俺、召喚される




次ぎに目を開けた時、俺は数百人はいるだろう白装束の神官に囲まれていて、巨大な魔法陣の中央に、ポツリと立っていた。神官達の後ろには、さらに多数の宮廷魔術師の姿が見える。状況が理解できず呆然としていると、俺の正面の人々が割れた。そこに出来た道を、黒衣の男と、仕立ての良い服を着た青年が歩いてくる。

黒衣の襟元を見て、そこに輝く金褐色のカフスを見て取り、確か聖ヴァルディギス王国の紋章だったなと考える。柊が絡まる羽を持つ獅子だ。このカフスは代々宰相が身につけるものだったはずだ。外見年齢で言うならば俺と同じ歳くらいの宰相らしき男は、面倒くさそうに緑色の瞳を揺らしている。金色の髪が風もないのに揺れたのは、一歩後ろを歩く青年に振り返ったからだ。
小麦色の髪をした青年は、装束からして王族だった。
王冠こそ被ってはいないが、ヴァルディギスの聖剣を腰に差している以上、王位に近いと一目で分かる。勇者ヴァルディギスと同じ、赤紫色の瞳をしていた。


「急に喚びだして申し訳ない」


反射的に彼らを観察していた俺は、我に返った。
――まったくだ、そう思った。何用だ?
しかし続く言葉に、耳を疑うことになる。

「お前が、世界最強の節約家か……確かに身なりは質素だな」
「……は?」
「殿下、失礼です」
「しかしモエ、外見も重要なポイントなのかも知れないぞ」
「ですがウイ様。世の中には言って良いことと悪いことが存在します」
「ちょっと待ってくれ、世界最強の――なんだって?」
「「節約家」」

俺は頭痛がしてきた。これでも俺は数々の通り名を得て生きてきた。
しかしそんな風に呼ばれたことは、未だ嘗て一度もない。

「国を挙げて、魔法陣の条件指定に、”節約”というキーワードを盛り込んだんで、間違いないすね」

うんうんと一人宰相が頷いている。モエという名前らしい。
腕を組んだ宰相は、それぞれを逆側の服の袖の中に入れていた。
一方のウイ殿下とやらは、真面目な顔で俺を見ている。

「お前名前は? 今この国は財政難なんだ。助けてくれ」

――俺を俺と知らずに彼らは召喚したらしい。まぁ俺もそんなに有名人というわけではないから、そこは良い。
しかし財政難などという国の一大危機に置いて、誰かを召喚しようというその精神、随分と他力本願だ。そりゃ財政難にもなるかもな。

金ならくれてやる。

まずはそう思った。どうせあっても俺は使わないが、この大陸の各国家を買収する程度の資金は持っている。
だが。
そう――俺は今、恐らく端的に言うのであれば、暇なのだ。
暇がきわまりすぎて憂鬱なほどに。

「ネルという。助力できるかは分からない」

だから少しくらい話を聞こうと思った。雑談ぐらい良いだろう。

「ネルか。聞いたことがないな。ローブを着ている所を見ると、魔術師か?」
「ええ」
「ネルという名前は多いすからね。大陸一の大賢者ネル様にあやかって広まったとか」

その大陸一の大賢者が俺である。しかし黙っておこう。別に知らせる必要はない。
そもそも俺はそれほど賢いわけではないのだ。
人としては馬鹿だとよく言われる。

「ところでネル様。一応恐れ多くもこちらは、聖ヴァルディギス王国の時期国王――王位継承権一位のウィフィラート殿下です。そこそこ敬意を払って下さい。形だけで良いんで。こちらが急に召喚しといてなんなんですが」

二十代後半くらいの宰相が言う。
宰相にしては若い。

「失敬した、ウィフィラート殿下」
「余計なことを言うなモエ。気楽にしてくれて良いからな、ネル。俺のことはウイでいい」

すると僅かに頬をふくらませ睨むようにして、殿下が言った。
子供っぽいが、こちらの青年も二十代前半と言った所だろう。

「それで財政難というのはどういう事なんだ?」
「「今夜食べるものもない」」

殿下と宰相の声がそろった。それまで財政難と節約が結びつかなかった俺だが、確かにこれは節約すべき問題のような気がしてきた。今夜食べるものがないというのはどういう事だ?

「とりあえず王宮の財布をネルに預ける」
「止めておけ。初対面で召喚したばかりの人間に、財布の紐を預けたりするから財政難になるんじゃないのか。横領されたらどうするつもりだ」
「安心しろ。今宵の予算は20000ガルドしかない」
「……? 何の予算だ?」
「王宮従事者5万人の夕食代だ」

俺は耳を疑った。
20000ガルド……?
この前”取り出して”読んだ雑誌に、激安クリスナチェーン店の価格ランキングが載っていた。
クリスナというのは、卵とパプリカと米を炒めて、目玉焼きをのせた代物だ。
最安値が、一丼――250円だったように思う。
これは大体お腹がふくれるだろう、一度食べれば。

だが、50000×250だと、12500000ガルドだ。
そもそも20000ガルドなんて、一晩飲みに行けば消える。
横領するような額ではない。ついおごってしまう額だ。

「……昨日もその予算で?」
「ああ! 大量にポテトサラダを作った。ジャガイモが主食だから、それだけは大量にあるんだ」
「マヨネーズに20000ガルド費やしました。他の具は無し。この生活は現在三ヶ月目突破で、殿下も国王陛下も同じメニューです」

断言した二人を見て、俺はからかわれているのだろうかと半眼になった。
そんな偏った食生活で、果たして生きていけるのだろうか……?
突如戦争が起こったり、魔族が襲ってきたり、魔王が復活した時に、力が出ないと思う。
この話が本当ならば、どこかで仕切り直しが必要だ。
率直に言って、同情した。だが。だが、だ。

「――何故そのように逼迫しているんだ?」