俺、担任になる





四日ぶりに食事を取ったら、胃が奇妙に重く感じた。
一人きりだと食事のことなどあまり気にはならないが、今は一人ではないので、周囲に促される――そう、俺は一人ではないのだ。
懐かしくも温かき日々が戻ってきた感覚。
どこかくすぐったかった。
こんな日々がいつまで続くのか、俺は知らないし、知りようもない。
けれど照れくさくて居心地が悪い、その悪さが心地良い。ああ、ずっと続けくようにと、俺は恐らく祈っていた。祈る神などいないけれど。


翌日からは改めて教材研究をして、いよいよ俺は教師になることになった。

「今日から、諸君に魔術を教えて下さるネル先生だ」

朝、ナノに俺はそう紹介された。俺に続いてフェンリルが生徒達に紹介される。
生徒数は――25。
思いの外少なかった。その中でさらに、組み分けが行われることになった。
5人一組で、さらに細部にわたるまで生徒の様子を見るらしい。聖ヴァルディギス王国の文化であるそうだ。俺とナノとフェンリルがそれぞれ一組、残りはナノが作った人形が受け持った。それから俺は、面倒を見ることになった生徒を連れて、隣の教室へと移動した。
授業は全員で受けるそうだが、実技などの際にはこの組で行うのだという。

「あー、今日からお前達の担任になったネルだ。よろしく。お前達のことも少し聞かせてくれ」

俺は黒板に白いチョークで名前を書いてから、顔を向けた。
一人一人に自己紹介を求めることに決める。
立っているのも疲れるので、教卓前の椅子を退き、腰を下ろしてファイルを開く。
そこには生徒の紹介書が入っている。

「自己紹介を頼む。名前と好きな物」

俺はそう言うと、一番前に座っている少年を見た。
一人目、腐葉土色の髪と目をした少年だった。13歳。少年だというのに、どこから退廃的な色を瞳から放っていた。

「ロニです」

ロニ――ロニ・ディフェル=サンダルウッド。
魔術師の名門サンダルウッド伯爵家の三男だ。
進路希望は宮廷魔術師。
少年の目の下にはクマがあり、寝ずに魔術の勉強でもしているのだろうかと考えさせられる。十三歳にしては、身に纏う魔力の練度がすごく高い。

「好きな物は……もの? ……ええと、好きな物は、読書です」
「有難う。これからよろしくな」

読書と書き足してから、俺は次の頁をめくった。
ほぼ同時に、その一つ後ろの席に座っていた、金髪の少年が立ち上がった。

「フランです」

フラン・ブレイク=サンダース。
十五歳だ。
本来のこのクラスは、十四から十五歳の生徒が属するから、彼は標準的な生徒だと言える。
明るい表情で、好きな動物(猫)についてひとしきり語った後、彼は続けて家業の氷屋について怒濤の勢いで話し始めた。

「――って事で、よろしく!」
「ああ、よろしく。有難う」

聞き流しつつ、俺は次ぎにフランの隣に座っている少年を見た。
そこには黄土色の髪と目をした少年が座っている。
身長が、このクラスで最も低く、年齢も最も低い少年と、俺はその時目があった。

「――ミールだよ、ネル先生」
「……ああ」

どこかで見た気がする面立ちに、しばし思案した後俺は頷いた。
それから短く息を飲んだ。
ミール・ダレル=ソーンダイク。
十歳と書いてある少年は、老成した色を瞳に宿している。

「……え?」
「久しぶりだねぇ」

曖昧に笑いミールが言った。俺の師匠の名前と同じ名――同じ色彩の容姿。

「な」
「後でゆっくりと話そうねぇ。好きな物は、そうだな、ネル先生のことが嫌いじゃないねぇ」

そこにいたのは、紛れもなく、子供姿ではあるが、行方が知れなかった俺の師匠だった。
続いて、その師匠の後ろに座っていた少年が立ち上がった。

「……クロス。好きな物は、イチゴ牛乳」

それだけ答えると、黒い髪に緑の瞳をした少年は座った。
クロス・メギスティス=セーノ。
背が高い。
十七歳だという。後天的に魔力を持っていると判断されたそうだった。
この大陸では珍しいことだ。どこか面倒くさそうで、あまりやる気が感じられない。

「有難う、最後は――」
「エリオットだ」

最後の少年は、15歳。
エリオット・ラーク=モーベルダム。
モーベルダム子爵家の養子だという。深い青の髪は空の色に似ていた。瞳も同職だ。

これからこのメンバーで残りの期間、同じ事を学んでいく。
頑張ろうと俺は思った。


――が。
当然、それは兎も角俺は動揺していた。
顔合わせが終わって放課後が訪れてから、俺はミールを呼び止めた。

「ちょっと待ってくれ」
「やぁ、君の部屋で話そう」
「……ああ」

俺にも教員になったので、一つ学院に部屋をあてがわれた。
俺ですらまだ一・二度しか足を踏み入れたことはないのだが、勝手知ったる調子でミールが歩いていく。俺が中へと入って扉を閉めた時、呼吸をするように杖を出現させたミールが、それを振り、その場にティセットが現れた。

「師匠なのか……?」
「うん、そうだねぇ」
「また何で子供の姿に……」
「不老不死になる時に、ちょっと若返ろうとしたんだけどねぇ……術に失敗した。意図した姿も取れるけれど、普段は力を抑えるために燃費の良い子供の姿でいるんだよねぇ」
「生きていて良かったとまず言わせてくれ」
「有難う。はは、だけど私が死ぬと思っていたのかい? まさか」

久方ぶりにあった師匠は、相変わらずだった。