俺が日本に戻ってきてまずやったのは、学園界隈の文化を知ることだった。
昼間はみんな学校に行っているだろうと踏んで、夜な夜な繁華街に繰り出して見た。これから学校経営するということもあって参考に読んだ夜回り先生に感銘を受けていたこともあり、喫煙とかしちゃってる奴には注意したりした。海外にあっても日本の文化を忘れるなという教えで俺は、ずーっと向こうで武道を習っていたから、逆ギレされても問題無かった。
そんな事をしていたら、父兄の山辺コーポレーションの人間に、次男が夜の世界に足を突っ込んでいるから、なんとかして欲しいと頼み込まれた。それを契機に少し調べて見たら、意外と鳳凰学園の生徒が夜遊びをしているのがわかった。元気でいいことだーーが、一応理事長になる身としては見過ごしておいたらまずい。個人的には別にいいと思うんだけどなぁ。
そんなこんなで、もう解散しろー、と様々な集団を相手に伝えに行ったら、大抵殴りかかられた。日本、思ったより過激だな。無論俺は返り討ちにしたんだけれども。そうしたらゾクツブシと呼ばれた。ゴクツブシと実家では呼ばれているが。
とりあえず山辺次男の属する所を潰したので、もう仕事は終了だなと思って、俺は本格的に、転入準備を整えた。

転入初日にまずやったのは、セキュリティチェックだ。
簡単に壁を乗り越えられたので、アウトだった。
早急に、SPの手配を決意。
叔父さん、セキュリティはしっかりしてるって言ってたのになぁ……。
「ここが叔父さんの学園かぁ」
もうちょっとどうにかした方がいいな。
思わず呟いてしまうのが止められなかった。
「……凄い運動能力だな」
そこへ声がかかった。セキュリティチェックすることは事前に伝えてあったのだが、そういえばやり方は言い忘れていたな。
門番兼警備員の大堂要だったかな、この待機室から出てきた人。多分俺の到着を待っていてくれたはずだ。
「おう! ありがとうな! ……です」
まずいまずいまずい、日本じゃ年上には、一応敬語使わないとな。
それにここから指南本を駆使してトークするんだよな……警備員さんにもそれは渡されているはず。
「いや、褒めてるんじゃないんだが……」
やっぱり受け取っていたようだ。今後始まる、俺しか指南本なしの状況になる前に、警備員さんと練習しろって言われてたんだよな。ちなみに指南本とは、編入生として自然なセリフと行動の見本を書いておいた、というものである。その上、不自然にならないように学園全体のことを知ることができるらしい。特に問題点の発見などにも大変優れているのだとか。
「俺は、一ノ宮遥いちのみやはるか。今日からここに編入するんだ! ……です」
「嗚呼、理事長の……まぁ、通って良いぞ」
早速俺と警備員さんは練習した。こんな調子でいいのだろうか。
あとは確か迎えの生徒が来るから、そこからが本番なんだよな。
さっきから茂みで一人こっちを覗いてるけど、あれじゃないな。あれは恐らく己の父の執筆した指南本の効果を見に来たのだろう。風紀委員長の顔はすでに写真で見たからわかっている。

