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編入生が来てから、風紀委員会の仕事は増加した。
僕も神宮寺も、書類仕事に忙殺されて、ヘトヘトだった。
だが流石に正義感の強い神宮寺は、その合間を縫って、編入生の周囲を重点的に見回ったり、風紀委員に入りたいと申し出た編入生には自ら仕事を教えていた――多分。
多分というのは、神宮寺に限ってまさかあり得ないだろうと思っていたのだが、生徒会が編入生の魅力に参ってしまい、仕事をしていないという噂が立っていたからである。
もしかしたら、神宮寺も参ってしまったのかも知れない。
僕が知らないだけで、あの編入生――一ノ宮君のスタイルは、最先端を行くファッションなのだろうか。
この短期間で内面的に皆が惚れるという事もなさそうだから、面食いが多いというこの学園からするに、あの外見に惹かれたのだと思う。
もしかして僕は、B専だったのだろうか?
そんなことを考えながら書類仕事を終えて部屋へと戻った。
すると、電気が付いていた。
嫌な予感がするままに、カードキーで扉を開ける。
そこには予想通り、僕の兄、弥生が立っていた。
「よ、葵。元気にしてたか?」
「もう十一時だよ、仕事が忙しくて死にそうだよ。風紀委員会なら暇だと思ったのに」
「編入生のせいで学園中が大騒ぎだな」
「やっぱり一ノ宮君が原因なのかな?」
「最近じゃ、生徒会室じゃなくて、風紀委員室に入り浸りなんだって?」
「見回りの仕事をしてくれてるから、そんなに中にいる訳じゃないけど」
紫闇の瞳を揺らめかせ、お洒落な前髪の毛先をいじりながら、弥生が立ち上がる。
僕がソファに鞄をおいている間に、兄は珈琲を淹れてくれた。
よく遊びに来るので、と言うか、この部屋のインテリアや品の配置は全て兄がやってくれたため、勝手知ったる我が家と言った様子で弥生は、お菓子まで用意してくれた。
「前生徒会長として、本当に情けねぇわ」
「森永は、仕事してるみたいだよ」
「たった数人の役員すら纏められないんじゃ、器が知れてる」
「そういうもの? 頑張ってたよ」
「お前も手伝ってるんだろ、どーせ」
「何で知ってるの?」
「カオに聞いた」
確か寮監の相良先輩の事だよなぁと思い出しながら、僕は頷いた。
だけどどうして、相良先輩は、僕が仕事を手伝っていると知っていたんだろう。
「今日俺が来たのはな、お前が困ってるんじゃないかと思ったからなんだ」
言われてみれば、僕は今困っているのかも知れない。
だが以前に比べれば、だいぶ平穏になった。
「さぁ悩んでることを全て吐き出せ。この俺様が聞いてやるから。お兄様に存分に甘えて良いぞ」
「悩み……悩み? うーん。あ、そうだ……僕が、森永の手伝いをするきっかけだったんだけどね、その……」
「おぅ、何でも言え」
「神宮寺が、『面白いものが見られるから行ってみろ』って言ったんだ。あの神宮寺に限って、森永が苦労してるのを面白がってるとは思わないんだけど……森永の気持ちを考えると、なんだか……」
「そんなもん、直接神宮寺に聞いてみればいいだろ。まぁな、森永は神宮寺に片思いしてるみたいだし、お前としては、複雑だろうな」
「な、何で知ってるの?」
「前生徒会長様を舐めるな」
そう言うものなのだろうかと僕は首を傾げた。
「一つ確認しておくが、お前はまさか、神宮寺のことも森永のことも好きじゃないだろうな?」
「人間としては好きだよ。だけど、恋人とか、そう言うのは考えたこともないよ」
「最後にもう一つ絶対あり得ないと思いつつも聞くが、編入生に惚れたりもしていないだろうな?」
「ない」
一ノ宮君は、この学園に来てからの僕の、初めてのお友達になってくれたのかも知れなかったけれど、正直言って仕事量増加の主因なので、ちょっと苦手だ。でも僕は思う。良いところも悪いところも全部含めて関係性を築くのが、友達なのではないかと。
だから、今度ゆっくり一ノ宮君と話しをしてみたいとかねがね思っている。
「だったらお兄様が、一つ助言してやる。今の事態を最も迅速に収める手段だ。二つある」
「何?」
「一つは生徒会のリコール。もう一つは、神宮寺と森永の仲を取り持つ」
「確かに一ノ宮君が風紀に入っても、生徒会は仕事してないみたいだけど……親衛隊がいるし、リコールなんて出来るのかな?」
「出来る。親衛隊は、一応部活扱いだからな。全校生徒は、運動部か文化部か親衛隊のいずれかには必ず所属している。親衛隊は帰宅部扱いだけどな。この三部が、三部会でリコールを決定すれば、リコール票はすぐに集まる。まぁ、葵が言う通り、親衛隊を動かすのが難しい所なんだけどな。ちなみに三部会の召集は、風紀委員会の決定ですぐに出来るから、念のため覚えておけよ」
「分かった。だけどもう一つって……」
「森永と神宮寺をくっつけろ」
「どうしてそれでこの騒動がおさまるの?」
「お前を除けば、俺たち三年生を除外して計算すると、学園の人気を二分しているのは、森永と神宮寺だろう?」
「確かに森永も神宮寺も凄い人気だよね」
「お前もだ」
「僕? お世辞は良いよ」
「……兎も角。森永と神宮寺がくっつけば、最大規模の二つの派閥からは、編入生に対する不満が出なくなるだろう」
「だけどそうしたら、二つの派閥(?)に入っていた人達は、他の役員の親衛隊に入ったりするんじゃないの?」
「親衛隊を舐めるな。風紀委員には表だってはいないから分からないかも知れないけどな、崇拝っていうのは、そう簡単には消えねぇんだよ」
唇の端を持ち上げて、ククッと弥生が笑った。
「森永が神宮寺のことを好きなのは分かったけど」
「鈍いお前にしては、上出来だな。どうして分かったんだ?」
「僕が会いに行ったら、話してたんだ」
「嗚呼、雛あたりとか?」
「多分会長親衛隊隊長だったと思うから、そうじゃないかな」
「なるほどな。で? 何も問題なんて無いだろ」
「神宮寺の気持ちが分からないよ」
「だったら、明日にでも、編入生のことが好きなのか聞いてみろ。その話しの中で、一言でも、神宮寺が『森永のことが好き』だというようなことを言ったら、すぐに森永に伝えてやれ。善は急げだ、すれ違いでもしたら困るからな」
「分かった。頑張ってみる」
弥生はやっぱり、前の代とはいえ生徒会長だったから、この学園の混乱を収めたいと考えているのだろうか。
僕には過ぎる兄だと思う。
僕なんていつだって目の前のことで精一杯だ。
そんなことを考えていると、弥生が嘲笑した。
「滝波の好きになんてさせっかよ」
「副会長がどうかしたの?」
「あいつは勝ち逃げする気のゲームをしてるんだよ」
「ゲーム?」
「滝波馨は、9月から、海外の大学に入学する。その前に、この学園を引っかき回すつもりなんだろ」
「え? そうなの? どうして副会長が、引っかき回すの?」
「理由なんて興味ない。だがライバル財閥として、売られた喧嘩はかわねぇとな」
「喧嘩を売られてるの?」
「当然だ、俺が上手く築き上げた生徒会の王国を内側から壊そうとしてやがるんだからな」
僕には難しいことはよく分からなかったが、とりあえず、兄の提案してくれたことを実行することにした。