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「土方君じゃん」
ぼんやりと昼食時に屋上にいると、いつの間にか気配もなく、伊崎様が隣のフェンスに腕を載せた。
「額の傷は塞がった?」
「一週間後に抜糸と言われたので、明後日には」
「熱とかでなかった?」
「抗生物質も頂きましたので」
伊崎様は、誰に対しても軽薄な笑みを浮かべる。
それは俺に対しても同じだ。
だけど別に俺は、そう言う表情が見たくて親衛隊長をやっているわけではない。
「前に言ってたさ、生徒会室で仕事が出来るように手配してくれるって、どういう意味だったの?」
「書記様と補佐様は、教室で編入生と会えますから、副会長を生徒会室から追い出せば解決するのではないかと」
「馨ちゃんをねぇ、どうやって?」
「風紀委員会に入った編入生と副会長様は中々接触できないご様子。その場を、生徒会室以外に提供すれば、可能ではありませんか」
「一理あるねぇ」
「その様に取り計らおうと思っております」
「――もう、怪我はしないよね?」
口元は笑っているというのに、伊崎様の瞳は笑っていなかった。
そんな真剣な眼差しを、親衛隊の人間である俺に向ける日が来るなんて思わなかったから、曖昧に頷いてみる。
「土方君、嘘ついてるとまでは言わないけど、本気じゃないなら、同意しないでよ」
「俺が、貴方に嘘をつくはずがないでしょう?」
「それ、本当?」
またも曖昧に頷く俺。
伊崎様の手にかかると、掌の上で踊らされている気分になる。
「だけどそれって要するに遥ちゃんを、どこか特定の場所にいさせるって事でしょう? 遥ちゃんてもしかして、誰か好きな人がいるの?」
相変わらず鋭いなぁと俺は思った。
「……副会長親衛隊隊長山吹千尋1Aの生徒です」
「え、千尋ちゃんって一番制裁加えてた子じゃないの?」
「何度も会ううちに惚れたようですね」
「遥ちゃんも大概ドMだなぁ」
「屈服させたいドSかもしれませんよ」
「土方君は、屈服させたい方なんだぁ」
「あくまでもたとえです」
別段俺自身は、同性愛に興味はない。
伊崎様もそうなんじゃないのかと俺は思っている。
「もしそれが上手くいかなかったらどうする?」
「リコールの声が高まるでしょうね」
「俺はさぁ、リコールさせたくないんだよねぇ」
「存じております」
「リコールさせないように、親衛隊を押さえられそう?」
「リコールする方が伊崎様のためになるようでしたら、俺は押さえません」
率直に俺が言うと、伊崎様がフェンスを揺らした。
「もう戻れないのかな、楽しかった生徒会には」
その遠い目を眺め、俺は俯いた。
「少なくとも副会長様の出方次第でしょうね」
「馨ちゃんは、本当に編入生のことが好きだと思う?」
「わかりません」
「そうだよね。一般生徒にとっては、分からないことばかりだから、リコールの声も出てくるんだよね」