<10>
夕食はお魚のソテーだった。僕は箸を動かしながら、ちらりと二人を見る。
そして意を決して聞いてみることにした。
「二人はその……BLに理解があるの……?」
声が僅かに震えてしまった。すると二人がそろって顔を上げた。
「恋愛感情には性別は関係ないだろ。元々俺は恋愛サイドの人間だ」
「それにBLはある種のファンタジーだろ。俺はファンタジー書きだぞ」
恋愛と強く言ったジャックと、半眼でファンタジーは良いんだよと呟いているレグルス。
二人の姿に、なんだか僕は救われた。
それから一週間。僕の家は大層綺麗になった。あんなにゴミ屋敷だったのが嘘のようだ。
その間僕は、やはり一応師匠なのだからと、魔術の図表を作ってポイントを消費した。夕食の時に、二人にはそれを読み取る小さな魔石を渡している。
それ以外の時間は、基本的に小説を書いて過ごしていた。
だが活動報告は、まだ書けないでいる。やはりなんと書いて良いのか分からないからだ。
そうして気がついてみたら――……。
「いやだから、どう考えても魔王攻めだろうが!」
「あぁ? 何言ってんだよジャック。勇者が攻めるに決まってんだろ。生まれ持った聖剣でな!」
二人は驚くほど呼吸するように、カップリング抗争をするようになっていた……。
なんだか複雑な気分だ。そして僕のことを、師匠師匠と慕ってくれるようになった。何の師匠だよ……。ただ、改めて考えてみると、そもそも僕は攻撃魔術などは極力使いたくないのだ。ならばこのまま平和に、BL道の師匠になるというのはどうだろうか。勿論師匠といえるほど僕に知識があるわけでも技術があるわけでもない。けれど先達として、まだまだ少しくらいは教えられる。寧ろ僕に教えられることは、BL道だけかもしれない。
「二人ともちょっと良いかな」
僕は決意したので、昼食の席で二人に切り出すことにした。
「今日からは、BL道を叩き込むから覚悟してもらえるかな」
すると二人が顔を見合わせた。それから神妙な顔でこちらを向き、そろって大きく頷いた。
よし、師匠として僕も頑張ろう。
「まず、一日一課題について討論してもらう。今日の課題は、『幼なじみ萌え』だ」
「「幼なじみ萌え……」」
「最初にしては難易度が高いかも知れないけど、よく考えてみて。じゃあ僕は、環の所に行ってくるよ」
そう言って僕が立ち上がると、ジャックが不意に呟いた。
「環ってハンプティ・ダンプティだろ?」
「え? うん」
「――ハンプティ・ダンプティ×チェシャ猫?」
しかし続いたレグルスの声に、僕はガタンと音を立てて机を叩いた。
「僕、は、ノーマル! 生BL妄想をするのは自由だけど、僕で妄想するのは禁止だ! 禁止だから!」
憤懣やるかたないとはこういう状態だと思う。全く。しかも当然のごとく受けにされた。溜息をついてから、僕は外へと出た。そう言えば先週はフラグが立ってしまったかも知れないと思って焦ったんだったな……本当洒落にならない。
そんなことを考えながら、紫陽花が咲き乱れる道を歩く。今日はなんだか少し歩きたい気分だったのだ。すると。遠目に白いお城がみえた。あれは、三月の【ホーム】だ。何でも現在は、ヨミセン代表の時計兎(PN、央様)と暮らしているのだという。確かこれまでいっさい他者の作品を読んでこなかった三月が、弟子になったのだ。【既読スイッチ】を手に入れるためだと語っていたが、現在では楽しく読みふけっているとチャットで聞いた。三月と僕は、三日に一度くらいはチャットで話しをしているのだ。今度、時計兎のこともマッドティパーティに呼ぶと言っていた。だからその内会えるだろう。
弟子、弟子か。
僕にも二人の弟子が出来たわけだけれど、ちなみに外見では僕が一番幼い。
十八歳くらいの容姿だからだ。中身は二十八だけど。ジャックは二十代後半、レグルスは二十代前半だろう外見をしている。まぁこの世界では、現実とは違う容姿にポイントさえあれば出来るから、実年齢は知らないが。
ちなみに、僕は三月情報で二つ驚いたことがある。
なんでもジャックとヤマネさんと時計兎は、大学の同級生で、全員が文芸部だったらしいのだ。卒業後それぞれ引きこもりになったらしい。僕達よりも年上らしいと聞いた。
寧ろ例えば、僕がジャックの弟子になる方が、年齢的には適切なのかも知れない。
もう一つは、三月と環が同じ歳の従兄弟だそうなのだ。この二人は二十八歳だと言っていた。僕と本当に同じ歳だったのだ。
そんなことを考えながら暫く歩き、それから≪空間転移魔術≫を使用した。
「なんだ、今日は機嫌が悪そうだな」
診療所にはいると、紅茶を出現させながら環が僕を見た。
「ちょっとね」
「まぁ俺はそう言う表情豊かなお前を見られるのは嬉しいけどな」
「っ」
環の言葉は甘い。甘いだろう。砂を吐くというのはこういう気持ちなんだろうな!
