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「莉央様が、特定の人をお作りになるなんて――!!」
「だけど香坂様なら仕方なくない!?」
「分かる分かる、葵様だもん」
「だけど寂しい……」
「全力で応援しますっ」
久しぶりに親衛隊親睦会に顔を出した俺に、チワワちゃん達は様々な反応を返してくれた。
「だけどみんなのことも大好きなのには変わりないからねッ」
「「「きゃぁぁぁぁぁ」」」
そのチワワの輪から一歩はずれたところに、ドーベルマンのような親衛隊長が一人で立っている。
どちらかと言えばネコが多い俺の親衛隊で、唯一のタチキャラだ。
俺の親衛隊には、俺のファンと同じくらい、親衛隊長土方のファンも多い。
なおいえば、俺と土方二人のファンが大多数だ。
俺が葵ちゃんと付き合っているフリを始めてから、土方君が振られたと思った隊員からのラブレターが絶えないらしい。
「伊崎様、おかわりを」
俺の紅茶のカップが空になってすぐに、土方君が、腰をかがめて次のお茶をついでくれた。
がっしりした体格で、髪型と切れ長の目元こそ格好いいが、男らしさ満天の土方君には執事は似合わないと思う。
「ありがとぉ」
ひらひらと手を振りながらそう言うと、風紀委員の二人並の無表情で、土方君は一礼して後ろに下がった。
「ああ、いつになったら、土方君は、『莉央様』って呼んでくれるのかな」
「……」
俺も土方君のことを名前で呼んでやらないだけ、同レベルなのかもしれない。
「……莉央様」
「なぁに? 雄ちゃん」
「……伊崎様」
「土方君さぁ、何なの、意地悪なの、ドSなの?」
「畏れ多いので。それよりも、香坂様との件ですが……」
「二人っきりの秘密ね、この前電話したのは」
「……はい」
俺がにこりと笑うと、視線を逸らしながら無表情で土方君が頷いた。
「秘密ってなんですかぁ?」
チワワちゃんの一人――副隊長の、夕波沙樹先輩が言った。
「沙樹ちゃんには刺激が強すぎる進展度」
「きゃっ」
男のくせに何が『きゃっ』だとよと思いながら、俺は肩を竦めた。
「そこまですすんでらっしゃるんですね、やだやだッ」
沙樹先輩が、両手の平で顔を覆う。
「え、ダメ?」
「伊崎様が好きなら、応援しますけどぉ……」
沙樹先輩はそう言うと周囲を一瞥した。
何か言いたそうなチワワが多数。
「応援してねっ」
そう言って微笑むと、場が嬉々とした色合いに変わった。
「まぁ香坂様なら……いいかなッ!?」
「そうだね、莉央様の幸せのためだものっ!」
「お二人なら、悔しいくらい、お似合いだしっ」
「だけど僕たちともたまには遊んで下さいねっ」
「お願いします!」
「莉央様と会えなくなるのは寂しいですっ」
その様な反応に、俺は片手を振って応えた。
「大丈夫。これからも定例会には基本的に毎回来るし」
「約束ですよ!」
沙樹ちゃんの言葉に頷くと、場に黄色い声援が満ちた。
自画自賛するのも何だけど、俺は結構この学園内で人気がある方だと思う。
「だけどこれまで全然接点無かったのに、どういうきっかけで?」
沙樹ちゃんは流石に鋭い。
俺はふにゃりとした笑顔を浮かべると、肩を竦めた。
「ん〜。編入生が来てから、風紀と接触が多くなってさ。それで」
すると周囲がぽわわーんと赤くなった。
「生徒会が仕事をしてないって噂は?」
沙樹ちゃんが更につっこんでくる。
俺は、これにも肩を竦めるしかなかった。
「俺も恭ちゃんも仕事してるよ〜? 一年生はまだまだ覚えてる段階だから別だけどねぇ。馨ちゃんは、ちょっと遥ちゃんにご執心だけどさ」
「何かお手伝いできることがあったら、言って下さいね」
沙樹ちゃんのその言葉に、俺は頷いた。
「ありがとぉ。恭ちゃんにも話しとくね」
実際に生徒会の仕事は、二・三人で回る物ではないのだ。
本来であれば、各クラスの学級委員長にも、適宜仕事を分担しなければいけないのだが、今はその余裕がない。
葵ちゃんと雛ちゃんがいなかったら、今頃、どうにもならなくなっていたと思う。
だから正直親衛隊の力を借りられるとなれば、有難い。
「伊崎様ご自身も、お気をつけ下さい」
その時親衛隊長の土方君がそんなことを言った。
「気をつける?」
「まだまだ生徒会が仕事をしていないという噂は下火にはなっていません。逆に恋人が出来たことで早合点する生徒もいます。その上、香坂様の、その、ファンにもお気をつけ下さい」
確かに葵ちゃんの恋人のふりをするというのはリスクがあると思った。
だが噂が下火にならないと言うことに、一抹の不安を抱く。
「俺と恭ちゃんに恋人が出来ても、噂は下火にならないかなぁ?」
「逆に恋人が出来たからこそ生徒会の仕事をしていないと思われかねません」
率直な土方君の言葉に、俺は腕を組んだ。
「どうしたらいいと思う?」
「お仕事を生徒会室でなさればいいと思います」
「結構難しい相談だよねぇ」
「――ご迷惑でなければ、手配いたしましょうか」
「え、できるの?」
「やりようによっては」
「さっすが、土方君!」
「ではそのように」
親衛隊長土方君は、そう言うと、どこかにメールを打っていた。
有難いことだなと俺は思った。