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こうして僕は、生粋の腐男子だとばれてしまった……。嗚呼、頭痛がする。胃痛もする。僕は精神的に弱いのだ。吐きそうだ。こういう時は文章を書くことに逃避するのが一番だ。
と言うことで僕は、掃除に向かった二人を見送り、パソコンの前に座った。
今日は何を書こう……。
なんだか思いの外ダメージが大きい。ああ、やるせない!
ただちょっと嬉しかったのは、二人が僕を(少なくとも表面上は)馬鹿にしなかったことだ。そこは同じ作者、気持ちを察してくれたのかも知れない。
それにしてもこういう時は、異世界トリップものなどを書いて、現実逃避をするのが一番だ(実際に異世界にいるわけだけど……)。
異世界か。魔王ものでも書こうかな。魔王×勇者にするか、勇者×魔王にするか。まずはそこからだ。陵辱パターンも美味しいが、いちゃらぶも良い。良きかな良きかな。うーん、今回は魔王受けにしよう。と言うことで僕は書き始めた。すると十二時過ぎに、扉がノックされた。

「おい飯ー」
「今ちょっと取り込んでるんだ」

集中していた僕は、レグルスに対して生返事を介した。すると歩み寄ってきたレグルスに、ローブの首元を引っ張られた。地味に苦しい。

「よく集中力が続くな。そこは素直に尊敬する。けどな、ちゃんと食え。体に悪いだろ」
「でも、もうちょっと――」
「駄目だ」
「な、なんで」
「心配してるんだよ」

レグルスはそう言うと、僕を無理矢理立たせた。そして引きずるようにしてダイニングへと向かった。そこには煌めいてみえるオムライスがあった。オ、オムライス……! 王道くん……!

「なんだよ。そんなにうっとりして」

ジャックがサラダを運びながら首を捻ってきた。僕はその時には力説していた。

「いい? 朝話した王道学園の編入生は、大抵の場合、学食でオムライスを頼むんだ。そこへ生徒会長がやってくる。そして気に入ったと言ってキスするんだ。ちなみにファーストキスは、校門の所で、副会長と。腹黒……作り笑いを見抜いて、自然体で良いんだと告げるんだ。その時副会長は心の闇が軽くなって惚れ込むんだよ。なおこの時王道くんは、学園への入り方が分からなくて門をよじ登るんだ。後ね、非王道だと顕著なんだけど、キスされたことに怒って、噴水などのオブジェを壊すんだよ」
「ほ、ほう」

ジャックが席に着きながら頷いた。レグルスは飲み物の用意をしている。

「それから副会長に理事長室まで案内されて、叔父と甥の感動の再会。この時金髪碧眼の麗しい編入生は、もてすぎて襲われることを懸念されて、マリモのようなカツラと、牛乳瓶の底のような眼鏡を渡される。それで変装するパターンが王道だ。ただし変装する理由は、敵対していた族や族つぶしだったことがばれないようにする、と言う場合もある」
「いただきます」

レグルスの声で僕は我に返った。一人で熱くなってしまった。一気に羞恥が募ってきて俯く。それからスプーンで卵を掬った。そうしながら本日は体調不良だと言うことを思い出した。だけどこのオムライスは非常に食べやすかった。ホワイトソースとデミグラスソースが半分ずつかかっている。ちょっと胃には優しくないかも知れないが、味は絶品だ。レグルスは本当に料理がうまい。いつのまにか料理までしてくれることになっている……。なんだか若干申し訳ない。

「それにしてもBLの話しをしている時は、本当に生き生きとしているな」
「なー。とてもとても、俺達をあっさり撃退した奴と同一人物だとは思えない」
「い、いいだろ、別に……」
「悪いなんて言ってないだろ」
「ジャックの言うとおりだ。はまるものって誰にでもあるからな」

そんなやりとりをしながら昼食を過ごす。
なんだか無駄に落ち着いた。この二人……悪い人たちではない気がする。

昼食後。僕は今日は何にポイントを使おうか思案した。そして気づいた。あ。今日は環の所を受診する日だ。

「ちょっと出かけてくるよ。くれぐれも、パソコンには近寄らないでね」

ビシッとそう宣言して、僕は外出した。
≪空間転移魔術≫で診療所の真正面に移動する。深呼吸してから、僕は扉を開けた。

「おはよーございまーす」

明るいノリを心がける。そうしていたら、出てきた環が半眼になった。

「お前、チェシャ猫だったんだな」
「は、はは……」
「その無駄な明るさを撤去しろ。自然体で良い」
「はい」

やはり僕の力量では、ノリだと見破られた。
溜息をつきつつ、白衣って本当に萌えるよなと考えながら、中へと入る。
すると環が紅茶を出現させた。黒く長いソファの中央に座り、有難く頂く。

