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報道委員会新聞班の部室へと行くと、写真班のコウちゃんがいた。
「あれ、あれ、莉央様! どうしたんですか?」
バシャバシャとフラッシュをたかれたので、俺は微笑んだ。
「あのねぇ、俺、葵ちゃんと付き合うことにしたから、報告に来たんだ。この学園全部に、葵ちゃんは俺の物で、俺は葵ちゃんの物だって広めてくれない? 新聞で」
「……え?」
風紀委員ファンのコウちゃんは、たっぷりと沈黙を取った後、呆気にとられたように口を開いた。
「副委員長とおつきあいなさるんですか!? 来る物拒まず去る者追わずの会計莉央様と、ノンケの代表香坂様が!?」
「うん」
「本気に本気に本気ですか!?」
「本気だよん」
「特定の人を作らないことで有名な会計様が!?」
俺ってば、随分とヤりまくりキャラを構築していたみたい。
まぁしょうがなくね?
最初は葵ちゃんみたいに、ノンケキャラを通そうかと思ったんだけど、それだと無理矢理押し倒されたり、上に乗られそうになったりと、貞操を守るのに苦労した結果だから。
チャラ男キャラだと、今日は気分が乗らない、とか、他の子と約束があるといえば、大体丸く収まるんだもの。
俺は女の子が好きなので、男相手なんてNGである。
「これは号外の一面クラスのネタですよ!!」
「残念だけど、もう一個ビッグニュースがあるよ」
「もうこれ以上に驚く事なんて無いですわぁ」
「会長と風紀いーんちょう、付き合いだしたんだって」
「……やっぱりそうなんですか?」
「やっぱり?」
流石は名だたる情報屋、知っていたのだろうかと、俺は首を傾げた。
「――それとも、からかってます?」
「何で俺がコウちゃんのことからかうの?」
「ですよねぇ」
「うんうん。一面は、会長と神宮寺の方が良いんじゃね?」
「……風紀委員直属の情報屋として、何か複雑です。昨日まで全然そんな気配なかったのに……」
まぁ当然だろう。
昨日急遽、俺ってば、葵ちゃんと付き合っているフリをすることに決めたんだからね。
会長と風紀委員長っていうのは、俺も正直驚いたけど、都合が良いので放置に決定。
都合、っていうのは、生徒会にとっての都合。
凄く居心地が良かった生徒会が、編入生が来てからおかしくなってる。
馨ちゃん――副会長が、遥ちゃんを追いかけ回しているのがきっかけだ。
以来、バ会長と呼ばれることも度々あった恭ちゃんしか仕事をしなくなった。
全然仕事に手を抜いていた俺まで、仕事をしなきゃならなくなった。
流石に、副会長は実務能力が凄かったんだと思う。
元々仕事を覚えるために在籍していた双子は兎も角、書記の志乃夫ちゃんまで仕事をしなくなったのは意外だったけど。
だけど馨ちゃんは、恋に溺れて全てを投げ出すようなタイプじゃない。
少なくとも俺はそう思う。
何か裏があるような気がした。
決定的におかしいと思ったのは、『恭ちゃんが親衛隊の子と自室でS○X三昧』なんて遥ちゃんに言ったらしいことだ。今日の新聞の号外でその噂は消えるだろうけど、まことしやかにここのところ、会長の自堕落な噂は囁かれていたのだ。
恋のライバルでもなんでもない(と思う。遥ちゃんだって会長のこと好きって訳じゃなさそうだった)恭ちゃんの悪い噂を流す事なんて、副会長の馨ちゃんには、何の得もないように思える。
少なくとも色恋沙汰では。
つまり、恋愛を外れたところで、”得”になるようなことがあるんだと思う。
このままだと、前会長達も騒ぎ出すんじゃね?
それってまずくね?
