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思えば、こんなに長い間執筆しなかったのは久しぶりだ。たかが一週間、されど一週間だ。
更新しないことはあったが、僕はスランプが来ても大体寝れば治るので、書くことから離れると言うことは滅多にないのだ。
帰宅すると、レグルスとジャックは既にギルドホームに引っ越した後だった。だから掃除にしか来ない。僕はさらに二人に、パソコン部屋には一週間だけ立ち入り禁止、何があっても立ち入り禁止、と厳命した。二人とも口々に、書くのに集中するんだな、と言っていた。そう言うことにしておいた。実際そうしたいという思いもあった。文章を打っている間はその世界に没頭できる。だから体の熱も忘れられる。と言うことで僕はひたすら書いた。兎に角書いた。書いては寝て書いては寝て書いては寝た。時々、レグルスがキッチンに用意してくれた軽食を食べながらも、ひたすらネタを考えて、兎に角書きまくった。
そして。
無事に一週間を乗り切った――!! 一週間が経ったその日、嘘のように体からは熱が消え去った。本当に良かった。僕は涙を流して喜んだ。一生あのままだったらどうしようかと怯えていたのだ。堪えに堪えたのだ。夜な夜な夢に、環のことを見たりして(どころか帽子屋だとか弟子達とかとの行為も思い出して夢に見た)、もう体は限界に近かった。それが嘘のように収まったのだ。これを喜ばずして何を喜べばいいのだ。一番危なかったのは、三月とチャットをしていた時だ。今すぐここに来て抱いて欲しいと言いかけた。あれは危なかった。
僕は妄想の世界での801媚薬は決して嫌いではない。寧ろ好物だ。心は嫌なのに体が、というのは美味しい。しかしいざそれが自分の身に降りかかってきたとなれば、お断りなのだ。若干(……大分)気持ちいいと思ってしまったのが悔やまれる。
そして誓った。もう絶対一人で攻略には行かない。
――いや、同じウイルスが複数あると言うこともあるかな。そうしたら、四人全員が媚薬に感染(?)していたら……うわ、恐ろしい。
僕は考えるのを止めた。BL妄想に戻ることにした。今考えているのは、後宮モノだ。男ながらに王妃様になるお話しだ。双子の姉の身代わりに、正妃には手をつけないと噂の他国の王様の元に嫁ぐのだ。そうしたらあっさりばれた上、手を出さない理由は同性愛者だったからで、と言うストーリーである。勿論美味しくいただかれる。

「名前どうしようかな。花の名前シリーズで行くか、また」

僕は名前に困ると、ハーブやお花から名前を付けたりする。宝石から取ることもある。人名辞典を引くこともあるし、創作資料のファンタジー辞典やら類語辞典、カタカナ語辞典を引くこともある。そこに意味がある場合もあれば、無い場合も多々ある。名前と同じくらい気を遣うのはルビだ。僕は命名とルビ振りが苦手なのだ。しかし中二病(大二病までいって一周して戻ってきた)という不治の病を患っている僕は、ルビを使わずにはいられないのだ。
そんなことを考えていたら、扉をノックされた。

「はい」
「師匠、俺だ。入っても良いか? 一週間経ったぞ」

ジャックの声に、僕は立ち上がった。静かに扉を開ける。

「お茶でも飲んだらどうだ? 話しがあるんだ。向こうに行こう」
「うん」

頷いて僕は、ジャックの後ろを着いて歩いた。本当に背が高いなぁ。そんなことを考えながらダイニングへ行く。そして椅子に座っていると、珈琲を淹れてくれた。
自分の分も入れたジャックが僕の正面の椅子をひいた。それから真剣な表情になった。

「チェシャ猫。正式に頼みたいんだ。ギルドに入ってくれないか?」
「あ、うん」

すっかり忘れていた。僕が軽く頷くと、ジャックが拍子抜けしたような顔をした。

「いいのか?」
「うん」
「良かった。説得することばかり考えていたんだ」
「こちらこそ迷惑じゃなければ」
「迷惑なわけがない。お前がいなきゃ、寧ろ成立しない」
「大げさだなぁ。僕一人いなくても――」
「チェシャ猫がいてこその、師匠がいてこその、マッドティパーティだ」

なんだか嬉しかった。新しい居場所が出来たみたいな感覚だ。
ただ、引っ越す気はなかったので、その旨はジャックに伝える。すると腕を組まれた。

「掃除には一日に一度は来る。課題はその時に聞く。最近聞いていなかったからな」
「課題?」
「BLのお題だ」

僕としたことがすっかり忘れていた。次は何にしよう。そろそろ時代物に突入しても良いかも知れない。四十八手……駄目だ、具体的すぎる。大好きだけど。では、男娼はどうだろうか。うーん、これは西洋ファンタジー設定でも美味しい。取っておきたいお題だな。江戸と大正……。和服萌えもあるし、明治維新後も好きだ。幕末ネタも良いよね。ただ室町も捨てがたいな。いいや、もっとさかのぼって平安というのも大層涎が滴る。陰陽師とか最高だ。古墳はどうだろうな……いっそ白亜紀。恐竜萌え? タイムスリップネタになってくるな。三葉虫×シーラカンス。同時代にいたのか知らないけど。そこまで行くとちょっと難易度が上がる。虫系は僕、苦手なんだよね。ハードルが高い。よし、決めた。

「江戸×大正×江戸で」
「へ?」
「歴史擬人化も良いと思うんだ」
「な、なるほど……」
「別の時代を絡ませても良いよ。平成×昭和×平成でもいいかな。たまには固定CPで考えてみようね。あ、擬人化しなくても良いよ」

