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だけどレグルスに使えると言うことは、魔術師にも治癒が使えるのだ。僕も、少し勉強してみようかな。そんなことを考えながら、食後、パソコンへと向かった。今日は何を書こうかな。なんだかどっと疲れが出てきた。一応念のため今日はお風呂には入らないようにと言われているから、湯船で肩の重さを取ることも出来ない。それに朝が早かったからなんだか眠い。眠いと何故なのか書く気力が減る。満腹感と眠気は最大の敵だ。
視界の片隅で手紙マークのアイコンが点滅したのはその時だった。チャットだ。僕にチャットを送ってくるのは基本的に三月しかいないから、三月だろうと思ったら、ヤマネだった。ヤマネさんだ。ちょっと緊張しながら僕は返事をした。
「はい!」
『久しぶりだな』
「お久しぶりです」
『明日空いているか?』
「あ、はい」
特に予定はない。強いて言うならば、今日頑張った分書きたいという欲求はある。
いや書くのは結構僕にとっては重要な予定なのだ。だがわざわざヤマネが僕に連絡を寄越すのだから、何かあるのだろう。さらに重要なことが。
『サーバーのバックアップを取ろうと考えているんだ』
「バックアップ?」
『次ぎに攻撃された時に即座に復旧できるようにだ』
なるほどと思いながら、巨大な魔導石(が、サーバーだ)の事を思い出す。魔導石のコピーをすると言うことだろうか。
『BLサーバーもお願いしたいから、明日俺の家まで来てくれ。場所は分かるだろう?』
分からないが、調べることは出来るので、僕は頷いた(頷いても見えないんだけど)。
「何時頃伺えばいいですか?」
『六時頃来てくれ』
「は、はやいですね……」
『夕方だ』
その言葉に安堵して、僕は同意してからチャットを切った。
そして翌日。
僕は弟子達に、『へたれ受け』とお題を出して、なんで『へたれ攻めじゃないんだ!』と反感を買ってから、久しぶりにファンタジー小説を書いて夕方を待った。剣と魔法のオーソドックスな異世界ファンタジーなのだが、こういう王道も僕は好きだ。そして王道好きな人はやはり多い。流石は王道である。そんなこんなで夕方になったので、僕は二人に断ってから出かけた。一人でクエストに行くな、ダンジョンには入るなと、交互に念押しされた。なんだか心配してもらって申し訳ない。
ヤマネの家は、大きい洋館だ。
呼び鈴を押すと扉がすぐに開いた。そこには、ローブを羽織ったヤマネがいた。
黒い髪に黒い瞳をしている。鴉の濡れ羽色というのだろうか。ジャックが漆黒だとすると、どこか艶がある。切れ長の瞳で僕を一瞥した後、彼は踵を返した。
「入れ。着いてきてくれ」
「おじゃまします」
綺麗に隅々まで掃除されているようで、埃一つ無い。どこかすっきりとした良い匂いが、館中に満ちていた。通されたのは応接間で、促されたので椅子に座る。そうしていると珈琲を出してもらった。
「魔導石をコピーしようと考えているんだ」
嗚呼やっぱりそう言う手法なのかと思っていたら、ヤマネがつらつらと計画を説明してくれた。適宜魔術でメモを取りながら、僕は頷いて聞いていた。すごく緻密に魔導石の構成を述べられて、そんなに調査していたのかと尊敬した。僕なんてただ単にポイントをつぎ込んでいるだけだから、管理者として良いのだろうかと不安になる。
「この計画で行こうと思うんだが、どうだ?」
「良いと思う」
うんうんと頷くと、満足そうにヤマネもまた頷いた。それから不意に少しだけ身を乗り出してこちらを見た。
「所で、ジャックは元気にしているか?」
そういえば三月情報に寄れば、ヤマネとジャックは大学の同級生だったらしい。
あ、次のお題、学校の同級生とかにしてみようかな。近しいようで遠いのも良いし、片方は恋心を持っているけど一人はノンケとかも美味しい。ただ触手も捨てがたいんだよね。
「ええ」
「ならばさっさと続きを更新しろと伝えておいてくれ。気になるところで止まっているんだ。何せ当て馬だとばかり思っていた相手とくっつく可能性が大きいんだからな」
響いた声に、あ、ヤマネも恋愛小説読むのかと、少しだけ意外に思った。
