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「上手くいったんだ」
翌日、風紀委員室へと神宮寺と森永が一緒にやってきた。
だから僕がそう声をかけると、至極珍しいことに神宮寺が真っ赤になった。
「いってない!!」
声を上げた神宮寺の頭を撫でながら、森永がニヤリと笑う。
「ヤった」
「……そう」
男同士――確かに見目麗しい二人だったが、想像すると、何とも微妙な気持ちになった。
「大体、香坂、一体どういうつもりだったんだ? 俺は、別に森永のことを好きだなんて一言も……」
「あれ? そう言う意味じゃなかったの?」
僕が首を傾げると、神宮寺が眉をひそめた。
「葵、お前のおかげだ。雅はただ照れているだけだから、気にすんな」
「誰が照れているだと?」
「お前だ、雅。首のキスマークは、隠せないんだから、俺様のものになった証を精々見回りでアピールしてこい」
「誰がお前のものだ!!」
真っ赤になって首元を抑えている神宮寺は、いつもよりも色っぽかった。
その時扉が開いた。
「あれぇ? 恭ちゃん、何やってるの?」
入ってきたのは莉央だった。
「聞いてくれ。今日から俺と雅は付き合うことになった」
「広めるな!!」
「付き合っているってのは、認めたな、雅」
「そ、それは、その、だからだな……」
二人のそんなやりとりに、目を丸くした莉央だったが、すぐに柔和に微笑んだ。
「良い報せって重なるもんだね。俺も昨日から葵ちゃんと付き合ってるんだ」
「「え?」」
僕と神宮寺の声が重なった。
「あ、いや、その……うん」
昨日のやりとりを思い出して、僕は慌てて頷いた。
すると時折見せる、遠い目をして神宮寺が虚空を見据えた。
こういう時の神宮寺が、一体何を考えているのか僕には分からない。
「チャラ男だと言われてるお前が特定の奴と付き合うとは思わなかった」
森永がそう言うと、にこやかに莉央が笑った。
「俺って、空気読めるからさっ」
「初耳だな、AKYのくせに」
「恭ちゃん、酷いなぁ。俺だって色々考えてるし?」
「ほぉう? その色々とやらを聞かせて欲しいな」
「風紀委員に入って、遥ちゃんへの制裁はだいぶ減ったでしょ? その上で、恭ちゃんと風紀いいんちょー、俺と葵ちゃんが付き合えば、生徒会親衛隊の二つもおとなしくなるし、風紀委員会のファン達もおとなしくなるでしょ」
「――まるで俺と森永が付き合うと知っていたような口ぶりだな」
神宮寺がそう言うと、莉央が肩を竦めた。
「そうなるようにし向けようと思ってたんだ。だけど、まさか本気で付き合うとは思ってなかったから、吃驚したよ。フリもありかなって思ってたし」
「フリ、ねぇ……」
何か言いたそうに、森永が僕をみた。
僕はフリだとばれないようにすると、莉央に約束していたので、視線を逸らしてごまかした。
「ま、これで少なくとも、俺と莉央が遥に惚れてないって事が、全校生徒に伝わるだろうな。確かにやりやすくは、なる」
森永はそう言って笑うと、神宮寺の手を無理矢理取ってキスをした。
「な、なにをするんだ」
「なにって、キスだろ。唇の方が良かったか?」
「するな」
言い合っている神宮寺と森永は、なんだかんだで仲が良さそうだ。
それから暫く風紀委員の仕事をして、僕は風紀委員室を出た。
お弁当派の神宮寺が、今日は二つ作ってきたらしく、風紀委員室で森永と二人で食べるらしい。
だから僕と莉央は学食に行くことにした。
なんだかんだで、森永と莉央は、昼休みまで風紀委員室にいたのである。
見回り途中で立ち寄った風紀委員達の、不思議そうな視線を何度も浴びた。
耳栓を用意した僕は、莉央をみた。
莉央には、耳栓を装着する様子はない。
「耳栓しないの?」
「なんで? 耳栓しちゃったら、チワワちゃん達の可愛い声が聞こえないじゃん」
そう言うものなのかと思いながら、僕は一人で耳栓をした。
何せ学園の人気者である莉央と一緒なのだから、黄色い悲鳴はいつもと同じくらいに聞こえてくるだろうと推察したのである。
そうこうしていると、ボーイさんが扉を開けてくれた。
だが予想に反して、僕らが中に入った瞬間、シンと、水を打ったように場が静まった。
やっぱり僕なんかが莉央の隣にいることで、皆が呆気にとられたのかも知れない。
いたたまれなくなって莉央を見上げると、強引に手を取られた。
俗に言う恋人つなぎという奴をして、莉央が一歩踏み出した。
「きゃぁぁぁぁぁぁ伊崎様!!」
「愛してます、愛して、愛……香坂様ぁぁぁぁ!!」
「何でお二人が一緒!? この眼福感は何!?」
「まさかまさかまさか、あの潔癖な香坂様と、会計様が!?」
「何これどういう事、だけどお似合いすぎて何も言えない!!」
周囲から、いつもとは異なる、好奇の視線混じりの悲鳴が跳んできた。
きっと僕は、今、いろんな人に恨まれた気がする。
そのまま早足で、僕らは二階席へと向かった。
「何食べる?」
「鯖の味噌煮」
「じゃあ俺も和食にしよ。お寿司かな」
「畏まりました」
下のタッチパネルとは異なり、こっちには、各テーブルに給仕の人がつくのである。
つかづ離れずの距離で僕らを見守っていた執事然とした給仕の人が、注文を取って厨房の方へと向かっていった。
「莉央、やっぱりやめない?」
「注文変えるの?」
「そうじゃなくて、付き合ってるフリ。僕全校生徒の視線を浴びて、いたたまれない気分だよ。僕みたいなのが、莉央の隣にいるのって、絶対刺される。確実に刺される」
「あはは、刺されるとしたら俺だって。葵ちゃんは心配性だなぁ」
にこにこと笑っている莉央をみても、僕は不安が堪えなかった。