<18>
僕達の次ぎに来たのは環で、環は僕の隣の椅子を静かにひいた。
三月がその前に紅茶をおいている時に来たのが帽子屋だ。帽子屋は僕を見ると意味深に笑った。ニコニコしているが、僕は絶対腹黒い笑みだと思い、目を細めた。
そして最後に連れ立ってやってきたのがヤマネと、ちょっと見惚れてしまうような金糸の髪と瞳をした――(おそらく)時計兎だった。ヤマネはローブ姿。時計兎は三月動揺しろい衣を纏っていたが、手に金色の十字架を持っていたから環と同じ医術師なのだろうと考える。あ。環のたま→卵→ハンプティ・ダンプティなのだろうか。しかし昴という名前と帽子屋には接点がないな。そんなことを考えていると、まっすぐに、時計兎様がこちらを見ていることに気がついた。なんとなく神聖な雰囲気がするから思わず『様』などとつけてしまった。というよりも、ニュースで度々、ヤマネ様・ナカバ様と報道されているからそれが頭に残っていたのだと思う。二人はそれぞれ書き手・読み手の指導者的立場なのだ。
「胡桃木ナツ?」
抑揚のない声で、僕に対して時計兎が言った。思わず息を飲む。どうして僕のPNを知っているのだ。
「FTサイドでは、アキだね」
「……」
言葉が出てこない。その通りだ。その通りなのだ。全身の血の気が引いた。この場も魔術ウィンドウで様々な場所から閲覧されているのだ。バ、バレた。こんな事なら活動報告に書いておけば良かった。それにしても何故分かった……! いや、かまかけかもしれない。
「どうして?」
聞き返すと、うっすらと央様が笑った。透き通るような瞳に僕が映っていた。
「BLサイドとFTサイドのランキングを考えればすぐに分かるよ。確かにBLは他のジャンルよりも複数作品を書いている作者が多いとはいえ、平均して2000ポイント以上を稼ぎ出している作者は少数だ。その中でも、圧倒的な数を書いているのは、胡桃木ナツだけだ。僕も読んでいたよ」
「え」
「FTサイドは、25000ポイントあれば累計ランキングに載る。特定は容易だったよ。こちらも読んでいた」
ふ、腐男子……なのだろうか……?
「僕は乱読型だから全ジャルを読んでいるんだ。ランキングも欠かさずチェックしている。基本的には新着情報から発掘することが多いけど。大体一日三度のランクイン作品とその順位は頭に入っているよ」
唖然とした。すごい、すごすぎる。こ、これが読み専……! 自分の【既読スイッチ】が霞んで見えた。僕もかなりの数のBL作品を読んでいる自信があるが、流石に三百まであるランキングの順位を全部覚えているとか無理だ。それも三階もランキングは変わるというのに。その上、新着情報までチェックしているなんて。す、すごい! しかも食指すごい。全ジャンルって。
「単体攻撃力一位は三月だけど、範囲と総合のポイントでは、チェシャ猫、君が推定一位だ。僕の計算だとね」
僕は思わずネックウォーマーを抑えた。口元が見えないように抑える。順位はどうでも良いが――よ、読んでいるだと? 僕は、自分の作品を読んでいてもらえたことがどうしようもなく嬉しかった。
「基本的には、僕は君の作品はあんまり好きじゃないから、1:2を入れることが多いけど。たまに4もあるよ。僕はちなみに5を入れたことは人生で三回しかない。もう少し文章何とかならない? 軽くてノリは良いんだけど、たまに読みにくいんだよね。話自体もたまに斜め上過ぎて悩むけど、そこはまぁ魅力の一つかな」
嬉しいやら何やらで僕はにやけそうになった。弟子達に読まれた時は焦ったが、なんとなく央様に読まれたというのは嬉しい。プロに批評されている気分になる。ああ、なんだか三月が弟子入りする気持ちがちょっと分かる。
「雑談はそろそろ終わりにしろ、央。それとジャック、久しぶりだな」
パンパンと手を叩いてから、ヤマネが言った。そう言えば、ヤマネはPNはなんなのだろう? それにしもそうか、央様とヤマネとジャックは、大学の同級生だったんだっけ。そう言うのも萌えるよね。
「単刀直入に聞く。今、サーバーを落とせと言われたら、落とせるか?」
完全にヤマネが仕切っている。それとなく三月を見れば、紅茶の入ったカップを傾けていた。帽子屋はニコニコしたまま眺めている。環は腕を組んで聞いていた。
「可能だ。以前は俺とレグルス二人がかりでやっとだったが、今の俺とレグルスなら、それぞれ単独で、恋愛サーバーとFTサーバーは落とせる」
「BLサーバーは?」
「「それは無理だ」」
ジャックとレグルスの声がそろった。レグルスが続ける。
「BLサーバーを落とすって言うのは、チェシャ猫を監禁でもして身動きを取れ無くさせる以外では不可能だ。だよな、ジャック? この前二人で検討したもんな」
「ああ。手錠をかけて椅子に縛り付けて鞭でも打ってない限り不可能だな」
ちょっと待て。この二人、何を不穏なことを言っているのだ。一体何を検討した!