「君が、一ノ宮君?」

そこに声がかかった。ああ、こいつだ、多分。
生徒会の副会長。指南本にもおそらく副会長が迎えにくるって書いてあったし。
さて、そういうことで、俺は知らんぷりして指南本通りに会話をすることにした。
「おう! お前は誰だ? ……です?」
「鳳凰学園高等部生徒会副会長の、滝波馨です」
「馨か! よろしくな、です。 お前……その、嘘くさい笑顔、やめろよ……です。気持ち悪い」
確かにこの笑顔嘘くさいなと俺は思った。だが執筆者が、副会長の笑顔を見たことがあるとは思えなかったから不思議だ。事前に一読した時疑問に思って、隣でゲームをしていた梓に聞いたら、この前滝波財閥に喧嘩売られたから副会長が本当に来たら言っていじめてやりなよと笑われた。梓が本気で怒ったら、とっくに存在が抹消されていただろうからよかったなという視線を込めつつ俺は台本の通りに口にした。
「っ」
すると驚いたように、副会長が息を飲んだ。そりゃいきなり言われたらな。
「気持ち悪い、ですか」
「おう。作り笑いなんかするなよ、馨はそのままで綺麗なんだからなっ、です」
「……そんなことを言われたのは初めてです」
そう言った後キスされた。副会長式挨拶らしいが、指南本によると恥じらわなければならないらしい。こんなもん別に気にするほどでもないだろうに。
「なっ、なにするんだ!!」
避けてもらうのを前提に、今度は耐久度チェックを行った。
大破。
案外この学校脆いな。予算組み直して改修工事した方がいいかもしれない。
「急でしたね、すみません。さぁ、理事長室に案内しますよ――遥」
「おう、有難うな!」
まぁ理事長室俺しかいない事になるんだけどな。
そんなことを考えながら、俺は無事に指南本の最初のページを消化した。

それにしてもこの学園の生徒会に入ると、キスが挨拶になるのだろうか。

食堂で生徒会長ともキスをした。
しかしまるで予知でもしたかのように、ここまで指南本の展開だ。
途中で変装したのだが、これ以外は、俺にはイマイチ理解できなかった。
変装は、山辺次男などにバレないために有効だろうが、ただちょっとこのウィッグは頂けない。首が重い。
まぁそんなこんなで俺は、学園の内情を知る努力を開始した。
まず標的にしたのは生徒会である。
特権撤回していいんじゃないのかという働きぶりだった。まぁ生徒会長と会計が及第点だから、もう少し様子を見てみるか。それにしても梓も言っていたけど、副会長ーー滝波は性格悪いなぁ、これ。
あと親衛隊が思いの外いろんな意味で怖い。
ファンクラブの域を出ている。
そろそろ身の危険も感じるし、今度は風紀委員でも見てみるか。

と、そのようにして、俺は指南本を頼りに、学園中を見て回った。
運動部に行って見たり文化部に行って見たり、各クラスを回ったり。
ちょいちょい変装を外したり、指南本に乗るこっぱずかしいセリフを言い、様々な人の頬を染めて行くのは、正直言って気持ち悪かったーーある時までは。
俺は気づいてしまった。
副会長と一緒にいるたびに、視線が飛んでくる事に。
副会長を切なそうな顔で一人の少年が見ている。
俺を見ているわけじゃないとよく分かっていた。
相手は副会長親衛隊の隊長だからだ。
なんでこんな性格の悪いやつのことを、そんな切なそうな顔で見ているんだ……?
はじめはバカなやつだなと思ったんだ。だけど見ているうちに、今度は俺の視線が外れなくなってしまった。だけどこんな場合の対処法など、指南本には載っていなかった。周囲に聞いたり、何とか自分で動こうとするも空回りばかり。

半ば嫌気が差しながらも、以前に偽名対応された御神楽財閥の次男に相談して見たら、驚かれて終わった。しかしなんで香坂葵は偽名なんて使ったんだろう。まぁいいか。

そんな時、会計の伊崎家から頼み込まれた。
なんでもヴァイオリンでの音楽留学の誘いを、断っているらしい。本当にヴァイオリンをやる気はないのか確かめて欲しいとのことだった。そこで折れないように気を使いつつも、少し力を込めて腕に痛みを与えてやった。
階段から落ちそうになってしまったのを見てまずいと思ったらーーガン、と音がした。見ると、親衛隊総括が会計を支えていた。正直安堵したが、同時にダラダラと冷や汗が出た。一歩間違えば大怪我だ。もうちょっと大人しくしようと俺は決意した。

と、そんな流れで日々は過ぎ、今日に至る。
「確かにこの学校、生徒の自主性だけはあるな」
ポツリとつぶやきながら、モニターの向こうを見守った。