惑をかけるな。以上だ」
それだけだった。
それだけだったが、新入生の反応が凄くて、とにかく黄色い悲鳴が会場中を覆った。
僕は耳栓を持ってくれば良かったなと後悔しながら、神宮寺の人気は凄いんだなぁと思った。
その後の神宮寺の人気っぷりも半端無かった。
久しぶりに食堂に行ったところ――……
「きゃぁぁぁぁぁ神宮寺様あぁぁぁ」
「風紀委員のお二人がいらっしゃるなんて!!」
「香坂様、なんて麗しい――ッ!!」
「愛してます!!」
耳栓をしていたので、あまりよくは聞こえなかったが、食堂中から神宮寺を賛美しているらしき悲鳴が響いてきた。
神宮寺は誰もが恐れる鬼の風紀委員長だけれど、学園中から愛されている。
僕じゃとてもこうはいかないよなぁと思いながら、僕はチーズハンバーグを食べることにした。タッチパネルで選択完了。
そんなことをしていたら、生徒会の面々が来た。
「生徒会が学食に来るのも珍しいよね、最近は特に」
僕がそう言うと、神宮寺が頷いた。
「風紀も生徒会も春は忙しかったからな」
僕はコミュ障なので、普段からあまり会話はない。
それでも付き合って話しをしてくれる神宮寺は、とても優しいと思う。
僕の下駄箱には、よく神宮寺宛と思しきラブレターが入っている。
風紀委員の下駄箱は並んでいるので、間違って入れる人が絶えないんだと思う。
風紀委員じゃないときから、僕の下駄箱にはよく手紙が入っていた。
なので、本来の宛先だと思しき隣の下駄箱に、よく手紙を入れていたものである。
僕は郵便屋さんに向いているかも知れない。
「何で、こんな所に風紀の委員長様と副委員長様がいるんだ? あ?」
我に返ったのは、森永の声を聞いたときのことだった。
森永と僕は、弥生から生徒会の雑用をずっと押しつけられてきた同志である。
僕は、森永のことを、そんなに悪い奴ではないと思っている。
だけど、神宮寺は違うみたいだ。
「昼食をとりに来て何が悪い?」
不機嫌そうに神宮寺が言った。
「専用席で食えよ」
「お前らの顔が見たくなかったから、下にしたんだ」
神宮寺はそんなことを考えていたのかぁと思いながら見守っていると、誰かが僕らの席へと歩み寄ってきた。
「お前ら、喧嘩は良くないぞ!!」
剛毛のくせ毛を、僕は生まれて始めて見た。
また、瓶底眼鏡とでも言うのだろうか、曇りが入った分厚いレンズの眼鏡を見たのも生まれて初めてだった。
これは僕が知らない何らかのファッションなのだろうか?
というか、誰だろう?
そういえば、該当する外見の生徒について――編入生について、中学時代からの後輩が、さっきメールを送ってきてくれていたなと思い出した。
「仲良くしないとダメなんだぞ?」
「確かに風紀委員長自ら風紀を乱してりゃ世話無いな」
失笑するように森永に言われた神宮寺が、眉間に不快そうに皺を刻んだ。
「お前は誰だ? 恭一郎の友達か?」
「……――友達ではない。俺は風紀委員長の、神宮寺雅だ」
「雅か! お前……格好いいな!」
生徒会長と鬼の風紀委員長を名前で呼び捨てている、編入生。
食堂中の視線がこちらに集まっている気がした。
僕はとってもいたたまれなくなった。
平々凡々な僕が此処にいることは、絶対におかしい。
貝になりたい。
「そっちのお前は誰だ? お前は本当に綺麗だなっ」
頼むから話しかけないで下さい、と思っていたら、そんなことを言われた。
やっぱり分厚い眼鏡をかけているだけあって、目が悪いのだろう。
僕のことを綺麗だなんて言っている。
しかしこれは大問題だ。
全校生徒の注目が集まっている中で、名前なんて名乗ったら、みんなに僕の名前を覚えられてしまうかも知れない。
普段は神宮寺の影でひっそりと生きている平凡な僕には、荷が重い。
そこで、僕は少しだけ考えた。
「――風紀委員会副委員長の、佐々木小次郎です」
「ささ……!?」
神宮寺が不審そうに僕を見たが、後々のことを考えると、僕は全校生徒に名前なんて知られたくなかったので、これで行くことにした。
精一杯顔をうつむけ、顔を覚えられないように頑張る。
「小次郎か! よろしくなっ!」
良かった、編入生は、僕の偽名を信じてくれたようである。
「風紀委員とよろしくするって事は、問題を起こして内申点を下げるって事だから、あまりよろしくしない方が良いと思うよ」
まだ、学内に不慣れなのだろうと思い、僕は、必死に親切心を働かせることにした。
僕は誰かに何かを教えられるほど出来た人間ではないのだけれど、編入生はきっとまだ学園に来たばかりで不安だろうと思ったのだ。
僕なりに頑張ってみたのである。
「な、何でそんなこと言うんだよ?」
しかし悲しそうな顔で、返された。
「事実だから」
再度念を押してそう言ったものの、どうして良いのか分からなくて、僕はぼんやりと編入生を見た。
「俺たち、友達だろ、小次郎!?」
「友達……?」
すると、吃驚する言葉が返ってきた。
この編入生は、僕なんかと友達になってくれるというのだろうか?
僕は中学入学以来、誰一人友達なんていないから、とっても嬉しかった。
嫌々嫌、しかし、聞き間違いかも知れない。
そこで、神宮寺に確認してみることにした。
「僕と彼は友達なの?」
「何で俺に聞くんだ」
神宮寺は呆れたような顔で僕を見ている。
いつものことである。
「君の危惧していたことが本当に起こりそうだなぁと思って。これは確かに理事長直々に通達もあるはずだね」
僕は、そうだ、風紀委員だったのだ、と改めて思い出し、たった数分で食堂中の視線を一気に集めた編入生のことを心配した。
すると丁度良く、ハンバーグの付け合わせが運ばれてきたので、僕は食べることに専念しようと決めたのだった。
いつもは神宮寺に集まっている視線が、僕の方にまで向いてくることが怖かった。