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さて、勿論三月から連絡がタイミング良く来たのには理由がある。
今回の戦闘も魔術ウィンドウが開いていたのだ。
嗚呼、僕はついに顔をさらすことになってしまったし、その上腐男子バレした。
べ、別に隠すようなことではないよね。いやしかしBL道はやはり秘めたるものだと思うのだ。そんなことを考えながら、僕はパソコン(仮称)の前へと向かう。
そして、後ろを着いてきた二人に振り返った。

「この部屋には入らないで。他の部屋の掃除をお願い」

何せ僕のこの家、パソコンの周囲だけは綺麗だからね……。すると二人が顔を見合わせた。
そして何か言いたそうな顔をしつつも、隣室の扉に手をかけた。

「あ、そこは――」

言うのが遅かった。大量のゴミの山が、ジャバウォックを押し倒した。
ちなみにジャバウォックのPNはジャック、エクエスのPNはレグルスというらしい。
この世界、PNが本名のような扱いになっている。

「なんだこれは……」
「汚っ」

呆然としている二人の声に、僕は羞恥を覚えた。だって僕は掃除が苦手なのだ。苦手なんだよ……。無言で見守っていると、二人がそろって溜息をついた。そして掃除が開始された。それに満足した僕は、さて小説を書くかと、キーボードの上に指を置く。
そして気づいた。
僕のPNがばれたわけではない。顔を見られたから、環は僕をチェスという名前の人物だとして再認識したかも知れないが、あれは偽名だ。BLサーバーを管理していたからと言って、僕がBL書きとは限らな――……いいや、だめだ、中二病心を擽る呪文(僕基準)を唱えていた時に、おもいっきり【BLスイッチ】と口にしていた。これまで三月と出かける時は、いつも心の中で呟いていたのだが、今回は緊急事態だったから、寄りすぐに効果を発動させられる口頭にしたのだ。うわああ。
ここは一発、腐男子の話でも書こうかな。僕自身は腐男子だが、ノーマルだ。しかし腐男子総受けものは好きだ。あ。僕も腐男子である以上、自意識過剰な行動になるかも知れないが、フラグは全てへし折って生きていかなければ。誰かとフラグが立ったら大変だ。
だけど腐男子受けか。やはり学園モノが好きだ。しかし異世界トリップ系腐男子も好きだ。
長さは20000字くらいがいいかなぁ。
基本的に僕はプロットをたてたりたてなかったりしながら書いている。多くの場合はノリで書き進めて、途中で終結までのプロットをたてている。なんだかその方が書きやすいのだ。ただし文字数は大体最初の予想通りになる。全体の長さではなく、一話の長さだけど。短編は八割が予想通りの長さになる。
それは兎も角、と言うことで僕は短編を打ち始めた。声をかけられたのは、夕方だった。

「おい」

ジャックが低い声で言う。なんだろう。とても一日で終わる量のゴミじゃないぞと思いながら顔を上げると、彼は時計と僕を交互に見た。

「いつまで掃除を続ければ良いんだ? 今日中には終わらないぞ」
「ああ、適当に帰ってまた明日来てくれればいいよ」

【条件パラダイム】は絶対だから逃げられる心配はない。
違反すると時計が出現して、死へのカウントダウンを開始すると本で読んだ覚えがある。

「俺とレグルスは、もうギルドには戻れないから家がない」
「ああ、そうか」

確かに僕のように個人で【ホーム】を持っている人よりは、みんなで少しずつポイントを出し合って、【ギルドホーム】を購入しそこで暮らしている人が多いというのは、街の噂で知っていた。だけどどうしたものだろうか。元はと言えば彼らは敵だ。ちらりと夕暮れの窓の外を見てみれば、季節は初夏だというのに、いやだからか、豪雨が降っていた。梅雨と夏の合間なのだ。この状態で二人を外に放り出すというのも気がひける。

「第一俺達は弟子になったんだ。弟子の家の面倒くらい師匠は見るもの何じゃないのか」
「……――家が見つかるまで、ここで暮らす?」
「そうさせてもらう。二部屋は片づいているから、一部屋ずつ借りる」

きっぱりとそう宣言された。どことなくジャックは、対等か若干上目線だ。
まぁ……呆れられるくらい、この家は汚いんだけれど。
しかし考えてみれば、戦闘ごすぐ掃除をさせてしまったが、二人とも怪我は大丈夫なのだろうか。今更ながらにそんなことを考えた。

