<6>
さて、家に帰る。
僕の家は、既にゴミ屋敷になっている。当然だろう。僕は料理と執筆しかしていない。
洗濯も掃除もやる気が起きない。
それは兎も角、僕は今日も今日とて魔術ウィンドウを開き、小説を打つことにした。
ただそうしながらふと考える。
――この世界から、脱出したくない。
そのためには、何をすればいいのか。やはり一番は、『サーバーの破壊』だろうと僕は思った。僕は、それを想定して、BLサーバーの保護強化をすることにした。これまでは維持と最低限の保護に必要な20000ポイントしか出してこなかったのだが、いっきに50000PTまであげる。ヤマネさんがどのくらいポイントを使っているかは知らないが、僕には最低限BLサーバーの管理だけはしなければならないと思っていた。
なによりBLサーバーが落ちて、BL作品が読めなくなることが嫌だった。
執筆前にそれを行い、書く前に読むかと、今日も日間ランキングを眺める。
最近では、TSして男の体を使用している汀さんと、腐男子の茜さんは、クエスト攻略専門ギルドである≪OPEN≫に参加していると活動報告で読んだ。
BLサイドから攻略に参加しているのはこの二人だけだ。
汀さんは、作品数こそ僕より少ないが、一つ一つの作品の平均ポイントは5000だ。僕よりずっと高い平均値だ。範囲攻撃できる人間としては、貴重だ。恋愛サイドやFTサイドの人はどちらかというと一作品を長期連載している者が多いから、範囲を使える人間が少ないのだ。
茜さんは、その点数作品の連載をしているが完結作はない。正し代表作のポイントが10000ポイントだ。これは、恋愛サイドやFTサイドでもランキングに入っている作品に並ぶ高ポイントで、BLランキングの累計でも1位だ。
僕は自分がBL書きだとは未だに名乗っていないし、一人でこなした≪クエスト≫については公開していないから、BL書きだけどBLサイドの人間だとは認識されていない。
視界が二重にぶれたのは、そんなことを考えながら新作の短編を打とうとしていた時のことだった。慌てて視界の片隅にある【情報】タブに触れる。
すると赤い線が出て、その上に文字列が踊った。
――ジャバウォックとエクエスの範囲攻撃。対象、全サーバー。
思わず目を瞠る。僕の嫌な想像があたったのが分かる。推定攻撃ポイントは――30000ポイント。息を飲んでから、唾液を嚥下した。大丈夫、大丈夫大丈夫。僕は両手をきつく握り、視界の半分に映し出された、魔術攻撃を見据えた。
瞬間、自信のように世界が震えた。ピーピーピーと警告音が鳴る。
――恋愛サーバー、ファンタジーサーバー、攻撃によりダウンしました。
――防衛成功:BLサーバー。
表示された二つの文字列。その下側に、僕は安堵で体が震えた。
恐らく二つのサーバーを管理していたヤマネさんは、それぞれに規定値の20000ポイント程度しかふっていなかったのだろう。
しかし全てのサーバーが落ちたわけではない。だから、だから、まだポイントは全員の手に残っている。だけど僕のBLポイントの内の50000PTが一気に持って行かれた。残るは30000ポイントだ。
動揺を押し殺しながら、僕は視界の片隅で明滅したチャットマークに触れた。
ヤマネさんから、初めて連絡が直接着た。
「何ポイント残っている?」
「……」
「ジャバウォックとエクエスは、恋愛とファンタジーで、代表作がそれぞれ10000ポイントを超えている上に、範囲が使える。持ちこたえられるか? 無理なら即刻逃げろ。お前が負ければその次点で、BLサーバーも落ちる」
「どうして僕がBLサーバーの管理者だって分かったの?」
「防衛成功時には、公開される。チェシャ猫と出ている。逆に聞きたい。どうしてお前がBLサーバーの管理者をしているんだ?」
「それは……だけど僕の家の場所は分からないはずだ」
口早にそう告げた時、ザワリと嫌な感覚がした。
「防衛者の元に転移する魔術を使っていたんだ」
見ればそこには黒ずくめの――ジャバウォックが立っていた。
黒いかっちりとした服の上に、黒い外套を羽織っている。
その隣には、紫色のローブに銀の刺繍が施された衣姿のエクエスが立っていた。
ダンと音がして、チャットが混戦し、強制的に打ち切られた。見れば、ジャバウォックが指を鳴らして≪攪乱魔術≫を使用したのが分かる。
その隣で、エクエスが銀糸の髪を揺らし、僕に向かって杖を突きつけた。
「【恋愛スイッチ】≪重力範囲魔術≫――流れ星」
ジャバウォックがそう言うと手で宙をなぎ払うようにした。
すると黒い粘着質な線が幾重にも落ちてくる。僕は、瞳に力を込めて、杖を握りしめた。
「【BLスイッチ】≪反重力範囲魔術≫――仏手」
そしてジャバウォックの攻撃が着弾する前に全てを受け止めた。サーバー管理者は僕だけど、僕はこの斜塔とBLサーバーである魔導石にリンクを形成していたから、この言えそのものにダメージを受ければ、サーバーにも被害が出るからだ。
「【FTスイッチ】≪斬撃単体魔術≫――インストール」
