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確かに、誰も知り合いがいないこの状況では、誰かと話しをして落ち着きたい。慌ててタッチパネルを操作する要領で、『行きます』と打ち、送信した。
それから場を見守っていると、不意に声が上がった。

「サーバーを管理する必要があるな。恋愛とファンタジーを暫定的に俺が管理する」

黒髪の青年がそう宣言した。

その途端に、視界の上部に帯のように赤い線が走り、『恋愛&FTサーバー管理者:ヤマネ』と表示された。素朴な疑問が浮かんでくる。え? BLは? しかし誰も何も言わない。BLサーバーの管理は一体誰がするのだろうか? 管理というか恐らく護衛というか保護というか……誰が守るのだ……? 誰も名乗りを上げないので、僕は意を決して【基本設定(詳細)】に触れた。本によると、20000ポイント以上あって称号があれば、管理できるそうだった。なので自分の称号を打ち込み、アクセスする。

――管理者になりますか?(YESの場合→【管理者名公開】/【防衛成功時の未公開】)

と、出てきた。
防衛……? なんだか不穏だと思ったが、自分の称号を広めたいとも思わないので未公開とする。というかヤマネさん(恐らく称号だろう)は公開していたが、サーバーが狙われる時、相手に知性があったら管理者が狙われる気がするので、公開しない方が利口だと思う。すると続いて表示が出た。

――サーバー管理者を増やしますか?

増やすも何も誰もいないので、仕方なくNOを選択した。
すると、【管理者人数を一名に設定しました】と表示された。まぁ他に管理するという人が出てきたら譲ればいいだろう。

しかし……――ふと思う。防衛に成功した場合は、僕が管理者だと分かるわけだ。だとすれば、称号と僕が一致しないようにしておいた方が良いだろうか? 防衛後に僕が狙われたら困るし。きっと戦って疲れているところを狙われたら太刀打ちできない。

そうだ、そうしよう。称号を名乗る場所では、顔を隠そう。幸い職業で魔術師を選んだところ、巨大なフード付きのローブ姿に自然と変わっていた。このフードを被ればいいのだ。
いやフードだけでは顔が見えてしまう。

と言うことで、僕は初めてポイントを使ってみることにした。本の【衣類】頁の上部にある入力欄に、【ネックウォーマー】といれると、15ポイントで出てきた。感覚からして、金銭的価値は10ポイントで1000円くらいな気がする。

そんなこんなで、他にも装備(鉄板を仕込んだ厚底のブーツを購入した)を整えながら、僕は三月兎さんとチャットでやりとりした。待ち合わせ場所を教えて貰う。

それからひっそりと魔術を試した。なんでもポイントの威力しか出ないが、攻撃も防御もイメージ通りに出来るらしい。複数作品があれば複数の技を一度に出すことが出来るらしい。ただ、【創造者ポイント】というのがあるそうで、複数の技を出せるのは、書き手or両刀で複数作品を生み出している人だけだと書いてあった。代わりに【評価者ポイント】というものがあり、読み手or両刀の人だけが使える『応援』という技能が存在した。応援すると、一時的に自分の持っているポイントを、創造者ポイントを持つ人間に貸し与えることが出来るらしい。

まぁいい。

僕は、≪反重力魔術≫を用いることにした。靴の重さをまず無くした。それから≪速度魔術≫を使って人混みを一瞬で抜け、ずっと試してみたかった≪空間転移魔術≫を使用して、待ち合わせ場所へと向かった。

するとそこには、金糸のような髪に、兎のように紅い眼をした青年が一人立っていた。
同じ歳くらいだから、二十代後半だと思う。僕は二十八だ。
職業は、服装的に、僧侶モンクだった。肉体で戦いつつ、回復も出来る前衛職だ。

「チェシャ猫ですか?」
「……はい。三月兎?」
「ええ。PNが三月と書いてミツキなので、良ければミツキと。私は恋愛小説を書いています。貴方は?」
「僕は……――、秘密」

ハッとして慌てた。僕は、腐とは秘めるべきものだと思っている。
しかしBLが三度の飯よりも大好きなので、BL書きである事を否定したくはない。
恋愛小説を書いているという相手に、僕も恋愛小説(男同士だけど)と言うのも微妙だ。Lはそれでもラブだ。

しかしいきなり、腐男子だと説明するのも気がひける。大体なんと説明すればいいのだ。初対面でいきなり、腐男子ですというのもおかしいだろう。じょ、徐々に話そう。ファンタジーもかいているが、うーん。そんなことをグルグルと考えていると、パンと三月が手を叩いた。正面にテーブルが現れる。

「座って下さい」

促されたので椅子をひく。すると再び三月が手を叩いた。テーブルの上には様々な洋菓子が並ぶ。すごくキラキラしていた。

「他の出席者は?」
「今回は私達だけですが、増えると良いですね。ヤマネには断られましたが」
「うん」
「定期的にこうしてお茶でもしましょう。この茶会の場は、マッドティパーティとでも名付けますか」

流石恋愛小説を書いているだけあって乙女チックだ(偏見)。
僕も不思議の国のアリスは嫌いではないが、そんなに詳しくはない。

「これからどうしますか?」
「もう少し本を読んでみるよ」
「今ではありません。最終目標です」
「最終目標?」
「正直私は、異世界に憧れていたので、現実へなど帰らなくても構いません」
「……」

な、なるほど。そう言う考えもあるのか。僕はカップに両手を添え、静かに瞬きをした。
僕は、どうなのだろう? 僕も異世界に憧れていた。現実では引きこもりだった。
だが……やはり帰りたいような気がする。なんとなくだが、帰るのが自然だと思うのだ。
物語の最後に王子様とお姫様が結ばれるような流れだ。

「僕は、帰りたい」
「では、クエストをこなすのですか? 私もクエストには興味があるので一緒にどうです?」
「うん、ぜひ」
「後日改めて、どのクエストにするか相談しましょう」

この日はそんなやりとりをして、僕は三月と別れた。