「それと飯だ」
「二人で適当に食べて良いよ。今ちょっと手が離せないんだ」
「何をしているんだ?」
「っとぉ……ちょ、ちょっとね」

慌てて僕はウィンドウを隠した。書きかけのモノを見られるのは恥ずかしいのだ。正直完成作品は感想が欲しくて仕方が無くなるのだから、我ながら矛盾だが。やはりネットというのは大きい。画面の向こうに広がっているため、直接的に見られるのと違って恥ずかしさが消えるのだ。何が恥ずかしいのかはよく分からないが、性描写などを書いている姿を見られると、思わず硬直するものである。

「お前の分も用意するか?」
「僕は良いよ。料理は唯一好きな家事なんだ」
「そうか――洗濯物の山も片づけてやるから安心しろ」

ジャックはそう言うと辟易したような顔で踵を返した。
それにしても改めてみると、弟子になった二人は吃驚するほどのイケメンだ。外見を弄っているのだろうか? それは別に構わないのだが。いまいた方のジャックなど、THE攻めという感じだ。190に迫ろうかという長身で肩幅が広く、漆黒の髪と眼をしている。彫りが深い。色彩的には日本っぽいが、本当に日本人か疑う。
一方のレグルスは何せ銀髪だ。ちょっと長めの髪をしていて、こちらは両刀(性的な意味で)といった感じである。猫のような大きな瞳をしていて、鼻筋はすっと通っている。瞳の色は紫色だった。
僕はさほど生BLには萌えないが、この二人ならばありだと思う。
さてその日は、深夜三時まで小説を打ち、丁度完成したので寝ることにした。夜中の打ちに更新するか迷ったのだが、やめておいた。今度こそ活動報告で更新報告をしたいと思ったのだが、書くことが思い浮かばなかったのだ。

さて、いつもの僕なら、夜更かししたらその分眠っている。
(それもあって、他のギルドに入って、朝起きるというのが嫌だというのもある)

しかしこの日は、朝からガーガーガーと煩い掃除機の音で、渋々目を開けた。
脳裏に魔法陣を描き、壁を防音にする。眠い。しかし一度目が覚めてしまうと、なかなか寝付けず、仕方がないので僕は寝台を降りた。それから軽くシャワーを浴びて(ここも数少ない綺麗な場所だ)、パソコンの元へと向かった。

更新するか。いや、眠いけど折角起きたしもう一作品ぐらい書こうかな。

結局書くことにした僕は、今度は刑事×白衣の中編に取りかかった。今日は一日かけるから、珍しく中編くらいの長さにしようかと思う。6万字ちょっとくらいを目指そうかな。
そう考えキーボードを叩いていると、扉をノックする音が響いてきた。

「おい」

入ってきたのは、レグルスだった。

「どうかしたの?」

慌ててウィンドウを隠す。性描写を書いていた真っ最中だ。なんと言うことだ。この部屋には入るなっていったのに! しかし表情筋を総動員して、動揺を押し殺す。

「何も食べた形跡がないけど、お前、昨日の夜と今朝、食べたのか?」
「あ、いや、ちょっと忘れてて」
「じゃあ昼は食べるだろ?」
「え?」

時計を見れば、もう十三時を廻ったところだった。まずい、熱中しすぎて時間を忘れていた。曖昧に笑ってみせると、深々と溜息をつかれた。

「サンドイッチを用意したから食べろ」
「え」
「料理が好きらしいけど、俺が作ったものじゃ不満か?」
「そんなことないけど、あ、ありがとう!」

引きこもって早三年の僕だ。人にこのような心配のされ方をしたのも約三年ぶりだ。なんだか涙腺がゆるみそうになる。そんな僕の前で、照れたようにレグルスが顔を背けた。
だがしかし。
僕は満腹になると、筆が進まなくなるのだ……うーん。
しかしちょっと書きすぎだ。今朝は六時半から書き始めた。そろそろポイントを消費しないと、作業が禁止になってしまう。そこで僕は立ち上がった。

それから食べたサンドイッチは死ぬほど美味しかった。僕は料理が好きだと思っていたけれど、次元が違った。料理神が光臨していたのだ。空腹だからではない。心底美味しかったのである。これからは料理もお願いしたいなだなんてひっそりと思った。

こんなことならば、ただハウスキーパーとだけ条件を提示すれば良かったな。