そう思ったわけですよ、俺は。
「じゃぁよろしくね」
俺はそれだけ告げると報道委員会の部屋を出た。
それから数日が過ぎた。
俺は葵ちゃんと毎日お昼ご飯を食べて、放課後は生徒会の仕事をしながらのんびりと過ごしていた。
次の手を打ってくるとすれば、副会長か、三年生の前生徒会長達だと思う。
副会長は兎も角弥生先輩だったら、確実に仲の良かった葵ちゃん経由で何か言ってくると思ったのだが、今のところその気配はない。
「こっちの書類、終わったよ」
淡々といつも通りの無表情で、葵ちゃんが言った。
「流石だな、葵」
恭ちゃん会長が、ペラペラと書類を捲る。
「香坂様が生徒会のお仕事まで出来るだなんて、本当に尊敬です」
俺の隣の席で、雛ちゃん先輩がそう言った。
雛ちゃんは会長親衛隊隊長だ。
「流石は”俺の”葵ちゃん」
指を組んでその上に顎を載せながら言うと、葵ちゃんが咽せた。
「今日は俺の部屋においでよぉ」
俺がそう言うと、ぶんぶんと葵ちゃんが頭を振った。
「今日はこの後、風紀委員の仕事があるから」
そう言って立ち上がった葵ちゃんは、書類をとんとんと机の上で叩いて整理すると、完成済みの山に載せて、資料室を出て行った。
プチ生徒会室とかしている地下書庫の資料室で、それを見送り、俺は嘆息する。
「だけどまさか、伊崎様が、香坂様とおつきあいなさるとは思っても見ませんでした。お似合いですけどねっ、どちらも麗しくて」
「ありがとうね、雛ちゃん」
会長親衛隊長に笑顔を返すと、心なしか、頬が朱くなった。
「莉央、お前が一人に本気になるなんて思わなかったぞ」
すると恭ちゃんがそんなことを言った。
「え、ダメ?」
「ダメって事は……まぁ葵相手なら分からなくもない。雅じゃなくて良かった」
「神宮寺ちゃんも色っぽいけどねぇ、俺ほら、美人好きだからさぁ」
「伊崎様も充分美人ですよ」
「本当に有難うね、雛ちゃん」
この二人に、付き合っているのはあくまでも『フリ』だと伝えたら、どうなるのだろう。
まぁどうでもいいけど。
俺にとって今重要なのは一個だけ。
生徒会をリコールさせないことだけだから。
「雛ちゃんは誰かいい人いないの?」
「イメチェン……? 変装をといた一ノ宮君には見惚れましたけど、僕は森永様一筋ですっ」
確かにアレには俺も吃驚したなぁと思った。
副会長があの容姿を知っていたのだとすれば、追いかけるのも分かる。
雛ちゃんからは予想通りの解答をもらえたので、満足した。
「反一ノ宮派から、一ノ宮親衛派が増えたんじゃないのん?」
「そうですね。親衛隊が出来そうです」
それもそうだろうなと思って、雛ちゃんの言葉に頷く。
このまま順調にいけば、一ノ宮君と副会長を応援する層も出てくるだろう。
双子や志乃夫との仲を応援する層も出てくるだろうから、生徒会へのリコールの声は薄れていくと思う。
編入生が実は美形だったことも、会長と風紀委員長が付き合ったことも、俺にとっては嬉しい誤算だった。
リコールなんて、絶対にさせない。
だって、生徒会は俺の居場所だから。
「じゃあ俺、ちょっとチワワちゃん達と遊んでくるわ」
俺がそう言うと、恭ちゃんが眉をひそめた。
「お前……葵と付き合ってるんだろ?」
「それとこれとは別なの」
「……」
「じゃあねん」
俺はそう言って、資料室を後にした。
出ながら、スマートフォンで俺の親衛隊長に電話をしてみる。
親衛隊総括をしてくれている、土方雄輔だ。
親衛隊総括は、他の部活動とは異なり、第二学年から選出される。
昨年は、雛ちゃんだった。
土方君は、雛ちゃん(162cm)と比べて丁度30cm背が高い(192cm)。
外見だけで見たら、先輩って感じだ。
多分学内で一番背が高いんじゃないかと思う。
『……はい、土方です』
「おはよ。ってもう夕方だけどっ」
『いかがなされました、伊崎様』
「莉央で良いっていつも言ってるじゃん」
『そう言うわけには参りません』
「お堅いなぁ土方君は」
『なにかございましたか?』
「ん〜、聞きたいことがあるのはそっちの方なんじゃないのかなって思うんだけど」
『――香坂様とのことですか?』
「そんな感じ」
『貴方の幸せが、俺の幸せ――というのもおこがましいかも知れませんが、伊崎様のお決めになったことでしたら』
「良いって事?」
『……中には騒いでいる者もいるのが正直なところです。ですので、あくまでも個人的な意見です』
「やぁっぱり、土方君は、俺のこと好きじゃないんだ?」
『……報われない恋を自覚することは不毛なことで、自覚させられるのは酷なことだと存じております。畏れ多い』
「葵ちゃんへの制裁は、くだらないようにしてねぇ」
『承知いたしております』
「土方君にだけ、特別に言っとくけど」
『なんなりと』
「俺と葵ちゃんが付き合ってるのは、フリだから」
『――は?』
「それだけ、じゃあねぇ」
『ちょ――ツーツーツー』
俺は通話を終了すると、スマフォをしまって、楽しげな気分で風紀委員室へと向かった。