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それにしてもクエスト、クエストかぁ。やはりどうせ行くのであればS級がいい。
何故わざわざ難易度が高いところに行くのかというと、理由は二つある。
一つ目は、それこそ攻略時に沢山のポイントを消費するため、パソコンでの作業時間が延びることだ(その日だけだけど)。
二つ目は、クリア報酬でもポイントがもらえるのだ。+分は消費分とは別に計算されるから、使用できるようになる。なお攻略したと公開しないとポイントは使えない。これが三月が不動の一位たる所以だ。僕は非公開だらけだ。あまり目立ちたくないのと、何かあった時に使えるポイントを残しておきたいのだ。
魔術ウィンドウを宙に開き、分厚い本を傍らに置いて、地図を表示させる。
このピーチティ王国は、思いの外広い。
その各地にダンジョンが存在し、S級クエストはそこのBOSSを倒す場合が圧倒的に多い。
「実際に見て決めようかな」
クエスト内容は、”酒場”に行かなければ見ることが出来ない。呟いてから、僕は指で唇を撫でた。うーん。どちらにしろ今日はもう遅いから、行くのは明日だ。
僕は寝台にうつぶせになり、バタバタと足を動かした。そんなことより、新しいネタでも考えようかな。新連載でもしようか。それにしても未だに活動報告が書けない。恐らく僕は、異世界に転移していないと思われている気がする。それはそうと茜さんと汀さんに会ってみたいな……会う勇気がないけれど。やっぱり直接萌え談義出来るのは良い。そう考えて、弟子二人のことを思い出した。今ではあの二人は仲間だと言って差し支えないだろう。しかし『モブ姦』か。我ながら難問を出してしまったな。やっぱりモブ(出来れば複数)×美形がいいかなぁ。そんなことを考えている打ちに僕は寝た。
ちなみに僕は低血圧の上、大変寝穢い。
「おーい、朝だぞー」
だから朝は起こさず心底眠らせておいて欲しい。
「起きろ」
ああ、ジャックとレグルスの声がする。正直煩い。昨日まで起こさなかったじゃないか。
何事だ。
「「起きろ!」」
毛布をはがされそうになり、慌てて僕はしがみついた。眠い。眠いと執筆が遅くなるから嫌なのに。
「ん……」
「そんな色っぽい声出してると、チュウするぞ」
そうジャックに言われた瞬間だった。額に柔らかい感触がした。な。僕は一気に覚醒した。ポカンとして目を開けると、してやったり顔で笑っているジャックの顔が真正面にあった。な、なんだと……?
呆然としていると、ジャックが吐息混じりに笑い、体を離した。え。
慌てて起きあがると、今度は頬にレグルスにキスされた。は?
「消毒」
ちょ、ちょっと待て。
「「こういうシチュ萌えるよな?」」
その言葉に、僕は思わず体を震わせた。そして叫んだ。
「師匠をからかうな――!!」
二人は悪戯が成功したような顔で腹を抱えて笑い始めた。冗談じゃない。
「僕、は、ノーマル! やめろ――!!」
一人怒っていると、ジャックが洗濯した服を僕に投げてきた。
それを憮然としながら受け取ると、レグルスが腕を組んだ。
「昨日一晩モブ姦について考えたぞ」
「考えすぎて俺なんて眠れなかった。ん、脱がせてやろうか?」
「いるか――!! 出て行け――!!」
「「そんなことより『モブ姦』だ」」
「っ」
「さっさと着替えろ」
「ジャック、本当に手伝ってやれば? あ、食事は出来てるからな」
「と・に・か・く! 出て行って!」
こうして朝から人をからかってきた(くそっ、くそっ)馬鹿弟子二人を追い出し、僕は着替えた。なんと言うことだ。これが僕でさえなければ確かにちょっとご馳走様かも知れないが、僕が相手じゃ萌えないんだよ!
怒りが収まらないままダイニングへと向かう。本日は厚切りベーコンを焼いたものだった。
ふわふわの卵もある。
悔しいことに美味しそうで、ちょっとだけ冷静になってきた。
「それで? 聞こう。聞こうじゃないか」
スープを手に取りながら僕が言うと、二人が意気揚々と朝っぱらからモブ姦について語り始めた。とても食事をとりながらする話題ではない。このわかめスープは美味しい。
「――というのはどうだ?」
ジャックが語り終えた。すると珍しく隣でレグルスも頷いた。
「俺も同じ見解だ。ただ一つ付け加えるとすれば――」
なるほど。時にはこの二人の萌えが一致することもあるのか。萌えって一致すると本当に楽しいのだ。目の前で、そうそう、とか言い合いながら盛り上がり始めた二人を一瞥しながら、僕は朝食を取った。勿論しっかりと聞きながらだ。僕の耳に萌えをスルーするスキルは存在しない。それにしても改めてみるとシュールだ。イケメン二人がBLのそこそこコアな談義を繰り広げている。萌ゆる! 僕はあまり生BL属性はないというのは本当だが、この二人ならばやっぱりありかも知れない。俺様オカン(ジャック)×強気か。強引×苦労性か。体格が良いのはジャックだし、見た目的に総攻めっぽいが、そう言うキャラが受けというのも僕は結構好きだ。一方のレグルスはと言えば、本当に両刀と言った感じだ。
「所で師匠」
ひとしきり語り終えたところで、ジャックが真剣な眼差しで僕を見た。改まって何だろうか。嫌な予感がする(僕は小心者なのだ)。
