<22>★
その後僕は一週間寝込んだ。環は一日で、他の二人も三日程度で回復したらしいのだが、僕は完全にこじらせてしまったのだ。しかし幸い今のところ、”恋人達”の影響はない。
なんでも人にうつることはないらしいのだが、念のため僕は、環の診療所の一室に隔離されている。レグルスが看病に来てくれるのだが、まだ眠らせたことを怒っている……。他にもジャックが、ギルドの仕事終わりに顔を出してくれる。そう言えば僕はまだギルドに入るって言っていないな……今更自分からは言い出しづらいよ……。
そんなこんなで日々を過ごし、熱が下がってから三日目のことだった。
僕は自分の体の異変に気がついた。
熱い、熱いのだ。
この熱は、先日までの風邪のものとは異なる。僕はしかもこの熱を知っていた。いつか馬鹿弟子二人が作り出した801媚薬を盛られた時そっくりの熱なのだ。あれよりは若干弱いが、効果は十五分では切れてくれなかった。環は日中は診察でいないため、一人きりの病室で、僕は愕然としていた。ずっと燻るような熱に腰が支配されているのだ。もしや恋人達がばらまいたウイルスは……媚薬……?
冷静になれ、僕。初期対応が良ければ、環の風邪のように一日で治るだろう。放っておいても三日くらいで収まるのだろう。しかし対応を間違いこじらせれば、一週間くらい続くことになる。いや、一週間で収まるのだ。その間我慢すればいいのだ。出来れば誰にも気づかれないように。だって、恥ずかしいではないか。僕の頭の中は、普段は妄想でいっぱいなのだが、今はただひたすら……率直に言えば、ヤりたいのだ。うああああ。
そう思っていた時、間が悪いことに扉が開いた。
「具合はどうだ? もう熱が下がって三日だから大丈夫だとは思うけどな」
入ってきた環が、ごく自然な動作で体温計を持ち、ベッドサイドに立った。
僕は――そんな環に釘付けになった。ドクドクドクドク胸が脈打った。そして屈んで僕に体温計を渡そうとした環に、気づくと思いっきり抱きついていた。
「っ、ち、違うんだこれは」
「チェシャ……あのな、俺は同性愛者でお前のことが好きなんだぞ。こういう事は冗談でも――」
「だから違うんだよ。体が勝手に動くんだ」
「どういう意味だ? 俺のことが本当は好きで――」
「違うから!」
「……そこまで拒絶しなくても良いだろ。でもそろそろ離して貰わないと、何をするか分からないぞ」
「お願い、シテ」
「え」
「ち、違う――今度は口が勝手に!」
僕は絶望的な気分になった。おかしい。僕の体がおかしい。
「環、冷静に聞いて。多分、”恋人達”の撒いたウイルスなんだよ……」
我ながらしょんぼりとした声で言ってしまった。しかし他人の体温を意識した途端、一気に体の熱が増した。目が潤んでくる。僕の吐息はあがっていた。
「! 媚薬か」
環が悟ってくれた。そして僕の肩を両手で持つとじっとのぞき込んできた。その顔を見たらもう駄目だった。僕は環の唇に自分の唇を重ねていた。なんだよこのウイルスは。誰でも良いのか! 同性もOKとかふざけている。
触れるだけのキスだったのだが、環の手が後頭部に回った。それから深々と貪られる。意識が朦朧としてきて、僕の全身からは力が抜けた。思わず環の方に倒れ込むと抱きしめられた。
「ぁ……」
その手の感触だけでも、僕の体は反応した。しかも信じられないことに、甘ったるい声が出てしまった。
「や、止めて……触っちゃ駄目だ、今の僕に……ッ、は」
「――楽にしてやろうか?」
「うん……――あ、違う! 違うから!」
そう言って否定した僕の唇を、再度環が塞いだ。クラクラしてくる。舌を絡め取られた。
息苦しくなって肩を震わせる。ようやく唇が離れた時には、僕はもう泣きそうだった。いろんな意味で泣きそうだったのだが、一番辛いのは、もどかしさに震えていることを自覚してだ。
「ぁあッ、や、も、もっと」
