そうして三十分ほどが経過した。
「恭ちゃん、いる〜?」
ガラっと扉が開いて、入ってきたのは、会計の伊崎だった。
「あれれ、風紀のふくいーんちょーじゃん。何々、お手伝いしてくれてるの?」
後ろ手に扉を閉めながら、伊崎がそう言った。
「うん、ちょっと」
僕が頷くと、正面の椅子を引きながら伊崎が座った。
背もたれに大きくもたれかかってこちらをみてくる。
「最近は、風紀の前のいーんちょーの、眞田先輩と会ったりしてるの?」
「え?」
唐突な質問に、僕は首を傾げた。
「だって、御神楽前会長と眞田前風紀委員長、ずっと香坂ちゃんのこと取り合って犬猿の仲だったじゃん?」
「誤解だよ、僕は誰にも取り合われたりしてないよ」
「……無自覚?」
「無自覚?」
「まぁ……良いけど。所で、恭ちゃんは何処に行ったの?」
「神宮寺の所みたい」
「珍しいね、何の用事だろう? また編入生がらみかな?」
多分相思相愛になったことを確認しにいったのだと思うけど、あんまり僕が広めていい話じゃないかも知れないと思ったので、首を振って見せた。
「分からない」
「だけど学園一の美人と二人きりだなんて俺、ついてるなぁ」
「学園一の美人?」
何処にいるのだろうかと、周囲を見渡してみる。
「――人気ランキング、みてないの?」
「みてない」
僕がそう言うと、伊崎が肩を竦めた。
「香坂のそういうストイックな所が、多分みんな好きなんじゃね?」
「ストイック?」
「なんていうんだろ、高貴っていうかさ」
「伊崎って、目が悪いの?」
「両目とも裸眼で、2.0だけど――俺も、葵って呼んでも良い?」
「良いけど」
「やったっ。葵ちゃん、俺のことも莉央でいいからね」
「ちゃん……? 莉央、ちゃん?」
「いやいやいや、俺の事は呼び捨てで良いから」
「僕のことも呼び捨てで良いよ」
そんな雑談をしながら、するりと僕の正面に座った伊崎――莉央が、書類の山から、五束手に取る。
「結構仕事進んできたね。雛ちゃんだけだったときの倍くらいの速度かな」
完成した分をいくつか捲り、莉央がそう言った。
「森永、頑張ってるからね」
「あの噂って、本当なの?」
新しい仕事に取りかかりながら、書類を見たまま莉央か聞く。
「噂?」
だけど何のことなのか分からなかったので、首を傾げた。
「森永と葵ちゃんが付き合ってるって噂」
呼び捨てで良いと言ったのに、莉央は、相変わらず『ちゃん』付けだ。
僕もやはり、莉央ちゃんと呼んだ方が良いのだろうか。
「噂はただの噂だよ」
「だよねぇ。恭ちゃん、風紀委員長のこと好きだしねぇ」
「何で知ってるの?」
「みてれば分かるよ」
「上手く行くと良いね」
「……え、葵ちゃんてさ、マジで恭ちゃんのことも、っていうか神宮寺の事も好きじゃないの?」
「人としては好きだよ」
「……じゃあ眞田先輩とか御神楽先輩のことは?」
「人としては」
「……うーん。葵ちゃんてさ、男に興味ある?」
「どういう意味?」
よく分からなかったので、僕は、まじまじと莉央を見た。
綺麗な髪が、顔の両サイドにあって、後ろは短い。
弥生と似てる髪型だ。
瞳は綺麗な緑色をしている。
僕がまじまじと顔を見ていると、左目の下にあった色っぽい泣きぼくろが――取れた!!
「!?」
「嗚呼、これ、つけぼくろ」
そんなものが存在するとは思わなくて、僕は吃驚した。
「俺が聞きたいのはさ、男とS○Xしたりとかって、葵ちゃん的にありなのか否かって事なんだけど」
「そんなの無しだよ」
「ノーマル? 女の子が好き?」
「勿論……」
好きだけれど、僕は自慢じゃないが、女の子にもてたこともない。
大抵男子も女子も昔から、僕の半径十メートル以内に入ってこないのだ。
僕は嫌われているのだと思う。
「じゃあさ、俺と付き合わない?」
「じゃあの意味が分からないよ」
「俺も女の子が好きなの」
「え?」
確か、莉央は聞いたところによると、下半身ユルユルで男好きだという話しじゃなかっただろうか。
「僕、男の人無理」
「同感」
「だったらどうして?」
「付き合ってるフリをしようって事。そうすれば、俺も葵ちゃんも告白されたりしなくなって、楽になるでしょ?」
「僕、告白なんてされたこと無いよ?」
「え、嘘。手紙とか呼び出しとかないの?」
「手紙はよく神宮寺の下駄箱と間違って入ってるけど、呼び出しはボコボコにされるのが怖いから行ってない」
「葵ちゃんって天然?」
「そんなことない」
「――兎も角、じゃあ俺に協力すると思って、付き合ってるフリをしてくれない?」
「やだよ。莉央と付き合ってるなんて噂が立ったら、何処で後ろから刺されるか分からないし」
「やだなぁ、葵ちゃんなら大丈夫だよぉ」
「何を根拠に……」
「絶対大丈夫」
「大体付き合ってるフリって何をすればいいの?」
「一緒にゴハン食べたり、お互いの部屋を行き来したりすれば良いだけじゃん?」
「それだけでいいの?」
「うん。後はフリだってばれないようにしてね。これだけは約束」
よく分からないが、莉央はどうやら困っているようだという事だけは、分かった。
「僕で役に立てるんなら、別に良いよ」
「ありがとぉ。じゃあ今日からよろしくねっ」
莉央はそれだけ言うと、書類仕事に集中し始めた。
だから僕もそれに倣った。