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それからも僕は、≪クエスト≫を一人で消化していった。
週に一度は、環の元に診察という名の雑談に行くようになった。
三月から連絡がきたのは、この世界に来て三週間目のことだった。
『S級クエストに行ってみませんか?』
チャットで届いたその声に、僕は二つ返事を返していた。
この頃には、≪クエスト≫には、S・A・B・C・D・Eのランク付けがなされてい流事が分かっていた。
Sランクは5Fでしか受諾できない。
AとBが4F。
Cが3F。
Dが2F。
Dの一部とEが1Fだ。
5Fには、BLスイッチかFTスイッチを用いなければならないから、僕はまだあがったことがなかった。だから初めて顔を隠した黒づくめのローブ姿で、僕は”酒場”へと向かった。待ち合わせた、≪聖都:マグラン≫の酒場の5Fで、僕は久方ぶりに三月と会った。
三月がこの場所を待ち合わせ場所に指定した理由も分かっている。
この頃には、”総合ポイントランキング”というものが開示されていたのだ。
そこで分かったことなのだが、『不思議の国』『鏡の国』の両”アリス”の称号を持つ者は、全体のランキングの上位者だったのだ。僕自身には全く実感はないが。
”ネームス”と呼ばれている。
現在そのランキングには以下の者がいる。
不動の一位:三月兎。
二位争い:帽子屋とハンプティ・ダンプティ。
四位:ヤマネ。
五位:時計兎。
六位タイ:ジャバウォックとエクエス。
ポイント非公開(八位):チェシャ猫――僕だ。
なんでも、対人戦という制度があるらしく、対人戦をすると、明確に順位が確定するらしい。僕はポイント非公開だし、対人戦などしないから、アリス枠だから殿堂入りになっているものの、一番下に名前が表記されている。
三月がクエストボードから一枚の羊皮紙を手に戻ってきた。
僕はカウンターに座り、甘いカクテルを飲みながらそれを受け取った。
――Sランクダンジョン≪奇怪な道化師のダンジョン≫。
五階層で構築されているらしく、概要とこれまでの経験を加味するに、四階層までは複数の魔物がひしめいていると考えられる。恐らく五階層にいるBOSSが、奇怪な道化師を名乗っているのだろう。
「僕は、範囲魔術で道中の魔物を殲滅するよ」
「――おや、範囲魔術が使えるのですか。ということは、貴方は複数作品を書いているのですね」
「まぁね」
それから僕達はすぐに、攻略に向かった。未だSランクの攻略例は無いから、少しだけ緊張したけれど、いざダンジョンに入ってしまえば、一人での攻略経験でなれていたから、すぐに落ち着きを取り戻した。
杖を握りしめ、脳裏に魔法陣を描き、次々に僕は魔物を範囲魔術で殲滅した。
三月はそれを腕を組みながら、微笑を湛えてみていた。
「貴方は強いですね、チェシャ」
「そう?」
「ええ。一度で良いから手合わせをしてみたいものです」
「断るよ。僕は平和主義なんだ」
「そうですか。まぁ無理強いはしません。貴方は貴重な私の友人ですので」
「有難う」
「私の……友人でいてくれますか?」
「どういう意味?」
「私はこれまでの人生で、友人が一人もいなかったのです」
そうか。事情はどうあれ、この世界に転移させられた者は、皆引きこもりなのだ。
僕にだって友人なんていない。
「僕で良ければ」
「有難うございます。一生、大切にします」
こんな顔を隠している相手にそんなことを行ってくれるだなんて、温かい。
胸がほんのりと疼いた。
それからしばらく僕が範囲魔術を使って殲滅しながら進み、BOSSの部屋へとたどり着いた。そして、これまで力を温存していた三月が、右手に圧倒的な威圧感を持つ力を宿らせ、宙に飛んだ。そのまま手刀を叩き込むようにしたところ、道化師姿のBOSSの体が斜めに裂けて、黒いドロドロが溢れかえり、爆発した。威力は、30000弱。なるほど、三月は30000ポイント前後の恋愛小説作品を持っているのだろう。総合ポイントであれば僕も勝てるが、単体攻撃力は、最強じゃないのかと思う。
それから僕達は、街へと≪空間転移魔術≫で戻った。三月は魔術師ではないけれど、≪空間転移≫を使えるようだった。恐らくモンクにもそういう技があるのだろう。
街へと行くと、僕は顔を隠していたにもかかわらず、一気に視線が集まった。
何事だろうかと宙に視線を向ければ、そこには魔術ウィンドウが開いていた。
どうやら――最近では”ネームス”と呼ばれる、アリス縁の称号を持つ者が強い敵に挑むと、ウィンドウが展開されて、聴衆に戦闘風景が開示されるらしかった。嗚呼、顔を隠していて本当に良かった。
「それでは、また」
「うん、じゃあね」
