「ーーもしもし?」
理事長室の机の上に椅子から足を伸ばして、足首のところで交差させる。
もちろん土足。
片手にはスマホ。
俺は右手のスクリーンに映し出された、体育館でのリコール風景を一瞥しながら電話に出た所だ。
『買収の用意は整ったよ』
響いてきた悪友の声に、喉から笑みが零れてしまった。
「好きにしろよ。いつもそうしてるくせに。お前が俺にお伺いたてるなんて、これまであった?」
『だってそこ君の学園じゃないか』
「お前ってそういうの気にしたっけ?」
『君が暇じゃあ可哀想だと思ったんだけどね』
「余計なお世話。楽しみを自分で見つけるくらいの時間は捻出できるんだよ」
そんなやり取りをして、俺は通話を打ち切った。

確かにここは、俺の母方鳳凰院家が経営する鳳凰学園だ。
今の電話相手は、鳳凰学園が所属する匂宮学閥の総帥ーー俺の悪友の夕霧梓だ。留学先で二人で散々遊び倒したのが懐かしい。早々に梓はスキップして留学生活をやめ、俺はスキップしたものの上のコースに進んで今に至る。簡単に言えば、幼馴染みたいなものだ。向こうの方が年上だけどな。だからいろいろ教えてくれた。
例えば、来春から理事長の座を引き継ぐ俺に、まずは、学校界隈の若者の文化を知った方がいいだとか教えてくれた。俺も若いんだけどな。

一ノ宮遥ーーそれが俺の名前だ。

匂宮学閥総帥夕霧家に仕える一ノ宮家の長男。
匂宮学閥は、全国各地にある富裕層の通う学園が所属している一大派閥だ。
義務教育があるこの現代、どんな家柄だろうが学校に籍をおく子供の方が多い。俺もその一人。これが子ども時代の付き合いだけで終わればいいのだが、積み重ねられてきた学閥の歴史で匂宮学閥は様々な方面に顔が利く。
その学閥の中にいるこの鳳凰学園を俺は引き継ぐことになったわけだ。
海外から帰ってきたばっかりで日本の学校のことなんて何にも知らないからということで、俺は実際に学園生活を送って見ることにしたのである。
編入生として不自然じゃないように、指南本ももらって。
指南本をくれたのは、一ノ宮同様夕霧家に仕える百合永家の当主だ。わざわざ風紀委員長の父に指南本の執筆を依頼してくれたらしい。いい人だ。

それを流し読みしながら、学園生活を送った俺は、今理事長室に一人で居る。
現在の理事長の叔父は、俺が転入するのと入れ替わりに、海外展開している日本人学校の会合で日本から出国している。事実上現時点ですでに、俺が理事長みたいなものだったりする。さて。

「リコールか」

なんだか面白いなと思って俺は笑った。ただ笑った。