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翌日。
校内新聞の号外が、発行された。
一面は、生徒会長森永恭一郎と風紀委員長神宮寺雅の熱愛報道!
もう一面は、生徒会会計の伊崎莉央と風紀委員副委員長香坂葵の熱愛報道。
つまり僕のことが報道されてしまったのである。
一体どこから広まったのだろう。
あまりにも早く全校生徒に知られてしまったことに、僕は吃驚した。
本当にいたたまれなかったため、僕は、学校を早退することにして部屋へと戻った。
「はぁ」
溜息をつきながら、自室の扉を開ける。
すると弥生と、前風紀委員長の眞田先輩が、熱烈なキスをしていた。
「!!」
思わずポカンとしてしまった。
どうして僕の部屋で……一気に脱力した僕が半眼になると、二人がこちらをみた。
「おぅ、香坂、久しぶりだな」
「眞田先輩……自分の部屋でやって下さい」
「何言ってんだよ葵。お前の物は俺の物、俺の物は俺の物だろ」
弥生がそう言って肩を竦めた。
僕は昨年、この二人の関係隠しのために、さんざん絡まれたのである。
「新聞見たぞ、お前会計と付き合ってるんだって?」
眞田先輩にそう言われ、僕は曖昧に笑うことにした。
「どうせフリだろ、莉央も”ゲーム”に参戦してきたって事だろうな」
一発で弥生に見抜かれて、僕は何度も瞬きをした。
「そのゲームって何なの?」
「学園を混乱させて生徒会をリコールさせるのが、滝波馨の目的だろう。で、前生徒会長である俺としては、”副会長”である滝波を、逃げられる前に失脚させるのが目的だ。副会長のみリコールできれば望ましい。莉央の目的は何だろうな……おそらくは、リコール阻止だろうな」
蕩々と弥生が言うと、眞田先輩が腕を組んだ。
「やっかいだな。会計は、カンがずば抜けて良いから、俺たちが絡んでることにも気づいてるのかも知れないし、いつかは絡んでくるだろうと予想したんだろうな。だから香坂に話を持ちかけたんだろ」
「葵もほいほい付き合ったりするんじゃねぇよ。遊ばれて終わったりすんなよ?」
弥生の言葉に、思わず僕は咽せた。
「莉央は、付き合ってるフリをして、告白されるのを減らしたいって言うのと、学園の混乱――生徒会が仕事をしてないって噂を減らしたいって言ってたよ」
フリであることは内緒にするはずだったが、仕方がない。
「「ほらな」」
すると、弥生と眞田先輩の声が重なった。
「風紀委員長と副委員長を押さえて――まぁ森永は神宮寺に本気なんだろうけどな――三部会召集をさせないように駒を進めた上で、仮に駒が進んだとしても、会計親衛隊隊長は親衛隊総括だから、リコールにNOと言わせるっていう計画だろうな」
弥生が言うと、眞田先輩が頷いた。
「間違いないだろうな。親衛隊総括の人望は、学内でも一・二を誇る」
「とすると、こちらの駒はどう動かす?」
兄が首を傾げると、眞田先輩が天井を仰いだ。
「滝波の計画に乗った素振りで、隙を見て歩を金に変える、っていうのはどうだ?」
「だな」
頷いてから弥生が、僕の肩を叩いた。
「お前は、莉央が何を考えてるのか、探れ」
「無理」
「やればできる」
「できないよ、そんなの」
「やれ」
「嫌だ」
「やれっていってんだろうが」
「……無理だよ」
「俺様がやれっていったら、『はい』って言えば良いんだよお前は」
「ひゃい」
頬をつねられながら、僕は頷くことしかできなかった。
僕の平穏な学園生活は何処にあるのだろうかと悩んだ。
次の日風紀委員室へ行くと、一ノ宮君と遭遇した。
「お、小次郎! じゃなくて、副委員長! お前、本当は香坂葵って名前だったんだな!」