鞭とか意味が分からない。確かに僕だって身動きが取れなければ管理できない可能性はあるが、鞭は監禁に必須ではないだろう。監禁ネタは嫌いじゃないけれど、真面目な話しの最中に何を言っているんだ、全く。
「なるほど。BLは兎も角、落とせると言うことは、管理者にもなれると言うことだな?」
しかしヤマネは華麗にスルーした。素晴らしい。響いた彼の声に、ジャックとレグルスがそれぞれ頷く。
「では、二人には管理者になってもらいたい。そうすれば俺は攻撃に回ることが出来る。片方で良い。それとBL管理者をチェシャ猫には外れてほしい。今後のクエスト攻略を考えると、危険だ。クエスト進行中にサーバーを狙われれば危険度は増す」
「なるほどな。でもいいのかよ、ヤマネ。レグルスのことは兎も角、俺を簡単に信用して」
「ジャック。むしろ逆だ。お前は知的好奇心の固まりだから、どうせ現地人に接触して魔術を学びたかっただの、スパイとして≪BBB≫に潜入していただのという理由がいくらでも想像できる。お前が現実への帰還を阻止するとは思えないからな。寧ろ分からないのはレグルスだ。何故≪BBB≫に関わっていたんだ?」
「黙秘する。それよりも管理者を変わるんなら、俺はBLを管理したい」
「待てよレグルス。BLサーバーは俺のモノだ」
「は? ふざけんなよジャック。ヤマネも俺もFT書きだ。だったらチェシャ猫が外れるんなら、BLサーバーはあくけどな、ヤマネはFTサイドの人間なんだから、FTサーバーの管理は続行すべきだし、恋愛サイドの人間はお前しかいないんだから、ジャックは大人しく恋愛サーバーの管理をしてろよ」
「だが断る。俺はBLサーバーを管理したい!」
「俺がする!」
「いいや俺だ!」
「俺だって言ってるだろうが!」
「だから俺だ!」
「貴様らは頭が沸いているのか? 一体何の争いだ」
ヤマネが貴様と言った。似合っていた。そして確かにジャックとレグルスの争いは不毛だ。ただ確かに、今後のクエストの攻略を考えると、僕はきっと沢山行くから管理者から外れた方が良いような気もする。ちょっとだけ寂しいが。
「「師匠はどっちが良いと思う!?」」
「……――ヤマネ、僕がサポートするから、ヤマネがBLサーバーを管理したらどうかな。規模も小さいし、その分攻撃にも回れると思うよ」
「嗚呼、悪くない案だ」
こうして、そう言うことになった。一応話しが一段落した。ホッとしていると、三月が首を捻った。
「スパイとはどういう意味ですか?」
「何故帰還を阻止するのがあり得ないと断言できるんだ?」
環も続けた。言われてみれば、確かにヤマネの言葉は不思議だ。そう考えていると、帽子屋が不意に喉で笑った。
「僕から説明するよ――久しぶりだね、兄さん」
――!? その言葉に僕は虚をつかれて息を飲んだ。に、兄さん? 兄弟?
「……わざとらしく呼ぶなよ、昴」
「一発で状況を説明できるでしょ、ジャック」
そう言えば、ジャックはヤマネのことですら、ヤマネと呼ぶのに、最初から帽子屋のことは昴と呼んでいた(昨日聞いた限りだけど)。
「それでね、俺にはもう一人お兄さんがいるんだ。ジャックの双子の弟。ヒルト――グリフォンだよ。ランキングに載っていないことには理由がある。ヒルトは、ひきこもりじゃなかったけど、『こちらの世界に来ている』んだ。本業が、『ひきこもり支援員』だからね。矯正プログラムの統括官なんだよ」
「――行方は分かったのか?」
「全然だ。ま、そういうこと。現在絶賛行方不明中。おそらくピーチティ王国の手に落ちたんだと思うんだけど。それで≪BBB≫が絡んでいるんじゃないかと言うことで、ジャックは潜入していたんだよ。勿論、現地人調査や魔術の調査も含まれていたんだけど。ジャックはひきこもりだけど、ワーカーホリック的ひきこもりだったからね。家から一歩も出ずに仕事か執筆しかしてこなかったんだ」
僕は小刻みに頷きながらそれを聞いた。別に双子萌えだとか考えていたわけではない。純粋に、様々なタイプのひきこもりがいるのだなと考えていたのだ。ただし色々と納得がいった。ジャックが、昨日、本来クエストは22だと言うようなことを言っていたのも、レグルスが知らない情報も知っていたのも、これらが理由だったのだろう。
だけど、黙秘したレグルスは、一体何が目的だったのだろう?
「ジャック、そう言うことなら、他に知っている情報を話せ」
「言えることと言えないことがある」
ヤマネにそう答えてから、ジャックは不意に僕を見た。
「ただし次のS級クエストには心当たりがある。確かに”塔”の形をしていたのであれば、それは”塔”のクエストだ。帰還のために必要なクエスト22は、全てタロットカードから来ている。”愚者”のクエストから”世界”のクエストまである」
「内容も把握しているのですか?」
「いいや。底までは俺も知らない」
三月に対してジャックが首を振った。本当に知らないのだろうか。僕には判断できなかったが、三月が曖昧に頷いた。
「まぁそういうわけで、俺は個人的には、双子の弟のヒルトのことを探してる。チェシャ猫の元で魔術などを学びながら」
など……うまくぼやかしてきたな……。秘めてこその腐道だ。うんうん。良いことだ。
しかしいつの魔に魔術の勉強をしていたのだろう。すごいなぁ。今までに僕が渡した図表をどのくらい覚えたんだろう。全部覚えているとすれば、かなり高難易度の技も使えるはずだ(攻撃力は変わらないけれど)。
「ではサーバー管理の話しも、ジャックの件も終わった。レグルスの黙秘は取り置くとして、クエストに関しても触れた――他に誰か何かあるものは?」
ヤマネがそう言うと、皆首を振った。今日はこれでお開きだろう。
実際そうなった。それからふと疑問が残っていることを思い出し、僕はジャックに小声で聞いた。
「ねぇ、ヤマネってPNはなんて言うの?」
「ん? 夜に招くと書いて、夜招だぞ?」
な、なんと。称号と一緒だったのか。納得した。それから僕達三人は帰ることにしたのだった。その日帰宅した僕は、ついに抱き枕を購入した。