無気力・ひきこもり・不老不死
やる気が起きない。
全身を襲う倦怠感、無気力。
羽ペンを握りしめたまま、一人震えた。
ああ――このままでは自分はダメになる。
その予感は、いつ確信に変わってもおかしくなかった。
この簡素な木製の小屋は、ランバルド王国の王都の郊外にある。
街外れで一人、二階の窓から未だ緑の木々を見る。小径を行く人々。楽しそうだったが、現実感に薄れていた。きっと俺に、現実感が欠けていて、長らく楽しいだなんて感情を味わっていないからだ。
この家に引きこもって三百年。
ひたすら魔導書を書いて暮らしてきた。
自分のために書いてきた。培った知識、思いつき、記録、それらを忘れたくはなかったから。けれど、いつしかそれらは稀覯書となり、魔術師達に取引されるようになったと聞く。
三百年前の魔術知識を知るものは、今となっては数えるほどしかいないからだ。
だからといって俺が、最先端の魔術知識に造詣がないかと言えば、そう言うわけでもない。
皆、俺が知っている古き魔術の土台から派生しているからだ。
寧ろ現在主流の呪文法などは、視認魔法陣法が退化して生まれた代物だ。
視覚化魔術は、直接指示する師がいなければ、なかなか習得が難しい。
俺にも弟子が一人いるが、最近会っていないな。
二百年はあっていない。
たった一人の友人とは五百年はあっていない。
ちなみに誰もが不老不死なわけじゃない。
俺の場合は、弟子と共に、”魔術の深淵”に触れてしまったため、不老不死となったのだ。
友人の場合は、自分たち以外のたった一人の不老不死の存在として、自然と顔見知りになった。
そして彼らと顔を合わせなければ、全て魔術で”取り出す”俺が、誰かと出会うこともない。
2600年前、魔王がこの世界を滅ぼそうとしたのだ。
その時俺は、この小屋の地下に、巨大な”逆巻の塔”を建築し、様々なものをひたすら備蓄した。”複製魔術”と”否劣化魔術”をかけてあるから、食べ物の数にも品質にも困らない。衣類を製造する器具、医術用の器具、なんでもある。
(結果的に世界は滅びなかったのだが)
完全に完結した生活。
そして有り余っている時間が、俺に”一人”という選択肢を与えた。
魔導書を売りさばけば、嫌でも金は入ってくる。
俺には今欲しいものは何もない。何も、無くなってしまった。
気怠い昼下がり――もう嫌だと考える。
何か、変化が欲しかった。
そんな馬鹿げたことを考えていた、その時のことだった。
瞬間的に、俺の足下に魔法陣が広がり、まばゆい光を放ち始めた。白い。白金色の輝きに目を細め、咄嗟に片腕で双眸を庇う。
強い魔力に体を絡め取られる感覚がして、息苦しさに唇を噛んだ。
――強制召喚魔法陣だ。
これは、今はどこで何をしているのか分からない師匠が考案したものだ。
きっともう、生きてはいないだろうな。
打ち破る術がないわけではないが、不意打ちでは抵抗するのが厳しかった。
そもそも何故俺の足下に魔法陣が広がっているのかも分からない。
眩しさにきつく目を伏せ、息苦しさに咳き込んだ時、完全に俺の周囲は白く染まった。