するとエクエスが、僕に向かって閃光のような(感覚的にライ○セーバー)光を振り下ろしてきた。僕は唇を噛みしめた。脳裏で魔法陣を描きながらすぐに呪文を紡ぐ。
「【FTスイッチ】≪光槍単体魔術≫――蛍雪」
光同士が交わり、周囲に稲光が散る。その時、ジャバウォックとエクエスが息を飲んだのが分かった。
「お前……”FT”でもランカーなのか?」
ジャバウォックのその問いには答えず、僕は出現させた槍を地に強く一度突いた。魔法陣が広がっていく。もう一方の手では、杖を握り横にのばした。
「【BLスイッチ】≪加速魔術≫――破壊」
そして二人の動きが一瞬止まるかのようにみえる中、鉄板を仕込んだ足技を繰り出した。
それで、僕が攻撃を受け止めたことに唖然としていた様子のエクエスの腹部を狙って攻撃する。しかし一歩早く我に返った様子のジャバウォックが、エクエスの体を庇って横に転がった。そこへ僕は、【FTスイッチ】で出現させた槍を振り下ろす。
だがそれはジャバウォックが体を反らしたため、方を掠めるにとどまった。
――ああ、僕にはあとどのくらいポイントが残っているのだろう。体が汗ばんでくる。
けれどそれは考えないようにして、僕は杖を握る手に力を込めた。
「【BLスイッチ】≪範囲魔術≫――粉雪」
周囲に粉雪が舞い始める。
息を飲んだジャバウォックとエクエスが、それぞれ横に飛んだ。
僕はそれを見逃さない。
「【FTスイッチ】≪光槍単体魔術≫――蛍雪」
そのまま槍でなぎ払うと、衝撃波が生まれて、ジャバウォックとエクエスが壁に叩き付けられた。ああ、後はとどめを刺すだけだ。僕は近場にいたジャバウォックの方を押し倒し、馬乗りになる。そして突き刺すべく杖を放り投げ、槍を両手で持った。
「止めろ、【エスケープ】だ。敗北を認める」
エスケープ、それは概念として僕も知っていた。
最終的に全ての冒険者は、現実への機関のために協力するべきだという条約があるのだ。それに署名していれば、【エスケープ】宣言があれば、命までは取らないことになっている。だが――……僕は歪な笑みを浮かべた。咄嗟のことだったから今は、顔を隠していない。露骨に僕の嘲笑じみた表情を見た様子で、ジャバウォックが息を飲んだ。
「僕は条約を批准していない」
「待て、待ってくれ、止めろ――!」
エクエスの叫び声が聞こえた。だけど彼がこの場に走り寄るよりも早く、僕はジャバウォックの命を奪える自信があった。彼は、攻撃者だ。即ち敵だ。それも、強い敵なのだ。またいつ何時、BLサーバーが狙われるか分からない。
だが。
その時視界にチャットの文字が走った。
三月からだった。
――殺さずに、【条件パラダイム】を突きつけて、首輪をつけ生け捕りに。ネームスである彼らは使えます。帰還するために。
文字列を認識し、僕はギリギリの所で、ジャバウォックの首の脇に槍を逸らして突き刺した。静かに僕は瞬きをした。
条件パラダイムとは、【死】か【一つ条件をのむ】ことを相手に選択させる、【エスケープ】宣言時の条件提示だ。言われてみれば、だ。現在、【範囲攻撃】を使えるのは、汀さんくらいのものだ。今後のクエスト攻略には、次第に範囲攻撃が必要になっていくだろう事は推測が着いている。ただまだ、この二人の範囲攻撃には隙がある。だから僕にも勝つことが出来たのだ。
「――条件パラダイムを提示するよ」
僕は素直に三月の案に従うことにした。
だけど。
別に僕は彼らにして欲しいことなど無い。そうだな、僕が今困っていることはと言えば――……部屋が汚いことくらいだ。そうつらつらと考えて、それから三月が言う”首輪”について考えた。要するに、僕の指示に従うような、そう言う条件下に置けと言うことなのだろうと思う。
「――死か、ハウスキーパー(掃除)」
「「……へ?」」
僕の声に、ジャバウォックとエクエスがそろって狼狽えたような声を上げた。
確かに僕も、あまり人殺しをしたいとは思わないから、丁度良いかも知れない。
「どちらを選ぶ?」
「決まってるだろ、ハウスキーパーだ」
「俺も」
ジャバウォックの声に、エクエスが同意した。それを聞き、僕は静かに頷いた。
――この条件パラダイムには、もう一つの規則があるからだ。負けた方の願いも聞くことになっているのだ。聞くだけでかなえる必要は必ずしも無いのだけれど。
「それで、君たちの願いは?」
「……――そうだな、さっきの魔術は≪反重力魔術≫だろう? 俺はその構成を知りたい。だからお前の元で研究――勉強をしたい」
ジャバウォックが意外なことを言った。
するとエクエスが頷いた。
「俺も、範囲魔術と単体攻撃の両方の巧い使い方を学びたい。先ほどの手腕には目を瞠った」
二人の言葉に、思わず眉を顰めた。そうしていたら、三月から新たにチャットが届いた。
『二人を弟子にしてはどうですか?』
僕は、弟子を取るなんてキャラじゃない。けれど、他に良い案も浮かばなかったので、僕は呟いた。
「二人の希望は、僕の弟子になると言うことで良いの?」
「「ああ」」
「そう……ハウスキーパーの仕事はそれでもして貰うし、僕は気まぐれだから必ずしも師匠らしいことは出来ないけど」
――このようにして、僕には弟子が二人出来たのだった。