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なんだか疲れてしまった僕は、珍しくお風呂に入らずに横になった。それはもう泥のように眠った。ここ数日で色々なことがありすぎて、それに入ってきた情報量は膨大だから処理が追いつかなくて、鈍く頭痛がした。環から貰ったお薬を舌にのせて飲み込んだのは先ほどのことだ。甘いのに苦い錠剤だ。
四人でS級クエストを攻略する日は迫っている。それまでにまた襲撃されることはあるだろうか? 可能性は否定できないから、結界を寄り強固なものにした。今回の件に関して、ジャックから聞いた話も伝えたかったし、マッドティパーティを開催して欲しいと思った。しかし僕に召集する権限など無いだろう。連絡が来るのを待つことにする。しかし不思議なこともある。どうして斜塔の位置が分かったのだろう。ジャックやレグルスが密告したとは何となく思えない。
……それにしても、連絡待ちか。
当然連絡は三月から来るはずだ。僕は次ぎに会う時、三月の前でどんな顔をしていたら良いんだろう? それが分からない。多分環の前では今まで通りで良いと思うのだけれど。

「いや、三月の前でも今まで通りで大丈夫だよね」

決意するように僕は呟いた。それから布団を抱きしめる。抱き枕を買ってしまおうかな。なんだか落ち着くのである。一日に1000万(推定)も使えるのだから、買っても悪いことは何もないと思う。そのまま僕は微睡んだ。


翌朝、シャワーを浴びて、僕は腕を伸ばして体を解した。
久しぶりに全力で戦ったから、まだ少し疲労感が残っている。ポイントはリセットされても疲れまではリセットしてくれないのだ。治癒魔術で怪我が治っても、残存ダメージがあるのと一緒だ。
ダイニングへと向かうとポタージュの良い香りがした。今日は他にはゆでたソーセージなどがある。料理神レグルスがいてくれて良かった。ジャックはと言えば、魔術ウィンドウでニュースを見ていた。最近では、情報を扱うのが専門のギルドが出来て、毎日何かしら放送しているのだ。見れば昨日の襲撃事件のことが早速ニュースになっていた。
しかし丁度それが終わり次の話題に映ったところだったので、あまり気にしないことにして席に着く。

「おはよう師匠」
「おはよ師匠。ゆで卵は一個で良いか? 二個いる?」
「おはよう。一個で良いよ」

そんなたわいもないやりとりに、嗚呼日常が戻ってきたという気分になった。
今日はゆっくりしよう。卵×お湯とかで妄想してまったりすごそう。『ああ駄目だお湯、俺固くなっちゃった』『僕も体が沸騰しそうだよ!』的なね。って何を考えているんだ。早く食べよう。レグルスが座るのを待って、僕はいただきますと告げた。

「それにしても≪BBB≫は怖いな。昨日のあれは俺とレグルスでは防ぎきれなかったかも知れない」
「師匠、気をつけろよ」

二人の言葉に頷きながら、サラダにフォークを突き刺す。そうしていたら、レグルスが溜息をついた。

「師匠。俺達のことも疑った方が良いぞ。寧ろそれが自然」
「全くだ。師匠には危機感というものがない。どうせまた、BL妄想してるんだろう」
「え、≪BBB≫×戦略魔術師×≪BBB≫とかか? それとも、≪BBB≫のモブ姦?」
「するわけないだろ! そこまで不謹慎じゃないよ」
「「どうだろうな」」

くそう。なんと言うことだ。モブ姦を応用してきた、だと? レグルス、怖い子……! そしてジャックは鋭い。萌えていた対象は全く違うけどね。
だけど不思議だ。昨日も別に怖かったわけじゃなくて、どちらかと言えば緊張の方が強かったとはいえ、だ。BL妄想のネタにすると、大抵のものが怖くなくなるのだ。僕は昔猫を飼っていて、猫が鼠と鳥を捕ってきて以来、鼠と鳥がどうしても駄目になってしまったので、鼠と鳥の怖さだけは例外だけど。ちなみにゴキブリも無理だ。しかしゴキブリが出るところには澄んだ経験があまり無いので、こちらは想像上の怖さだ。だが幽霊は克服できた。心でもなお強い恋心を忘れられない幽霊との悲恋とか美味しい。後は地獄。閻魔受けとか結構素敵だと思うのだ。きっと女王様受けだろう(決めつけ)。

「だけど師匠ちょっと顔色が悪いな」
「疲れてるんだろ? 俺特性の精力が出るスープでも昼に出すか」
「有難う。大丈夫だよ」
「大丈夫とか平気って言う奴が一番やばいんだよ」

