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さて、お腹もいっぱいになったので、今日のポイント消費について考えてみる。
今日はまだ防音工事(?)しかしていない。
そう言えば一つ問題がある。
二人は、僕の弟子になったのだ。弟子というのだから師匠らしいことも、家の提供以外で、一つや二つするべきだろう。
彼らは魔術を学びたいと言っていた。勿論両方魔術師だ。
「どうしようかな」
呟いてみる。それから腕を組んで、長々と瞬きをした。
ここは一発、僕の使っている魔術は、呪文と魔法陣を元にしているので(この仕様は全魔術師共通だ)、それらを図解してみようか。図を描くための魔術でまずポイントを消費するし、魔術自体を書き写す作業というのもポイントを使うらしい。うん、そうしよう。
そこで僕は、≪反重力魔術≫と≪範囲攻撃≫について、二つの図を作った。
魔術ウィンドウに表示させる形式だ。
思いの外この作業には時間がかかり、すぐに夜がやってきた。我に返ったのはやはり、扉をノックされたからだった。
「夕食はどうする?」
レグルスに言われて、僕は思わず頬をゆるませた。
「ごちそうになりたい」
「そうか。準備はしてある」
こうして、僕は初めて、二人と共に食事をすることになった。
しかし席についてハッとした。僕は生粋の引きこもりだったため、会話スキルがないのだ。そして会話スキルは、魔術ではどうにもならない。では、環と話していた時のようにへらへらしてみようか。いいやそれは無理だ。この二人とは暫く一緒にいることになるわけで、常時明るくしているなんて疲れてしまう。
だがその不安はすぐに消えた。
「美味いだろ?」
自信たっぷりに唇で弧を描き、レグルスが声にも笑みを含ませた。
「ちょっとしょっぱいな」
「黙って食えよ」
ジャックとレグルスが自然に会話を始めたのだ。心底ホッとしてしまった。
僕は唐揚げを食べながら、その肉汁に舌鼓を打つ。本当に美味しい。
そして驚くほど綺麗になったダイニングを一瞥した。まるでモデルハウスのようにピカピカだ。しかしこの斜塔、無駄に大きく広いのだ。その全てがゴミで埋まっているに等しかったので、まだまだ掃除は終わらないだろうと思う。
「おいチェシャ猫」
「え、あ……な、何?」
その時レグルスが僕を見た。本当に睫が長い。睫まで銀色だ。ちょっとこの造形美はすごい。綺麗すぎるのだが、それ特有の威圧感のようなものは、人好きのする笑顔のおかげで全くない。
「嫌いな食べ物は?」
「あ……ニンジン? キュウリも」
「子供か」
呆れたようにレグルスが言うと、隣で吹き出すようにジャックが微笑した。こちらはちょっと見惚れるようなニヤリとした笑みをその後浮かべた。攻め様……! 僕はここまで生BLを意識したのは初めてかも知れない。獰猛な肉食獣のような瞳というのを初めて見知った気分だ。色気が溢れ出している。だだ漏れだ。是非とも生徒会長をやって欲しい。
あ、でも、苦労性生徒会長受けもありだな……。
「それにしても昨日から熱心に何をしていたんだ。立ち入り禁止なんだろう、あの部屋」
気を抜いていた時、核心に触れるような声が放たれた者だから、僕の体は強張った。
そこで僕は思いついた。
「あの部屋では魔術の研究をしているんだ。極秘資料があるから立ち入り禁止なんだよ。そうだ、二人向けに資料を作ったから、後で渡すね」
うん、これ、上手い言い逃れだろう。
――少なくともこの時はそう思ったのだ。
さて食後、昨日は夜更かししてしまったため、本日は早く眠ることにした。朝も早かったからね。お風呂に入ってから、寝台の上に体を投げ出して、布団を抱き枕のようにする。視界の端の手紙のアイコンが光ったのはその時のことだった。チャットだ。
指先で触れると、三月からだった。
『起きていましたか?』
「うん」
今では口頭で発言しても、勝手に文字化して流れるように仕様を変更してある。
『昨日は疲れていると思い連絡は控えました。ゆっくり休めましたか?』
「ま、まぁね」
そうだよ。すっかり過去のことである気分になっていたが、僕がBLサーバーを防衛したのはつい昨日のことだったのだ。しかもすっかりうち解けているが、少し前まで弟子たち二人は敵だったのだ。
『貴方に限ってまさか無いとは思いますが、あの二人に懐柔されたりはしていないでしょうね?』
「ないない」
『それでこそ私の友人です。元気そうで何よりです。それでは、また、マッドティパーティで』
三月はそう言うとチャットを打ち切った。僕は、ベッドサイドのテーブルに置いてある分厚い本を何とはなしに見る。確かにここにいれば、コミュ力はつきそうだ。少なくとも僕にはついている。
そんなことを考えている打ちに、僕はまどろみ、睡魔に飲まれたのだった。
そして。
「あ」
翌朝、顔を洗ってから、まっすぐにパソコン部屋(仮称)へと向かい硬直した。
僕の椅子に座って、じっとジャックが画面をのぞき込んでいた。立っているレグルスも中腰でそれをのぞき込んでいる。
「あああああああああ! な、なんで!!」
「……魔術の研究資料があると聞いていてもたってもいられなくてな」
ジャックが抑揚のない声で言った。画面を見たままである。