時には枠も必要だ。うんうんと僕は一人頷いた。

「そうか。全力で考える――それはそうと頼みがあるんだ」
「何?」
「【条件パラダイム】の条件を緩和して欲しいんだ。今は一日一度二人そろってこなければ無いだろう? 一人ずつ週に一度にして欲しいんだ。どちらが来るかも自由な設定で頼みたい。駄目か?」
「別に良いよ」

一週間か。ゴミ屋敷にするには十分な帰還だが、今後はギルドもあるし、我が儘は言えない。僕も弟子離れできるようにしておいた方が良いだろう。掃除をする気にはならないが。
情報タブを開き、僕はその場で設定を変更した。
するとジャックが安堵したように吐息する。それからコーヒーカップを手にして、僕を見た。

「師匠はいつから腐男子なんだ?」

いきなりの問いに僕は、カップを置いてから腕を組んだ。いつから、か。

「小学校六年生の頃だよ」
「早いな、おい。R18だろうが」
「R18は見なかったよ。う、うん。勿論見てないよ!」
「……まぁそういうことにしておこう」

心外である。本当に見ていないのに。見たかった我慢の日々があったというのに。

「きっかけはなんだったんだ?」
「丁度ノートパソコンが普及しだした年だったんだ。買ってもらったんだよね」
「へぇ。それで? マウス×USB挿入口に萌えたのか?」
「まだそこまでコアじゃなかったかな。だけどその発想、ジャックも進歩したね」
「まぁなぁ……弟子だからな」
「それでね、大好きな漫画の二時創作小説を読んでいたら、BLサイトにたどり着いたんだ。そこから転げ落ちたんだよ、腐海に。それからすぐに一次創作――オリジナルのサイトを見つけて読みふけったし、書店でもBL小説を……あはは……」
「買ったのか? 度胸あるな」
「……女装したんだよ」
「な――男の娘だと!?」
「黒歴史だから聞かなかったことにしてね。ちなみに小説自体は小五から書いてたんだ。小説の体をなしてなかったけど。ワープロで書いてたよ。BL小説を書き始めたのは中学二年生くらいかな。性描写は二十歳くらいまで書かなかったけど」

なんだか懐かしいな。当時書いていた小説は、PCが壊れてしまったのでもう手元にはないが。今でも鮮明にキャラクターのことなどは覚えている。いつの日かまた書きたいものである。あのころは、完結させられない病を患っていたのだっけ。終わってしまうのが寂しくて寂しくて、完結させられなかったのだ。これはエタ(エターナル……永遠に更新無し的な意)とはちょっと違う感覚だ。続きが書けないのでもない。続きが寧ろどんどん浮かんできてしまう病だ。番外ですらない。ああ懐かしい。ありとあらゆるジャンルのBLを書いてきた。僕がBLにしていないジャンルはあるのだろうか。詩すら書いた。強いて言うなら絵は描いていないかな。絵は、僕が描くと何故なのか水彩でさえ油絵っぽくなってしまうのだ。才能がないのだろう。

「性描写を書き始めた理由は?」
「僕はね、実を言えば、BLには必ずしも性描写は必要ではないと思ってるんだ。だけどね、ある日気づいたんだよ。僕は読んでいて、エロがある方が萌えたんだ。萌えたからには書きたいと強く思った。一種の表現なんだよね、愛や恋の。それ自体に萌えるんじゃなくて、性描写が代弁している感情が好きなんだ」
「だけど師匠の作品快楽堕ちが多くないか?」
「っ、そ、それは」
「ラブ、表現してるのか?」
「えっ」

そんなことを言わなくても良いではないか……!

「僕は、攻め→→→→→←←受け、が好きなんだよ。だから攻めの執着愛を表現してるの! 逆パターンも好きだけど! 攻めのことが好きすぎる受けとかヤバイ好きだけどさ……書くのは、別なの。攻めが受けをすごく好きで、他のこと何も考えられなくなっちゃうのが良いんだよ。受けの気持ちも置いて行かれちゃうんだけどさ、そうだよ、どうせそうだよ! 一方通行の何が悪い!」
「開き直るなよ。じゃあまぁようするに、環→→→→→←←チェシャ猫はありだったわけだ?」
「――……っ――え?」

僕の背筋を冷や汗が滴っていった。これってもしかして。

「環から聞いたぞ」
「な」
「安心しろ、聞いたのは、今日ここに来る予定だった俺だけだ。今週お前、環の所に行かなかっただろう? それであいつ、すごい落ちてる。凹み方半端ないからな」

心臓が煩い。僕は目眩がした。

「正直、俺の中で環は恋敵になったから、ざまあみろって感じだけどな」
「え、え?」
「俺も師匠のことが好きだからな。なぁチェシャ」
「な、何?」
「ありなのか? なしなのか?」
「無しに決まってるだろ! 僕は、ノーマルなんだよ! あ、あれは、媚薬のせいで……そ、それだけだよ……」
「本当だな?」
「うん」
「環の所に行かなかった理由は?」
「書きまくってて忘れてたんだよ」
「意識したり、警戒したりしたわけじゃないのか」
「うん、違う」
「師匠ってよく分からないな。俺が同じ目にあったら、警戒して二度と会わない」
「……環、根はいい人だし。今回の件は、媚薬が悪いんだし」
「ヘタレ攻め×ネガティブ受け?」
「黙ってもらえるかな?」
「まぁあれだ。俺はこれでも真剣にお前のことが好きだから。それだけは伝えたかったんだ。うん。よし、じゃあ俺はそろそろ帰る。また今度掃除に来るから」

ジャックはそう言うと帰っていった。まさか環が人に相談するとは……全く心臓に悪い。
これ以上広まらないことを、僕は祈った。