ジャックの言葉に、環にも前に似たようなことを言われたなと思いだした。
この世界に来てから、本当にみんな良く気を遣ってくれる。≪BBB≫の目的は、この異世界にいることらしい。ちょっとその気持ちが分かるくらい、ここの環境は僕にとっては魅力的だ。そう言えば、三月も最初に必ずしも帰りたいわけじゃないと言っていたな。
――帽子屋はどうなんだろう?
次の攻略に協力してくれると言うことは、やはり帰りたいのだろう。昨日もあれだけ派手に目的を聞きだしていたし、客観的に考えれば、帽子屋がいるのは心強いのかも知れない(印象的に最悪だけど)。

食後僕はパソコン部屋へと向かった。キーボードの上に指をのせるのは久しぶり泣きがした。今日は何を打とうかな。あ。帽子屋陵辱ものを書こうと思っていたのだっけ。ううう、しかし昨日の働きを見る限り、なんだか申し訳ないので止めよう。それに僕はやっぱり基本的に生BL妄想はあまりしないのだ。それに帽子屋の話を書くのであれば、なによりジャック×レグルス×ジャックも書いて報復するべきだ。何となくそんな気分じゃない。僕は昨日咄嗟に二人を逃がした。そのくらいには、二人のことを大切な弟子だと思っているのだと思う。

「久しぶりに学園モノの続きでも書こうかな」

うんうんと一人頷き、僕は連載中のものを最初から読み直すことに決めた。自分で書いている、自分好みの、自分の萌えの詰まった作品なのだから当然なのだが、本当面白い。それはそうだろう。自分の嗜好に合致しているのだからな。たまにイメージと違うことを書いてしまったりして凹むことはあるが、大筋ではやはり面白いと思うのだ。この気持ちを少しでも多くの人に分け与えられたら、誰か一人でも面白いと思ってくれたら、そう思って投稿している。面白いと思ってくれた人はきっと同士に違いない。勝手な僕認定だけど。
それから三話ほど続きを書いたところで、休息がてらランキングを久しぶりに眺めた。
お。月間ランキングに僕の作品が入っている出はないか。テンションがあがるな。
そう言えばまだ活動報告が書けない。よし、今日こそ書いてみようかな。
……なんて書こう。
実はひきこもりだったこと、今は異世界にいること。ようやくすればこの二点なのだ。
作品の小ネタの下にさらっとお礼と共に書いてみようかな。僕がこんなに長期間活動報告を書かないというのも久しぶりのことだし。しかし、しかしだ。腐男子だと書くべきか?
僕はこれまで性別非公開を貫き通してきたが、一度も男の人ですかと聞かれたことはない。だが書かないでいて、よしじゃあBLサイドの書き手と読み手で集まりましょう、なんていう自体になった時は、困る気がする。行かなければいいのだろうが、僕だって萌え語りがしたいし、素敵作品の作者様には会ってみたい。実に難しく悩ましい問題だ。

「やっぱり後で書こう」

こうして僕は先延ばしすることに決めた。僕は先延ばしが得意だ。
三月から連絡が着たのはその時だった。

「はい」
『昨日は大変でしたね。まぁ流石はチェシャです。真っ先に全滅させたのは貴方ですからね』
「たまたまだよ。どうしたの?」
『昨日の件で、臨時でマッドティパーティを開催しようと思うのです。ヤマネと、なかば――時計兎も来ます。可能でしたら、ジャバウォックとエクエスにも出席して欲しいのですが』
「分かった。伝えておくね」

こうしてチャットを打ち切った。三月は、ごくごくいつも通りだったので、ホッとした。
ただし一気に現実に引き戻された気分になった。
それはそうと、昼食の席で、僕は早速二人にマッドティパーティの開催を告げた。
すると二人はそろって頷いた。

「ま、妥当だろうな」
「ジャックの言うとおりだ」

快い返事がもらえたので僕は少しだけ安堵した。

翌日はすぐに訪れて、僕達は、僕の魔術で、いつものお茶会の場所へと向かった。
今日は初めて時計兎に会うことになる。どんな人なのだろう。読み専らしいけど。
ただ、まだ姿は見えない。その場にいたのは三月だけだった。まだ集合時間の三十分前だから、こんなものかと考える。

「弟子としての二人はどうですか?」

三月に聞かれたので、僕は微笑した。自信を持って答えられる。

「すごく優秀だよ。BL道を爆走しているんだ」
「BL道? 私は範囲魔術をどの程度仕込んでいるか聞いているのですが。貴方は一体何を教えてきたのですか?」

もっともな三月の言葉で我に返り、羞恥に駆られて僕は俯いた。そりゃそうだ。嗚呼、何言ってるんだろう僕。三月はスッと目を細めて僕を見ながら、ティセットの用意をしていく。
ジャックとレグルスは、それぞれ椅子をひいて勝手に席に着いていた。僕もおずおずと座る。それにしても範囲魔術か。一応今でも毎日、図説したものを読み込む魔石は渡しているが、果たして二人はそれを見てちゃんと研究しているのだろうか。僕には分からない。BL三昧であると言うことしか……。
そんなことを考えている内に人が集まり始めたのだった。