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まず僕は、≪空間転移魔術≫で、昨日最初に放り出された公園へと向かった。
するとそこには野宿したらしき人を始め、様々な人がいた。
ちらほらと僕に視線が飛んでくる。やっぱり美形になると、視線が集まるんだな……。
これを機に折角だから、僕は性格も変えたいと思った。明るく振る舞ってみよう。
それはそうと≪クエストボード≫は、酒場にあるらしかった(本の情報)。
周囲を見渡し、路地を見つけたので進んでいくと、露店街の向こうに、比較的巨大な酒場があった。三階建てで、全てのフロアが酒場らしい。難易度が高いクエストほど、上の階に張り付けられているのだという。
やはりクエストに興味がある人々は多いらしく、人集りが出来ていた。
一回が満杯だったので、僕は迷わず階段に手をかけた。
すると視界が二重にぶれた。そして視界にひろがるウィンドウに表示が出た。
――上層階にあがるには、ポイントを消費します。どの【ジャンルスイッチ】のポイントを使用しますか?
そうなのかと僕は思案した。今は素顔だ。この状態でいる時は……クエスト攻略などでは恐らくBLスイッチとFTスイッチを使うから……既読スイッチを使って、読み手のポイントを消化しようかと思った。あまり使う用途はないし――それに僕は、かなり小説を読んできたから、こちらもそれなりにポイントがあるのだ。
僕の既読スイッチのポイントは、大体8500ポイントである。
そこでスイッチを心の中で宣言して変えた。
手すりを持ちながら上階にあがる。500ポイントを消費した。持参した本を捲ってみると、1Fが0ポイント、2Fが500ポイント、3Fが1000ポイント、4Fが2000ポイント、5Fが10000ポイントであるらしく、5Fが最上階だった。
良かった、全部の階層に行ける。元々僕は読み専の期間が長かったから、それが幸いした。
とりあえず2Fにあがる。するとそこには、百人前後の人がいた。まだ多い。そこでもう一階層上がり3Fに行くと、一気に人が減った。そこには十数名の人しかいなかった。
クエストボードの前には三名しかいない。他の人々は、併設されているダイニングバーじみた場所で、飲食物を頼んでいた。
多いのは、≪魔物退治≫だった。
ピーチティ王国の周囲には魔物が生息しているらしく、時には王国の各街が襲われることもあるらしい。次ぎに多いのは、≪ダンジョン攻略≫だった。
手元の本の情報によると、≪薬草の収集≫などは、1Fの一番簡単なクエストボードに載っているらしい。
やはり一度は、攻撃も試しておきたい。思案していると、僕の隣に人が立った。
「随分な美人だな」
視線を挙げると、僕よりも背が高い白衣の青年が立っていた。恐らく、医術師なのだと思う。回復特化職だ。しかし美人と呼ばれて悪い気はしない(僕は男だけどな)。僕のアバターはそれだけ自信作だった。
「クエストに行くのか?」
その質問に僕はヘラりと笑った。ロールプレイよろしく、キャラ作りをしたいと思ったのもある。
「うん、行こうかと思ってるぜ」
「お前、書き手? 読み手?」
黒い髪に緑色の瞳をした白衣の青年を見上げ、僕は言葉に悩んだ。僕は素顔を晒している時は、読み手としてすごそうと先ほど決めたからだ。
「読み手なんじゃん?」
「そうか。名前は?」
……――しかしPNを名乗ったら、書き手だとばれてしまう。しばし逡巡した末、僕はFT書きの方のPNをぼかして名乗ることにした。
「チェスだ。よろしく」
「チェスか。俺は――ハンプティ・ダンプティ」