三月とはそのままそんなやりとりをして別れ、僕は近くの酒場に逃げるように入った。
そしてすぐに私服に着替えて、いつもの明るい調子を取り繕う。
酒場から出ると、そこには環の姿があった。
「おい、見てたか?」
「何を?」
「三月兎とチェシャ猫だ。強すぎるだろ」
その評価に照れくさくなった内心を押し殺し、僕はいつもの通りヘラりと笑った。
「すごい人たちのことは俺分からないし」
「でも興味くらいはあるだろ?」
「別にー」
「俺もこれでも、アリス縁の称号を持つし、次ぎに茶会”マッドティパーティ”の誘いがあったら絶対行ってくるわ」
「報告期待してるんだぜ」
明るく笑って僕はそう告げてから、自宅へと帰った。
――ここのところ、ゴミ屋敷と化している。掃除する労力や選択する両力もポイント消費となるから、自分でこなさなければならないのだが、僕は料理以外は苦手なのだ。綺麗なのはパソコン(仮称)の周辺だけだ。
よし、何か書こう。なんだかファンタジー世界にいるせいなのか、最近の僕は、現代物を書くのにはまっている。今は借金の形に売られてしまった青年の話を書いている。日間ランキング、本日は二位だ。
ポイント上位者のことは、ランカーと呼ばれる。
そう言う意味では、僕は日間ランカーだ。あまり四半期ランクなどには載らない。
だから一つ一つの作品の総合ポイントはそこまでは高くないのだと思う。
例えば汀さんだったら、僕より作品数は少ないけど、全ての作品でポイントが5000以上だ。茜さんだったら、一作品しかないが、20000ポイントを稼ぎ出している。
ポイントで比較する気は毛頭無いが、僕はやはり作品数が多いのが取り柄な気がする。
それでも呼んでもらえるだけで幸せだし、書くことがどうしようもなく楽しいから良いと思う。きっとこんな異世界トリップがなかったら、その日々は続いていたのだろうと思う。
さて、それから暫くして。
マッドティパーティ(三月命名)という名の茶会が開催されることになった。
僕は最初に出ると約束していたから、三月の前ではデフォルト状態の顔を隠した状態で出席した。すると以前あった時に宣言していたとおり、ハンプティ・ダンプティこと環の姿があった。そして――ヤマネも出席した。正直意外だった。ヤマネは、サーバー管理で手一杯だと聞いたことがあったからだ(BLサーバーは結局今も僕が管理している)。
「嫌な話題がある」
その上席に着くなりきりだしたのは、ヤマネだった。
「ジャバウォックとエクエスの二人が、『この異世界に生涯とどまりたい派閥――≪BLACK BABEL≫』という”ギルド”に参加した」
ギルド、というのは、この世界に転移してきた者同士で組織している代物だ。
僕はどのギルドに参加しているというわけでもない。僕はその辺りは自由でいたかった。
「ネームス二人が敵になったといえる」
「それで狙いは何なのですか?」
背を深々と椅子に預け、三月が腕を組んだ。ヤマネは首を振る。
「この世界にとどまりたいのだろうと言うこと以上は分からない。ただ今後、クエスト攻略の邪魔をしてくる可能性は高い――気をつけろ、三月」
ヤマネはそれだけ言うと立ち上がった。
確かに三月は一人でもSランクのクエストをこなしているから、妨害される可能性はあるだろう。しかしもしも僕が、その二人ならば――サーバーを狙う気がした。ポイントが初期化されれば、それだけ現実世界への帰還の可能性が減るし、時間が少なくとも気が遠くなるほどかかる事が分かるからだ。
「悪いが作業が立て込んでいるから、これでお邪魔する」
ヤマネはそう口にすると帰っていった。
現在では、ヤマネは、一般の冒険者達をまとめる指導者的な位置にあると、酒場に行った時にひそひそ声を耳にした覚えがある。
ヤマネと、それと後は、時計兎だ。
ヤマネが、クエスト攻略などに熱心な人々(主に書き手)のリーダー的存在で、時計兎は主に読み手の、クエスト攻略などを応援している人々のリーダー的存在であるらしい。
僕はこの二人とは、直接的に会話をしたことがほとんど無いから、詳細は分からないけれど。
「――チェシャ猫」
その時、ハンプティ・ダンプティ(環)に声をかけられた。
「どこかで会った事はないか?」
突然の言葉に僕は狼狽えたが、顔が見えないはずなので、必死に冷静さを取り戻す。
そうしてから、短く告げた。
「記憶にないよ」
僕の声に首を捻りながらも、環はそれ以上は何も言わなかった。
正直僕は病弱なのだ。それは精神的な脆さだ。けれどそれを公開したいとは思わない。
なぜならばこのマッドティパーティの会議は、映像付きのチャット形式で皆に公開されているのだ。
このようにしてその日のお茶会(会議)は終わりを告げた。