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その様にして、俺は、王道――一ノ宮遥と副会長親衛隊隊長の千尋くんが会う場所を、第二会議室を押さえて、用意した。名目は、千尋くんと一ノ宮の話し合いの場を作ること。親衛隊側にはそう告げ納得させ、場所を設けたら、案の定直ぐに滝波馨が姿を現した。
この会議室を押さえてあることは、会計の伊崎様がそれとなく、副会長に伝えてくれたらしい。
「遥、大丈夫ですか?」
副会長の第一声はそれだった。
心配そうに遥の隣に立った滝波馨を見て、短く親衛隊隊長の千尋くんが息を飲んだのが分かる。自分のことよりも先に、編入生の心配をしている。親衛隊の事よりも、編入生を優先している。それが突きつけられた事実だった、
「まさか、制裁なんて……千尋くん君達に限ってそんな事はしませんよね?」
それから漸く副会長が千尋くんに顔を向けた。
儚い笑顔であるのに、どこか苦笑に見える顔をしていた。
それを見守りながら、仲裁要員としていた俺は、腕を組みながら三者を見据える。
「――……はい」
千尋くんの声が震えていた。
実際には、一番多く制裁を加えていたことは、一ノ宮遥が断言すれば直ぐに露見する。
副会長に嫌われたくないと思っているのだろう千尋くんの様子に、俺は気づかれないように嘆息した。同時に、一ノ宮遥を、副会長が気遣っている姿をまじまじと見せつけられて、苦しそうだった。
今にも部屋を飛び出しそうになっている千尋くんを見て、俺は静かに扉の前に立った。それとなく立って、それを阻止する。
なにせ今頃、カナ先輩から手にした情報――チーム”レジェンド”に協力し、一ノ宮遥を倒すことを手伝うという名目で、会計の伊崎様と、会長の森永様が生徒会室を奪還しているはずだからだ。陸の動向を海が知っているのかは兎も角、陸のことを濁して告げれば、陸が同意すれば海もまた同意するだろうという算段だ。
後はこの茶番劇じみた会議を放課後になる度に行えば、滝波馨はこちらに釘付けに出来る気がした。副会長さえどうにか出来れば、生徒会室には平穏が戻るだろうと俺は考えている。
「本当だね?」
悲しそうな笑顔を浮かべて、副会長が言う。
表情の機微さえ変えて笑顔を作る、それが副会長の滝波馨だと、俺は思っている。
思った契機は、似たようなことをする知人が居ることと、それとは正反対の友人が居ることだった。
「けどっ、前に滝波様は、お困りになっているって……」
チワワのように目を潤ませ、親衛隊長は副会長を見上げた。
「僕は、制裁には賛同していないよ?」
「っ、ですが……」
唇を噛みしめている千尋くんから視線を逸らし、副会長が一ノ宮の頭を撫でた。
「辛い思いをさせちゃったのかな。ゴメンね」
「――いや、そんなの全然平気だし! 千尋は馨のことを思ってずっと頑張ってたんだぞ!」
一ノ宮の言葉に、今度は千尋くんが目を丸くした。
「だ、だから。そんな風に千尋を糾弾するなよ!」
「一ノ宮君……」
呆然としたように、千尋くんが呟いた。
その正面で、副会長が一ノ宮遥を抱きしめる。
「遥は優しいですね」
それから、鋭い目で副会長が千尋くんを見た。それでも口元には笑顔が浮かんでいる。
「次に何かを遥にしたら、僕が許さないからね」
「っ」
そんな様子に、千尋くんが悲しそうな、困惑したような顔をする。
そろそろ潮時だろうかと俺が考えていた時、丁度携帯が震えた。
これは――生徒会室奪還の合図だ。
「滝波様、そろそろ風紀委員会の集合時刻なので、風紀委員室まで一ノ宮君を送ってやっていただけませんか」
「勿論だよ」
そう言うと、副会長は一ノ宮の手を握り、歩き出した。
扉の開閉音を聞いてから、俺は静かに泣き出した千尋くんを見る。
「……気にするな」
「だって、総括っ、滝波様は、本当に一ノ宮のことが……ッ……」
ボロボロと涙を零し始めた千尋くんに、ティッシュを俺は差し出した。
「僕達の事なんて、悪者だとしか思ってないみたいに……」
「……辛かったな」
「僕はこれから一体どうすれば――ううッ」
泣いている千尋くんを見据えて、俺は腕を組んだ。
俺なら、そんな酷い相手の親衛隊なんて辞める。
やはり、入った時は間違えてしまったのかとすら思ったが、あのバイオリンの音色と同じで、会計の伊崎様は優しくて、だけど何処か寂しそうなのだ。
だから俺は支えたかったし、今も側にいたいと思うんだ。
「滝波様も、次第に考えが変わって、制裁行為を許せなくなっていったのかもしれないし、ともすれば、好きな相手の前だったから、感情的になってしまったのかもしれない。俺だって伊崎様にあのような態度を取られたら、キツイ。泣きたい時は、泣けば良いんだ」
俺がそう言うと、何度も何度も千尋くんが頷いた。