本当は僕のペンネームは、胡桃木ナツだ。ホースチェスナッツ――胡桃の木からとったのだ。ナツは、ナッツからとった。そういえば、チェシャ猫の語源はこれだという説がある。だから僕はチェシャ猫が称号になったのだろうか。三月は、三月兎だし。それにしても、ハンプティ・ダンプティと言うことは、彼もアリスの称号を持っている。とすれば、今後顔を合わせることもあるかもしれない。ならばバレないように気を遣わなければ。
「どのクエストに行くんだ?」
「ちょっと見に来ただけだからまだ分かんないって言うの? 全然決めてないって言うかな、ま、俺ならどれでも楽勝かも?」
自信あるといった口調で、明るく明るくを念頭に僕は喋った。一人称も変えよう。
だが僕をじっと見たハンプティ・ダンプティは、腕を組んだ。
「俺のPNは、環だ。環で良い――でもお前、顔色が悪いぞ」
その言葉に僕は少し狼狽えた。実は僕は、病弱なのだ。それが、ここへと来てから、少し悪化した気がする。特にポイントを使った後、具合が悪くなるのだ。本日など、食事をした後、吐いてしまった。これは両親が亡くなってからずっとなのだ。病院ではストレス性のものだと言われている。
「……実は、飲んでた薬があったんだけどな、こんな状況だから、俺、飲めなくてさ」
「処方してやる。俺は元々は医者なんだ」
驚いた時、持っていたアタッシュケースを環が、側の机の上で開けた。そこには様々な錠剤が並んでいた。
「何を飲んでいたんだ?」
「……ちょっと元気が出るお薬って言うの? ま、いいじゃん、俺のことは」
「明るく振る舞っている奴ほど危ないんだ。飲んでいた薬を言え」
逡巡したが、僕は素直に伝えることにした。するとその処方薬から病名を悟ったようで、環が大きく頷いた。
「これからは、週に一度は診察に来い。俺はこの場所に病院と薬局を出してる」
「あ、ありがとう的な? うん、あ、助かりまーす」
渡された紙片を受け取ってから、僕はクエストボードへと視線を戻した。
やはり――ダンジョンに行ってみたい。
それに三月と近々攻略に行くとすれば、やはりダンジョンになる気がするから予習もしておきたかった。
だからボードから一枚の羊皮紙を手に取り、カウンターの奥にいる人物に声をかけた。
「これ、お願いしまーす」
なんでもクエスト以来は、カウンターの奥にいる、現地の人のスタンプを押して貰ってから遂行が始まるらしいのだ。僕の声に、小柄で禿頭のマスターが半眼になった。
「そこそこの難易度だぞ。お前さんに行けるのか? パーティを組むのか?」
「まぁ挑戦することに意義があるって言うかぁ」
「ふぅん。ま、やってみろ」
ニヤリと笑い、俺は緑色のスタンプを押して貰った。成功すると自動的にこのスタンプは黒くなり、失敗すると赤くなるらしい。受け取ってから、僕は環に振り返った。
「じゃ、また」
「ああ。ちゃんと診察には来いよ」
それにしてもお医者さんだったのに引きこもりというのも珍しいなと思った。
それから僕は、クエストに望んだ。
水がどこかで滴る音がする洞窟を進む。途中、大型犬サイズの蛙の魔物に遭遇した。
この頃には装いを、ネックウォーマーをし深々とローブを被った状態に変えていた僕は、【BLスイッチ】を使用して、複数作品を用いた範囲魔術で殲滅していた。
このダンジョンは、一階層しかないそうで、蛙型の魔物を倒して進んだ突き当たりの、”雲澱の間”にBOSSがいるとのことだった。僕は杖を用意し、それを握って中へと入った。入ると同時に≪加速魔術≫で、姿を消すように加速し、杖を右下にのばしながら脳裏に魔法陣を開いた。そして一匹しかいなかったので、BLスイッチの中で最も威力がある7000ポイントを使用する魔術を、≪反重力魔術≫に当て、魔術を放った。
二階建ての一軒家ぐらいの大きさだった蛙のBOSSは、すぐに倒れた。
遺骸はない。倒れた直後、光となって宙に消えていった。
――うん、やれる。
僕は少しだけ自信を持ったのだった。