<13>☆
翌日僕は、手持ちの約10万ポイントを全て消費して、魔導石をコピーした。徹夜でメモを読み返し、正確に再現した。本物は≪幻影魔術≫で見えないようにして、離れた場所に設置したコピーを≪鏡魔術≫で本物のあった場所に映しだした。全身を気怠い倦怠感に包まれる。こんなにポイントを消費したのは、前回の防衛以来だ。
コピーしたことは、僕とヤマネしか知らないから、これでサーバーが落ちる危機が一気に減ったと思う。眠い目を擦りながら、疲れ切った僕は、今日は起こさないでと朝食の席で頼み込み、シャワーを浴びてから横になった。ああ、本当に疲れた。
午後までぐっすりと眠り、僕は三時頃起床した。
一人で生活していた頃は、これは比較的普通のことだったのだが、弟子が出来てから規則正しい生活をしていた生家、遅いと感じた。うん、僕健康的になったなぁ。
よし、今度こそじっくり腰を据えて書こう。
昨日二人には、『悪役転生』というお題を出したことを思い出した。
すると、それは恋愛サイドにもファンタジーサイドにもあると口を尖らせられた。
しかし僕の狙いはそこだ。慣れ親しんだネタをどうBL向けにアレンジしてくるか――そう考えれば、このお題はかなり難易度が高いのだ。
というわけで(と言うこともないが)、僕の新連載は、悪役転生モノにしようかと考える。
転生先は、漫画、乙女ゲ、BLゲなど色々ある。さてどうしたものか。乙女ゲ一つとっても学園モノからファンタジー系まで様々だ。
「ここはBL小説にトリップにしてみようかな。ポジションは当て馬。いいかも」
なんだか萌えが降ってきたので、僕はそのまま書き始めた。
当て馬に転生したことを自覚した主人公が、大人しく生きるのだ。勿論実際には大人しく生きるのは無理で、攻めキャラに愛されることになる、と。うん、これで行こう。
そのまま僕は夕食に呼ばれるまでの間、時間を忘れて書きまくった。
そして夕食の席では、弟子達の考察を聞いた。
――ご飯を食べたら、あんなに眠ったというのに、すぐに眠気が来た。
どうやらポイント自体はリセットされるのだが、体の疲労は残るらしいのだ。
もう少し続きを書きたい気がしたけれど、今日は早く眠ることにして、二人には『スライム』とお題を出した。「「スライム……?」」と二人は呆然としていたが、笑顔で頷き、僕は寝室へと移動した。シャワーを浴びて、寝台に寝転がる。どっと疲れが押し寄せてきた。
するとその時、三月からチャットが飛んできた。寝ぼけ眼のままで僕は応答した。
「はーい」
『眠そうですね。かけ直しますか?』
「平気だよ、有難う。大丈夫」
なんだか三月の気遣いが嬉しくて、寝転がったまま僕はそんな風に答えた。
それから暫しの間、他愛もない雑談をした。それが終わってから、三月が本題を切り出した。
『実は明後日マッドティパーティを開催しようと思うのです』
「分かった。行くよ」
『有難うございます。残念ながら、時計兎は来てくれないそうなので、央を紹介することは出来ないのですが。そちらは改めて機会を設けます。今回の出席者は、ハンプティ・ダンプティと私と貴方と帽子屋です』
「帽子屋が来るんだ。初めて会うよ」
『おや、そうでしたか。ヤマネは管理者の作業があるそうで不参加です。ジャバウォックとエクエスは、一応まだ敵の可能性が残っているので、今回は声をかけていません』
「分かった」
『議題は、範囲と単体の攻撃が必要で、恐らく単独攻略が不可だろうと考えられるS級クエストが発見されたので、それについてです』
そんなやりとりをしてから僕はチャットを打ち切った。
案外三日はすぐに経って、僕は転生モノを書きつつ課題をだしながら日々を過ごした。一応、≪反重力魔術≫と≪範囲攻撃≫の図表も渡しているのだが、そちらが使われているのかは定かではない。
「じゃあ今日は、『801媚薬』について考えておいてね。行ってきます」
そう告げて、僕は約束の日、お茶会の場へと向かった。
会場では、三月がテーブルセットとお菓子類、サンドイッチなど、その他各種飲み物を用意していた。特に手伝うことはないと僕は知っているので、椅子に座る。ティタイムを彩る品々を出現させることは、三月の趣味でもあるらしいのだ。その上僕は少し緊張していた。初対面の相手がいるというのは緊張するものである。次ぎに来たのは環だった。
「ごめんね、待った?」
最後にやってきたのが帽子屋。僕は一目見て頭がぱーんとなった。実に柔和な表情で微笑んでいる彼の髪と眼の色は茶色。色素が薄い。大きな瞳をしていて、微笑むと周囲に花が舞うようだった。まさに王子様のようだった。強いて言うなら、生徒会で副会長をしていそうな感じだ。環情報によると腹黒いらしいから、暗黒微笑も見られるかも知れない……! その上彼は、燕尾服を纏っていて、シルクハットを被っていた。実によく似合っているが……コスプレ!? 確かに帽子屋らしすぎる服装だが、コスプレなのか!?