「あ、うん」
まだ信じていたんだなぁと思いながら、自分の席に着く。
すると、若干頬を染めて、一ノ宮君が歩み寄ってきた。
「お前、そ、そのさ、莉央と、ヤってんのか……?」
「え?」
「だ、だからその……」
「なにを?」
「エロい事」
「っ」
僕は思わず咳き込んだ。ぶんぶんと頭を振って否定する。
「でも、付き合ってるって事は、いつかはヤるってことだよな?」
「……」
なんと返答して良いのか分からず、僕は書類の束に手を伸ばした。
「その……どうやってやるんだ?」
「知らないよ」
何で僕に聞くんだろう。
せめて経験済みらしい、神宮寺に聞いて欲しい。
「実は俺さ、気になる奴が出来ちゃったんだ……男なのに、男なのに……」
「え、そうなの?」
僕が視線を向けると、周囲に人気がないのを確認するようにしてから、小声で一ノ宮君が続けた。
「副会長親衛隊隊長の、千尋の事が気になって仕方ないんだ……です」
「山吹君のこと?」
確か僕の記憶に寄れば、一番一ノ宮君に制裁を加えていたのは、山吹君だ。
一ノ宮君はドMなのだろうか?
「何回も絡まれる内に、本当に綺麗な顔だなって思って、そのうちに、制裁だったけど頑張ってる姿を見たら、胸がキュンとしたんだ……です」
「な、なるほど」
よく分からないが、接触回数が多かったから、好きになったと言うことなのかも知れない。
「お前らはどっちから告白したんだ?」
「えっ」
「どうやって告白したらいいか分からないんだ……です」
「そう言う話しは、僕じゃなくて、友達に聞いた方が良いんじゃない?」
告白経験など皆無の僕では、何の参考にもならないと思う。
「聞いた。そしたら、勇気と菫は、自然と相思相愛になったって言うし、燕と美和もそうだって言うんだよ。努は、女の子しか好きになったことがないって言うしさ」
僕の知らない人名が沢山出てきたが、一ノ宮君には随分沢山の友達がいるんだなぁと思った。
「だからそもそも告白の仕方が全然分からないんだ。それに千尋は、馨のことが好きみたいだし、普通に告白してもダメだと思うんだ。どうやったら、距離が縮まるんだろ」
真剣に悩んでいる様子の一ノ宮君に対して、僕は腕を組んだ。
「そうだ、イメチェンでもしてみたら?」
「イメチェン?」
「うん、髪型を変えたり、コンタクトレンズにするとか」
「……外見、かぁ」
一ノ宮君はそう言うと、ずるりと髪の毛を引っ張った。
「!?」
僕はポカンと口を開ける。
続いて彼は、眼鏡も取った。
金色の絹のような髪に、整いすぎた顔の造形。
中でも目を惹くのは、空色の瞳だった。
「……え? どういう事?」
「俺、叔父さん――理事長に、心配だから変装しろって言われて、変装してたんだ」
「そ、そうなんだ」
何が心配だったのかは、容易に想像が付いた。
この外見なら、すぐに親衛隊が組織されそうである。
きっと理事長は、一ノ宮君に異性愛者でいて欲しかったんだろう。
「これで、イメチェンにならないか? まぁこっちが素なんだけど」
「なるんじゃないかな」
イメチェンどころか、別人である。
「有難うな、葵! 流石は友達だっ。次はどうすればいい?」
「え……頻繁に話しをするようにするとか?」
「副会長親衛隊に入ればいいのか?」
「一ノ宮君は風紀委員会に入ってるから、一回脱会しないと無理だけど」
「だよな。それに、親衛隊なんかに入ったら、また馨にこれまで以上に絡まれて、千尋に嫌われる気がする――あ、見回りの時間だ。行ってくる、じゃあな、有難うな!」
「え、その格好で!?」
「イメチェン、イメチェン」
一ノ宮君はそう言うと見回りのために出て行った。
大丈夫なんだろうかと僕は思った。