「それにしてもこの前は怪我が無くて良かった。心配したんだぞ」
「あ、有難う」

なんだか最近僕は心配ばかりされている気がした。なんだか迷惑をかけている気がして悪いなと思う反面、少し嬉しい。これまでの三年間は、僕を心配してくれる人など誰もいなかったのだから。風邪を引いても一人だった。強いて言うならば、週に一回来て貰っていたハウスキーパーの人くらいだ。話しをした相手は。あのおばさんのおかげで、僕のマンションは綺麗だったのだ。本当に感謝している。いきなりいなくなった僕のことどう思っているんだろう……。

「礼を言うのは俺の方だ。お前がいなかったら、現実に帰るという望みが絶たれていたかも知れない」
「そんな、大げさだよ」

本当は僕だってヒヤヒヤだったのだが、それは言わないことにする。これ以上心配をさせたくはない。

「少し、顔色が悪いな」
「え?」

環が立ち上がって僕に歩み寄ってきた。そして僕の両頬に手を当てると、こつんと額に額を押しつけた。え。

「熱はないな」

た、他意はないよね。え。こ、これ、まさかフラグじゃないよね? 僕は焦りに焦った。誰かにこんな風にされた経験など人生で一度もないのだから。呆気にとられて、環の緑色の綺麗な瞳を見る。吸い込まれそうになった。頬に触れる指先の温度に、心臓が煩く啼く。いや、僕はノーマルだから、ちょ、ちょっとこういうのは。

「お前って本当に綺麗な顔をしているよな」
「た、え……環こそ……」
「ジャバウォックとエクエスを弟子にしたんだってな」
「うん」
「気をつけろよ」

そう言うと環が僕から離れた。未だに鼓動が煩い。半ば呆然としている僕に、環が白い紙袋を渡してきた。今週の分のお薬だ。お礼を告げて受け取り、僕は立ち上がった。

「帰るね」
「ああ。気をつけて帰れよ」

ひらひらと手を振られ、僕は外へと出た。うあああ、吃驚した。まったく心臓に悪い。だが環にとってはああいうのは自然なことなのかも知れない。うん、きっとそうに違いない。それにしても心臓に悪かった。

しかし帰宅すると、もっと心臓に悪いことがあった。

「ちょ、何で見てるんだよ――!!」

僕のパソコンの前で、今度は椅子まで用意して、レグルスとジャックが小説を読みふけっていた。いっきに頬が熱くなる。

「や、止めて、すぐに止めて!!」
「なぁ、おい。アンチ王道と非王道はどう違うんだ?」

ジャックに言われて僕は硬直した。するとレグルスが続ける。

「風紀委員会の定義がいまいち俺は分からない」

思わず薬の入ったビニール袋を取り落として、僕は両手で顔を覆った。どうしてこうなった。あんなに、あんなに入らないようにって頼んだというのに。それでも僕は、二人にそれぞれの疑問を解消するべく答えた。我ながら呟くような細い声音だったと思う。

「なるほどな。俺はちなみに、生徒会長は受けの方が好みだ」
「へ?」
「俺はチャラ男会計受けが良い。正義だな」
「な」

ジャックが、ジャックが、生徒会長受けと言った。
レ、レグルスが、チャラ男会計受けと言った。
な、なんだと……?
この二人。侮れない。飲み込みが早すぎる。って違う、そう言う問題じゃない。

「いや、会計は攻めだろ。会計×生徒会長だろ、ここは」
「はぁ? 風紀委員長×チャラ男がいいんだよ。分かってねぇな」

眼前で口論を始めた二人を、僕は呆気にとられてみていた。え、え? ど、どういう状況だ。暫く無言で見守っていると、二人がそろって僕を見た。

「「師匠」」
「ひゃいッ!?」

焦って思いっきり僕は舌を噛んだ。

「「どっちが良いと思う?」」

その声に、瞠目した。どっちが、だと? わ、分かってない。二人とも分かっていない。

「いい? 書き手の数だけ、そして読み手の数だけ萌えは存在するんだ。だからどちらも正義なんだよ! ちなみに僕のイチオシは、風紀委員長受けだ!」
「いや言わせてもらうけどな、師匠。風紀委員長は攻めだ」
「レグルス、師匠に口答えすんなよ。負けず嫌いが」
「うるせぇジャック」

こうしてその場で、非王道カプ談義が始まり、それは夕食時まで続いたのだった。