なんとなく読み手としてはファンタジーを読んでいそうだったからだ。
まぁ考えてみれば、管理者に名乗りを上げたくらいだから、BLを読まないだけで、恋愛ものもファンタジーも好きなのかも知れない。最近弟子二人を見ていると忘れがちになるが、普通は男の人はBLを読まないのだ。普通の定義によるけど。僕は自分を普通だと思っているけど。
「エクエスにも書くように言っておけ。あいつがいないとファンタジーランキング争いが盛り上がらない」
「ランキング争い?」
「どちらが一位になるか、俺とアイツはいつもネット越しに勝負をしていた」
ランキングにはそのような使い方もあるのかと吃驚した。
僕はそう言う勝ち負けは考えたことがなかったからだ。
……ライバルもいいよなぁ。生BL妄想はあまりしない僕だが、ヤマネもちょっと目を惹くイケメンだから、ヤマネ×レグルス×ヤマネはありだ。問題はどちらが攻めかだ。
シュークリームをいただきながら、そんなことを考えていると、不意にヤマネが立ち上がった。
「クリームが付いたぞ」
「え?」
「ここだ」
そう言ってヤマネは僕の口元を親指でぬぐうと、その指をぺろりとなめた。な、なに? こ、これはもしや、フラグ……いやいやいや流石に自意識過剰だ。待とう。ヤマネは誰よりも限りなくノンケだ。わざわざBLを除外するほどのノンケだ。折角なら全部管理してやるくらいの心意気でいて欲しいくらいだ。しかし拒絶反応は過剰に意識しているからだという話も聞いたことがある。な、なんてね。
「とりあえず用件はそれだけだ。手間をかけさせて悪かったな」
「いえ……ごちそうさまでした。帰ります」
そんなこんなで僕は帰路についた。
帰宅するとすぐに夕食になった。さて、へたれ受けについて聞くか。そう思っていたら、頬杖をついたジャックに聞かれた。
「所でどこに出かけていたんだ?」
実は僕は、この二人は仮にもサーバーを狙ってきたわけだしと思って、話の内容から、行き先を告げずに出かけたのだ。しかしヤマネは、二人によろしく(意訳)と言っていたから、隠す必要もないか。
「ヤマネの所だよ」
「な」
するとジャックが目を見開いた。
「何もされなかったか!?」
「え? うん、シュークリームをごちそうになっただけだよ」
「餌付けされたのか――……アイツはバイだ」
「へ?」
その言葉に僕は、持っていたカップを取り落としそうになった。慌てて持ち直すと、レグルスが溜息をついた。
「お前って危機感無いの?」
「いや、あるけど」
寧ろ誰よりもある自信がある。僕はフラグをへし折ることに全身全霊をかけている。
「チャラ男とはちょっと違うけど、ヤマネはこの世界に来てから、もう何人か喰ってるだろ」
レグルスのその言葉に僕はポカンとした。開いた口がふさがらない。あの誰よりもお堅そうできっちりしているヤマネが? さしずめ風紀委員長のヤマネが? 人は見かけによらないものだな……。
「兎に角今後二度と二人きりになるな。お前なんてすぐに押し倒されて喰われるからな」
ジャックに念押しされたので、僕は必死に頷いた。ま、まぁバイとはいえ、ヤマネにだって選ぶ権利はあるわけだから、必ずしも警戒する必要はないのかも知れないが。確かにポイントのおかげで僕の今の見た目は良い(と思う、我ながら)。しかし中身は相変わらずの僕のままだ。ヤマネだって内面も見ると思うのだ。
「ま、まぁ……これから気をつけるね。それは兎も角、へたれ受けは?」
僕が聞くと、ジャックが目を伏せた。
「俺の中でへたれはやっぱり攻めだ」
「俺は結構美味しく頂いたけどな」
一方のレグルスは瞳を輝かせた。そして今回はジャックは聞き役に徹し、レグルスが実に楽しそうに語り始めた。聞いていて、僕の胸は躍ったのだった。
へたれ受けは良い。うん。
それから思い出したので、考察報告終了後に僕は告げた。
「ヤマネが二人の小説の続き待ってるって言ってたよ」
すると二人が顔を見合わせた。そうだ、僕も二人の小説を読んでみようかな?
「確かに最近俺は読み専と化していたな」
「俺も俺も。久々に書くかー」
こうして新たな楽しみも増えたのだった。ただちょっとだけ思った。この二人、BL小説書いてくれないだろうか? ちょっと読んでみたかった。