「キスだけで良いのか?」
「ッ」
環が僕の鎖骨を指でなぞった。びくっとしてしまい、全身が震えた。それから環は、服の上から包むように僕の陰茎に触れた。
「あああッ、ンっ」
「反応してるな。辛いんだろう?」
「や、そ、そうなんだけど、で、でも駄目だよ」
「そんな欲情しきった顔をして何が駄目なんだ?」
「な」
「――こんな状況でつけいるようなまねはしたくないから、最後まではしない。本当に楽にしてやりたいだけだ」
そのまま布団をとり、環が僕の下衣を降ろした。僕はほぼ無抵抗でされるがままになった。どこかで思考が、身を任せてしまいたいと言う。だけどそんなのはやっぱり駄目だ。
「ン、ァ」
僕の陰茎を環が口に含んだ。思わず太股を閉じようとしたら、片手で押し広げられた。もう一方の手は、僕の自信の側部に触れている。
「あ、あ、あ」
先走りの液を舐め取られ、それから唇で雁首を刺激された。それだけで完全に腰の感覚がなくなり、僕は果てた。気持ち良すぎておかしくなりそうで、頭が真っ白になる。だが――それだけでは、終わらなかった。体の熱は酷くなっただけで、全く収まらない。
「うあッ、ゃァ」
環が僕の太股を舐めた。その感触だけで、また僕の陰茎は反応を見せた。
「うう、ぁ、あア、ンっ……ッ、ぅ、フぁ。や、やだァ、環、環、僕、また」
イきそうだった。しかし環は何も言わずに、今度は僕の根本を舐めた。線をなぞるようにねっとりと舐めあげられる。それから握られ、指の腹で先端をクチュクチュと嬲られた。卑猥な音がした。そして再び僕は果てた。飛び散った液を掌で受け止めた環は、それを舌で舐め取る。その姿が尋常ではなく色気たっぷりに見えた。僕は視覚までおかしくなってしまったらしい。元々環はイケメンだけれども。それにしてもまだ熱は収まらない。やはりより酷くなっていて、太股がガクガクと震えた。
「た、環……熱いっ、うあ、熱い……助けて」
「どうして欲しい?」
「あ、嫌、分からないッ、僕はこんなの……っ、アあンッ!!」
その時環が、唾液で濡らした指をゆっくりと僕の後孔へと挿れた。その衝撃に萎えるかと思ったら、逆に僕のそれは反り返った。気づけばすぐに二本目を挿れられた。――環は手慣れている。それだけは分かった。僕はまな板の上のお魚状態で、思わずシーツをきつく握りしめる。
「あ、ああ!! はッ」
くいと指を曲げられた瞬間、僕の背が撓った。電流が走ったようになり、視界がチカチカした。前立腺だと直感した。這い上がってきた快楽が怖くて、僕は涙をこぼした。ああ、気持ちが良い。
「も、もっと、あ、ああッ」
「いくらでもしてやる」
「ち、違う! 口が勝手に――うア、あッ、あ、や、そこしないで!! だ、駄目だ、僕、ああン――うあああッ」
グチュグチュと指を動かされる。僕の体はとろけきっていた。中を弄られているだけなのに、どうしようもない射精感に襲われる。気づけば腰を揺らしていた。つま先に力を込めて堪えようとしたが、どうにもならない。もうこのまま出したい――……そう思った時、環の手が止まった。
「え、あ」
「俺は無理強いするつもりはないし、つけいりたくないんだ。だから言ってくれ、どうして欲しい?」
「っ」
環は意地悪だと思う。僕は泣きそうになった。頬が熱い。恥ずかしくて、言えるはずもない。そもそも僕はノーマルなのだ。なのに、なのにだ。僕は今、どうしようもなく、貫かれたかった。しかしそれは駄目だ。僕はなけなしの理性を総動員した。
「は、離して……」
「ああ、いいぞ」
「ひァああ、アああ」
いいぞと耳元で囁かれ、舌を差し込まれると同時に、指を動かされ、僕は快楽からむせび泣いた。理性が倒壊した瞬間だった。
「やだ、嫌だよ環、熱い、もう駄目だ僕、や、やぁ……おねが、お願いっ。お願いだから」
「お願いだから、何だ?」
「挿れて……ああああッ、うああ」