レグルスは猫のように目を細めていた。
みられた。み・ら・れ・た! 硬直しながらも、僕は画面を一瞥した。
そこに映し出されていたのは、僕が書きかけていた連載ものの続きであるファンタジーBL小説だった。うあ、終わった。ばれた。いや、僕がBL書きだと言うことはばれていたわけだが……。我ながら血の気が引いていくのが分かる。
二人とも僕の方をいっさい見ず、魔術ウィンドウを注視している。いたたまれない。いたたまれないよ……。僕はBLを書くことは決して恥ずかしいことだとは思っていない。だがそれとは別のベクトルで、自分の創作物をこのような形で見られることには、羞恥が募ってくるのだ。
「チェシャ猫」
「は、はい……」
レグルスがようやく僕を見た。片目だけ細めている。両手を腰に当て、僕をじっと見ていた。な、何を言われるのだろうか……。
「BLサーバーの管理をしていたのは、一番規模が小さく防衛しやすいからだよな?」
「――へ? いや、ただ僕は作品を読めなくなったり、帰れなくなるのが嫌で」
「そうか」
彼は頷くと、片側の口角を持ち上げて、スッと目を細めて笑った。ニヤニヤと僕を見て笑いを噛み殺しているが、噛み殺せていない。
すると今度は、机に片肘をつき、手で顎に触れながら、ジャックが視線だけで振り返った。
「今も更新用の小説を書いているのは、ポイント獲得のためか? これ以上ポイントを取得してどうするつもりだ」
「え? いや、滾る萌えを形にしたくて……か、書かずにはいられなくて。あ、いや、いや、えっと、えっと、そ、そうだよ! ポイントが欲しいからだよ! それに管理していたのも、BLなら防衛できると思ったからだよ!」
「今更弁明しても遅いんだよ」
呆れたようにジャックが笑った。
それからレグルスとジャックは顔を見合わせた。僕は二人から今後どんな言葉が来るのか怖くて震えた。がっつりと性描写も入っている。み、見られてしまった……嗚呼。
「で、この王道学園っていうのはなんなんだ?」
ジャックがニヤリと笑いながら僕に言った。
「かけ算の右と左はどう違うんだ?」
レグルスが素朴な疑問だという風に首を傾げる。
あああ、穴があったら入りたい。
「教えてくれよ師匠」
「俺、知りたいなー」
「くっ」
僕は自分でも自覚できるほど、真っ赤になってしまった自信がある。
しかし、しかしだ。
――そうだよ。何も恥ずべき事など無いではないか……! 僕は拳を握りしめた。
「いい? 王道学園ていうのは、俺様生徒会長と腹黒微笑副会長とチャラ男会計と寡黙ワンコ書記と役職は作品に寄るけど双子がいるキラキラした生徒会があるんだ。このメンバーは大金持ちなんだけど、みんな族なんだよ。メンバーは抱きたい・抱かれたいランキングなどの人気投票上位者だ」
「「……」」
僕は恥など捨てた。無言になった二人の前で力説する。
「大体が中高一貫の男子校で、山間部にある全寮制の学園だ。そこへ編入生がやってくる。この編入生は理事長の甥であることが多い。もしくは家族である腐女子などに、生BLウォッチングのために送り込まれるか、家族が海外赴任して独りになった子なんだ。大抵の場合、対抗する族か、族つぶしだ」
「「……」」
「そして学園の人気者達の心をわしづかみにしていく。その結果、学園の人気者には親衛隊がいるんだけど、その親衛隊から制裁を受けるんだ。イジメに耐え抜き、学園の人気者全員と仲良くなるのが総受けだ。勿論固定カプもある。それが生徒会長×王道編入生などだよ。このかけ算だけど、左側が攻め、右側が受けだ。直球で言うなら、つっこむ方が左、つっこまれる方が右だ」
「「……」」
「さてここで、非王道というものが存在する。まだ君たちには難易度が高いだろうから、後々説明するよ! さぁ! 復唱して! こ、これは師匠命令だ!」
僕が一気に言い切ると、二人が顔を見合わせた。
それから僕の命令は無視して、二人は画面に視線を戻した。なんでだよ!
「と、兎に角! もう見るのは止めて!」
「どうしてだ?」
ジャックはそう言うと、視線を動かす。文字列を追いかけているのが分かる。
レグルスも頷いている。
「面白いぞ、結構これ」
「……――え?」
「ああ、面白いな」
二人にそう言われて、僕は硬直した。お、面白い……? それは僕がいつも求めてやまない感想だ。ポカンとしていると、レグルスが呟いた。
「俺様生徒会長、腹黒副会長、チャラ男会計、寡黙書記、双子、は覚えた」
「族なんだろ? 全寮制の男子校に通ってるんだったか?」
ジャックにも言われた。僕の心臓は煩いほどに高鳴っている。ドキドキドキと言うし、冷や汗が止まってくれない。しかしこれは……もしや二人は、BLに耐性があるのだろうか……? 免疫がある……?
「ひ、ひかないの……?」
「腐女子の友達くらいいるぞ」
おそるおそる聞いた僕に対して、ジャックが間髪入れずに帰してきた。
レグルスも同意するように頷く。
「俺もいるな。ひきこもりっていってもスカイプとかで常に連絡取ってたし」
思ったよりも寛大な二人に安堵の息を吐く。その時ジャックがニヤリと笑った。
「まぁ腐男子を見たのは初めてだけどな」
「本当に生息してるんだな」
そう言ってからレグルスも微笑を浮かべた。
二人の笑みが、怖かった。