ぼけっとそんなことを考えていると、席に着いた帽子屋と目があった。
「それとはじめましてだね、チェシャ。僕は帽子屋。PNは昴」
「はじめまして」
「このお茶会が終わったら個人的に少し話しがしたいな」
穏やかな声で言われて、僕は必死に頷いた。いるのだな、世の中にはこのようにキラキラした人も。この場にいる人は皆イケメンだが、帽子屋はなんというか創作物から抜け出してきたかのような王子様感があるのだ。
「それではお茶会を始めましょう。事前に少し話してありますが、S級クエストの件です」
「お前とチェシャ猫の二人組でも不安なのか?」
環が言うと、三月が難しい顔をした。
「可能かも知れませんが、これまでとは規模が違うのです。万全を期した方が良いでしょう。特にハンプティ・ダンプティの回復能力と、帽子屋の”予知”の力は役に立つと思います」
予知なんて言う力があるのかと、僕は帽子屋を一瞥した。服装から職業は全く分からないが、魔術師という感じもしない。そういえば”死霊使”という職業には、デフォルトで”予言者スキル”があったような記憶がある。ネクロマンサーは、神秘的で不可思議な技能が多かった。”転移”もデフォルトで”瞬間移動”がついていたはずである。環は言わずもがなで医術師だ。
「次のダンジョンは、地上型。塔の形をしています」
それから三月が、概要を説明した。
静かにそれを聞き、脳裏でイメージをふくらませる。まぁとどめは三月がいつも通りさすとして、僕は道中の敵襲団を殲滅すればいいだろう。
そんなこんなで、マッドティパーティ(会議)は終了した。
終了後、僕は帽子屋に呼び止められたので、隣の部屋へと移動した。
僕が中へと進む後ろで、帽子屋が扉に施錠した。
何だろうかと振り返ると、喉で笑った帽子屋に詰め寄られた。距離が近い。一歩二歩と後退ると、ソファがあったので、僕は座り込んだ。すると。そんな僕の上に、帽子屋がのしかかってきた。え……――?
「BL小説を書いてるんだよね?」
「う、うん」
「やっぱり自分がそうされたいって言う願望を書いてるの?」
「は?」
僕がポカンとした時、するりと帽子屋の手が、僕の下衣の中に入ってきた。
慌てて彼の体を押し返そうとするが、線が細く見えるのに力が思いの外強くて、びくともしない。
「そ、そんなわけないだろ……僕は、ノーマルだ! ぁァ」
反論した時、ゆっくりと陰茎をなで上げられた。思わず鼻を抜けるような声が出てしまった。嘘だろ。僕からこんな甘い声が出るとは思わなかった。って、ちょっと待て、そんな風に考えて現実逃避している場合ではない。これは一体どういう状況だ。
しかし――……ゆるゆると撫でられるうちに、僕の体は生理的反応を見せ始めた。あくまでも起ってきてしまったのは、生理的反応だ。いやだ、なんだこれ。必死で帽子屋の体を押し返すが、その度に指の動きが速くなる。
「うああ……」
「色っぽいな。泣かせたくなる顔、してるね」
そう言って帽子屋は笑った。暗黒微笑だ……現実逃避気味にそんなことを考えた時、服の上からもう一方の手で乳首を摘まれた。
「や、やめッ……うァ……」
体の中心に熱が集まり始める。ガクガクと僕は震えた。認めたくないことだったが……気持ちいい。思えばこの世界に来てから一度も、僕は一人でもこういう事をしていない。元々そうする方ではなかったのだが、人並みにはしていたと思う。ちなみに他の人に抗された経験など皆無だ。僕は生粋の引きこもりなのだ。その時帽子屋が、僕の首筋に噛みつくようなキスをした。強く吸われ、じんとした甘い疼きが広がる。おかしい。こんなのはおかしい。
「何してんだこの野郎――!!」
飛び屋が蹴破られたのはその時のことだった。半泣きで視線を向けると、そこには怒りから鎌湯をぴくぴとさせている環が立っていた。彼は足早にこちらに近づいてくると、帽子屋に向かって足技を繰り出した。しかし予測していたように、ひらりと帽子屋が避ける。
「本当に何をしているのですか!」
続いて入ってきた三月が、僕を助け起こすようにして、服を直してくれた。一気に冷静になり、体の熱が引いていく。心臓が緊張からドクンドクンと煩い。
「君たちには関係ないよね?」
「あるんだよッ、チェシャは俺の大切な――……その」
環が口ごもった。きっと大切な患者だと言ってくれようとしたのだろう。しかし守秘義務があるから言わないのだと思う。すると僕をギュッとしながら、三月が帽子屋を睨め付けた。
「私にとって、チェシャは、大切な大切な大切なたった一人のかけがえのない存在なのです」
そんなに深く僕のことを友達だと思っていてくれたのか……! ちょっとだけ涙腺がゆるんだ。良かった、二人がいてくれて良かった。
「【FTスイッチ】」
環が低い声で呟いた。すると三月が、僕を座り直させてから、その横に立った。
「【恋愛スイッチ】」
え。二人とも、ま、まさか戦うつもりなの?
助けてもらっておいて何だが、それはまずいのではないのか。
僕が焦った時、帽子屋が吹き出すように笑った。
「流石に君たち二人を一度に相手にしたら僕が負ける。落ち着いて。僕はちょっと君たち二人の弱点を確かめたかっただけだから」
そういうとこれぞ暗黒微笑という感じの、腹黒さを滲ませる表情で帽子屋が笑った。
弱点って……。
「まぁこれからよろしくね、チェシャ。そろそろ僕はお暇するよ」
このようにして、僕はようやく帰ることが出来たのだった。
体は少し熱を持ったままだったが、犬に噛まれたと思って僕は忘れることにした。
断言してよろしくしたくなど無かった。