「ちゃんと言えたな」
そう言って僕の耳たぶの舌に口づけ手から、環が指を引き抜いた。僕はベルトを外す音を、体を震わせながら聞いていた。そして――すぐに求めていた質量が中に入ってくるのを感じた。押し広げられる感覚がする。反射的に環の首に腕を回していた。すんなりと中まで入り、僕は深々と貫かれた。
「ああっ……あ……あ……」
「全部入ったな。悪い、余裕がない。動くぞ」
「うああああああ」
そのまま激しく抽挿されて僕は震えた。道の快楽に必死で首を振る。思わず環の背に爪を立ててしまった。すると苦笑されて、一段と動きが速くなった。
「可愛いことをするな。止まらなくなるだろ」
「あ、ハ……うッ、ああっン」
「まぁ今更止めろって言われても無理だけどな、ッ」
そして一際大きく疲れた瞬間僕は果てた。今度は、全身を開放感が襲い、熱が引いていく感覚がした。だが。環は少しの間だけ動きを止めたのだが、すぐにそれを再開した。
「え、あ、ちょ、ちょっと待って、僕、もう大丈夫みたい――うあああッ」
「俺はまだだ」
「ヤ――!!」
乳首を摘まれ、激しく動かれる。僕の腰が逃げようとすると、今度はしっかりとそちらを掴まれて、打ち付けられた。もう熱は引いていたのだが……僕は震えた。
「あ、あ、環」
「ん?」
「僕、もう、出来なっ」
「……ああ。もう少し」
「ふァ、ああッ」
「二度とこんな機会無いだろうからな」
「あああああああ!」
なんと、気持ちいいのだ。僕は自分の思考に吃驚した。環の息づかいが聞こえる。そして環が果てると同時に、僕はなんと四回目の絶頂に達して意識を失うように眠ってしまったのだった。
目が覚めると全身が気だるかった。ただ、僕の体は綺麗になっていて、環が拭いてくれたのだろうと言うことが分かる。しっかりと服も着ていた。緩慢に体を起こすと腰が鈍くいたんだ。なんということだ。環と……ヤってしまった……僕はノーマルなのに……。怖くなって視線を向けると、ベッドサイドの椅子に座っていた環が、僕を見て息を飲んでいた。
「……悪かったな。大丈夫か?」
「……こっちこそ……平気だよ」
「お前のことが好きすぎて止められなかった。今度こそ俺を軽蔑したか?」
「そんなことはないよ……僕の体がおかしかったのがかなり悪いし」
「そうか。気が楽になった。有難うな――もう熱は収まったか?」
「う、うん」
僕は必死に頷いた。
だが――……最悪なことに、な、なんとだ、あんなにしたのに、また熱が燻るような感覚がしたのだ。全身がカッと熱くなるほどではないのだが、もどかしさが残っているのだ。今日はもう出来ないと本能が言う。それは間違いないのだが、体が熱いのは事実だった。しかしそれを環に知られるのはまずい。僕は何事もなく、熱が引くのを待つべきだよね。うん。そう決意して、僕は寝台に座り直した。
「風邪も治ったし、僕は帰るよ」
「そうか……これからも、ここに来てくれるか?」
「うん」
確かに今後環と顔を合わせるのは恥ずかしくて無理かも知れないとは思うが、今回の件は僕にも非があると思うので、頷いておいた。いや、僕は悪くないかも知れないけど。環だって悪いわけじゃないと思う。悪いのは”恋人達”だ。それにしても中を弄られるまで収まらないって……色々とおかしい。多分何か条件があるのだろう。
「お前が中だけで果てた瞬間、俺の理性は飛んだんだ。ああ、愛してるって思った。これだけは本当だ」
環がポツリと言った。その声に、もしや、『愛』を感じると、ウイルスが一時的に収まるのではないかと僕は仮定した。直感がそれだと言っていた。体が本能的に理解していた感覚だ。本当に環は僕のことが好きなのか。胸がちょっとだけ疼いた。しかしそんな場合ではない。とりあえず、家に帰って暫くひきこもろう。
「……有難う、環。またね」
こうして僕は一週間と少しぶりに帰宅を果たしたのだった。