節約の魔術師……?
普通に生活をしていれば、そんなことにはならない。
聖ヴァルディギス王国に浪費家がいるとも聞いたことはない。
ならば、何故だ?
普通に税収だけでも、輸出入だけでも、もう少し食費代くらいはまかなえる気がした。
「「……」」
すると俺の問いに、二人が顔を見合わせて沈黙した。
どんよりとした空気が広がる。
二人の瞳が暗い。
聞いてはならないことだったのだろうか?
けれど原因が分からなければ、対処のしようもない。
「弟を人質に取られていて、毎月身代金を払っているんだ」
「なに?」
「第二王子殿下は今、前魔王の腹心だった魔族バラルディナ公爵に囚われているんです」
バラルディナ……聞いたことがある名前だ。
魔族一優しい公爵だという話しではなかったか。
やはり年月で性格は変わるのだろうか……。
それにしても未だ生きていたのか。実は一度俺は会ったことがある。あの時はバルと名乗っていたな。本当に懐かしい名前だ。
――後でバルに連絡を取ってみよう。それはそれとして、だ。
「とりあえず今夜の食事は用意しよう」
「「おお……!」」
俺は指を鳴らして、杖を出現させた。
背丈よりも長い、紫水晶から削りだした杖で、天井に向かって幾何学模様を形成し、宝石がちりばめられている。これは、”取り出し用”の杖だ。俺以外にこの杖を見たことがある者は、限られている。
極力魔力の気配を抑え、俺は杖を地に一度着いた。
王宮の中の食事を配膳すべき場所を、サーチして、”逆巻の塔”の備蓄から、五万人分の食事を用意した。
メニューは、リリネル鶏のクリーム煮と雑穀パン、グリーンサラダとシュークリームだ。
適当だ。
直後、遠方から、俺の耳にまで歓声が届き始めた。
王宮中が歓喜に震えている、とまでは言わないが、すごい声が多数聞こえてくる。
この場にはこの場で、テーブル事用意して、配膳した。
「今夜だけだ。じゃあな、俺は帰る」
もう良いだろうと思い、杖で肩を叩きながらそう言った時、殿下と宰相に左右から袖を掴まれた。
「待ってくれ!」
「本当お願いだから待って!」
「……なんだよ」
「「明日からも頼む!」」
「いや、帰るから」
「他にも困っていることは沢山あるんだ! 王立学院の事とか、孤児院のこととか」
「そうっすよ、まずは未来有る子供達のことも助けないと!」
「頑張ってくれ」
「「応援はいらない!」」
引き留められた時――俺は不意に憂鬱になってきた。
俺の命などゴミのようで、いらないモノ代表だ。未来なんて無い。希望もない。やることもない。心の奥の傷口から、いつも活力が流れ出していき、心みたいな名前をしたどこかが痛めつけられている。
そんな気分で、他者の幸せなど考えられるわけがない。
他人の幸せを妬む俺が、多分いる。
汚い感情を胸中に渦巻かせる俺が、人を手助けするだなんて、ただの自己満足で、優越感に浸りたいだけではないのだろうか。
「今、この国には、ネルが必要なんだ!」
「間違いないです!」
その時二人に言われた。短く息を飲む。
――俺が必要? 本当に?
最近誰かに必要とされたことなどあっただろうか。
「……王立学院は、何が問題なんだ?」
「教員が一名しかいないんだ」
「は?」
「校長兼教務件歴史神学数学技術医術薬学魔術教師が一人しかいないんだ!」
「そうなんです。全てを教えている教師、ナノ先生ただ一人なんすよ」
一人で全てを教えるなど不可能だ、どんな重責だ――と、言おうとしたが、名前を聞いて納得した。
ナノというのがナノ・バース=ワイトレッドであるならば、彼には可能だろう。
最近どの魔術雑誌を見ても、彼の話題で持ちきりだ。
略歴にも、聖ヴァルディギスで教師をしているとあった気がする。
新進気鋭の天才魔術師で、人形術界の鬼才だ。
「人形術で人形を大量に作って、手伝わせているんだろう?」
「何故分かったんだ?」
「殿下、ナノ先生は有名な方なんですよ。毎日毎日引き抜きの手紙が届いてるんすから。何でこの国にいてくれるのかが寧ろ不思議で」
「そ、そうか」
「人形術があるならば、教員不足なんて問題にはならないだろう。寧ろいくらでも教員を”創る”ことができる」
一人俺が頷くと、殿下が視線を下ろした。