しかしフラグなどそうそう男同士で立つはずはないのだから、これは僕の自意識過剰なのだろうと思う。きっと環は、天然タラシなのだ。そうに違いない。
「それにしてもお前のランキングは、もう不動の二位だな」
「え?」
「アリスのランキングだよ。二位タイが帽子屋。四位が俺とヤマネ。六位が時計兎、七位タイでジャバウォックとエクエス」
最近ではすっかり、ランキングから離れていたなと僕は思った。
昔は日間にしろ、なんにしろ、ランキングを見るのは楽しくて仕方がなかったのだが。
ランキングと言えば、抱きたい・抱かれたいランキングを彷彿とさせる。腐腐腐。
それにしてもとふと思う。僕はまだ帽子屋には会ったことがないのだ。
「帽子屋ってどんな人?」
「笑顔で腹黒い」
暗黒微笑ktkrと脳内で妄想して僕は一人盛り上がりそうになった。しかし自制する。腐とは基本的には秘めたるものなのだ。弟子達にはガンガン露見しているが……。
だってあの二人は、今ではそれぞれ自室に魔術ウィンドウとキーボードを用意し、そちらで僕の小説を読んでいるのだ。タイトルからPNを特定されてばれたのである。
「未だにネームス同士の対戦は、お前達の例しかないからな。圧勝したお前の順位が高いのは分かる。三月の場合は、≪S級クエスト≫の攻略数が根拠なんだろうな。開示しているから。お前は個人で攻略はしていないのか?」
「たまにするけど」
「それを公開したら、お前も一位タイになるかもしれないぞ」
「興味がないよ」
「俺はお前のそう言うストイックなところも好きだ」
またタラシ発言が来た。どうしてこんなにさらりと言えるのだろうか。
だが、そういえば、と考えた。最近は、一人でクエストに全然臨んでいない。大体どんな者であるか分かって飽きた(!)という事もあるが、ポイント消費を考えると、クエストに臨む方が効率的だ。
もう掃除は終わったみたいだし、弟子二人にはBL道の課題を出して、そろそろ僕は以前の通りにクエストに行こうかな。
「今週の分の薬だ」
「有難う」
環の声で我に返ってから、僕は立ち上がった。
「そろそろ帰る」
「ああ。またな」
微笑した環に頷いて、僕は診療所を後にした。
帰宅すると、ジャックとレグルスが待ちかまえていた。
「「師匠!」
「どうしたの? 何かあった?」
魔物が出たとか。嫌な想像をしてしまう。僕は変なところでネガティブだ。この二人は仲間(?)になったとはいえ、まだまだ敵は大勢いると考えられる。敵襲かも知れない。今ではヤマネさんも何か対策を練っているかも知れないが、BLサーバーが落ちる恐怖は消えない。あの後、恋愛サーバーとFTサーバーの再構築(魔導石の修繕)は大変だったらしいと三月に聞いたからだ。そんな心配をするほどに二人の表情は真剣だったのだ。
「俺はどうしようもない独占欲を感じた後に恋心に気づくのが良いと思うんだ」
「っ、だからなジャック。絶対誰かに取られそうになって焦って気づく方が良い」
「結局それは独占欲だろうが」
「違うんだよ。分かってねぇな」
二人の声に、僕は、自分が出した課題を思い出して、生暖かい気持ちになった。
なるほど……。二人は真剣に『幼なじみ萌え』について考えていたのだろうな。
平和だ。実に平和だ。
「よし、聞こう」
こうして夕食を囲み、僕は二人のそれぞれの見解を聞いた。共通点もあったが、話し始めてみれば全然方向性が違った(それが面白かった)。僕にとっての幼なじみ萌えは、『特別感』と『唯一無二』と『絆』だ。うん。関係性萌えっていいよなぁ。
「――ということで、今回の課題の評価は?」
「俺は幼なじみ萌えはそれほど萌えなかったけど、真剣に考えたぞ」
なるほどレグルスには、幼なじみ萌え属性はないのか。
心の中でメモしてから、僕は両頬を持ち上げた。実に素晴らしかった。
「とても良い考察だと思う。次の課題は、『モブ姦』だ」
「「へ?」」
「これはかなり難易度が高い。君たちにはまだ無理かな?」
「や、やってやる……!」
「ファンタジーサイドの俺に想像できないことは何もない!」
我ながらちょっと生々しくコアな課題で、今度こそ惹かれるのを覚悟していたのだが、あっさりと二人は受け入れた。すごい。彼らは腐男子道を邁進している……!
しかしレグルス……ファンタジーの定義が広すぎるだろう。
あ。僕もそろそろファンタジーも更新しないとな。一応月一更新しているのである。全盛期は毎日更新していたのだが。もうそんな時期かと思いながら、僕はお味噌汁のお椀を手にする。それにしても美味しい。
ちなみに服も、僕はこれまで都度都度買っていたのだが、ジャックが選択してくれてアイロンまでかけてくれるおかげで良い感じだ。
この二人には本当に感謝だなと思った一日だった。