「次の課題はなんだ?」
しかし続いた声に一気に脱力した。レグルスがそんな僕を一瞥しながら笑う。
「新しいジャンルに開眼していくって気分が良いよな。ただ俺は固定CPがいいけどな」
「俺は断然総受けだな」
「そう。ええと、次はね――……『獣人萌え』かな」
うむ。これは決して避けては通れぬ道だろう。
「「人外!?」」
「まぁそうとも言えるし、耳や尻尾がついているだけの場合もあれば、ちょっとした外国の人扱いのこともあるね。近くて遠いのが奴隷。奴隷もちょっとだけ差別化を図るために奴隷設定のことがある。ああでもね、奴隷は奴隷チーレムが存在するから定義が難しいんだよね」
「なるほど。まぁな、種族が違えども恋は恋だ。あ、ここが萌えポイントだな。恋愛サイドの俺に隙は無い」
「馬鹿な事を言うな。獣といえば、ファンタジーだろうが。俺の得意中の得意な分野だ。ちなみに師匠、獣姿――人型を取らないものもありか? それともそれは、獣姦扱いか?」
「確かに萌えポイントだね。それと獣姦についても考えてみると良いよ。自主性を僕は尊重する」
そんなやりとりをして朝食を終えた。しかし獣姦か。レグルスやりおるな。だがまだ甘い。一方が人間でなければそれは成立しないかも知れない。獣人×獣人も十分に美味しいのだ。
さて、今日はS級クエストに行くんだった。朝からパソコンの前に向かわないのは久しぶりだ。ここのところは書いてばかりだったから。これでBOSSが格好いいか可愛いかすれば、もっとやる気が出るのにな。あ、けど、そうなったら倒せないかも。
その後僕は≪空間転移魔術≫を使用して、酒場に寄ってからダンジョンへと向かった。
黴臭い匂いがする。
壁を触ってみたら、若干湿っていた。全体的に青白い光で満たされている。魔法陣が所々に刻まれていた。外から見た感じだと五階建てだが、酒場なんて三階建てにみえるのに五階まである以上、入ってみなければ正確には分からない。
珍しい地上型のダンジョンだ。僕も踏破経験は少ない。ダンジョンは圧倒的に洞窟型と地下型が多いからだ。そんなことを考えながら、一階には魔物がいないことを≪探索魔術≫で確認する。このパターンだと、罠系が圧倒的に多いと経験が言う。しかし僕は、床の少し上に空気の絨毯を作り出して歩いているので、これと言って問題はない。それからそのまま無事に、BOSSがいるとおぼしき十階へと到達した。歩き疲れた。帰ったらちょっと休んでから書こう。
「ん」
扉を開けて僕は首を傾げた。なんとBOSSがいなかったのだ。え。ここはもしやダンジョンではなかったのだろうか? 慌てて振り返ると――扉が独りでに閉まっていた。押したり引いたり横に引っ張ったりしてみたが、全くあかない。閉じこめられた?
もう一度正面へと視線を戻すと、今度はそこに、黒い立方体が浮かんでいた。なんだこれ。こんなものは見たことがないが、魔導石のように思える。とりあえず触ってみようか。それとも壊してみようか。悩むところだ。まぁBOSSだとすれば、壊すべきだろう。しばし悩んだ末、そう決意して僕は杖を振りかぶり、斜めに振り下ろした。衝撃波が生まれ、立方体はパリンと割れた――と、思った瞬間、硝子のような破片が僕に向かって全部飛んできた。慌てて防御するが、いくつかが肩に突き刺さった。痛い。血が流れるのが分かった。ただまぁ僕達は今不老不死らしいからさして問題はないか。恐らくこの前の戦闘終了後にジャックがすぐに動けるようになったのもそれが理由だと思う。ただ痛いのは問題だ。とりあえず突き刺さっている分だけ、風の魔術で取り去る。すると傷口から血が出た。ひどい。痛い。いやだなこれ。しかし変わったBOSSだ。こんなの避けられないじゃないか。流石はS級だ。あなどれない。と、僕は自分の無力を棚に上げて、敵の強さを賞賛した。嗚呼疲れた、早く帰りたい。僕は止血もそこそこに、転移した。
すると弟子二人が待ちかまえていた。先に口を開いたのはレグルスだった。
「おい、獣人萌えだけ……――師匠!」
「大丈夫か、なんだその傷は!?」
ジャックが険しい表情に変わり、僕の腕を引っ張った。痛いので止めて欲しい。
「ちょっと失敗しちゃって、ははは」
二人の剣幕に、思わず顔を背ける。するとジャックに怒鳴られた。
「あのな、危ないまねをするな! いくらお前が強かろうとも、クエストは一人でやるものじゃないんだ!」
「け、けど三月だってやってるし」
「すぐに手当てしてやるから」
レグルスはそう言うと、杖を出現させた。それを彼が振ると、光の粉が舞い降りてきた。
「あ、痛くない……! すごい!」
「治癒魔術だ」
なるほど。レグルスがいたからこの前ジャックもすぐに掃除が出来たのだろう。
「ありがとう」
僕が感謝すると、二人が目を細めて顔を見合わせた。それからそろって僕を見る。
「次からは俺も行く」
「あー、俺も。そもそも三月は、治癒が使えるから一人でも大丈夫なんだろ。普通に治癒能力無しで行くとか、頭おかしい」
「ははは」
笑ってとりあえず誤魔化した。僕は一人の方が集中できるので、何とも言えない。まぁ三月と一緒に攻略するのも嫌いじゃないけれど。それから僕達はダイニングに移動し、獣人萌えについて語り合いながら食事をしたのだった。